デウス・エクス・マキナ 2
「お前の天下は今日で終わりだ!」
その場にいた兵士たちが一斉に顔をあげる。興奮と熱気が辺りを取り巻いた。
「何だッ!? お前、どこのどいつだ!?」
ディルガームの目の前で、紅い髪がはらりと流れ落ちた。
ノエル・ブリザーグは令嬢の生命力あふれる瑞々しく美しい肢体を兵士の簡素な鎧に隠していた。
包帯をとった赤毛の兵士――否、見目麗しい美女は、真っ直ぐにディルガームの瞳を見て名乗りを上げた。
「ノエル・ブリザーグだ」
「女か!?」
「だったら何なんだ? 今は訳あって、東レヴィアスの、マールの、獣人たちの、えーと、リーダーみたいなのをやっている!」
「グダグダですね……」
と言った茶髪の兵士に、
「いいんだよ。こういうのは勢いが大事なんだから」
と返して、ノエルは軽く肩をすくめた。
「あのなあ。さっきから聞いてりゃあ、ディルガーム、あんたあまりに酷いんじゃないのか。それが権力を持ってるやつのやることかよ」
「うるさい。女だからって許されると思うなよ」
ディルガームは足下に置いていた古代武器トライデントを片手で握りしめ、持ち上げた。
「生意気な。一発食らわしてやる」
ディルガームは下卑た笑いを浮かべ、ノエルに向かって三つ叉のトライデントをちらつかせた。
「男をなめるなよ。分からないだろうから説明してやろう。これはトライデント、古代から伝わる神の兵器だ。その昔、ここ西レヴィアスに獣人しかいなかった頃、あいつらが飾っていた宝物の一つだ。ゼガルドやオリテから魔法や武器を持った人間が流入し、獣人たちは東に逃げた。そのときに、ここへ残されたと伝えられるいにしえからの武器! 獣人たちは神として崇めていたらしいが、その真価は神々しさなどではない」
ディルガームはぶるんとした唇を引き上げた。
「わしの首にかかっている宝珠があるだろう。これをトライデントの空洞にはめこむと……封印が解け、トライデントは古代兵器としての真価を発揮する! トライデントは海を揺るがし、大地を動かす! 膨大な力の前に、人はひれ伏すのみ!」
「ふうん」
ノエルはつまらなさそうに言った。
茶髪の兵士、ニックが不安そうにノエルを見る。
「ノエルさん! あんなこと言ってますよ!? 俺ら、とりあえず着いてこいって言われたから着いてきたけど……大丈夫なんスよね!?」
「いや、まあ、うん……絶対ダイジョウブかって言われるとまあダイジョウブ? カナ? って感じだけどさ」
ニックは叫んだ。
「ふわっとしてるぅぅぅ! ちょっと頼みますよ! 俺ら、ジャンケンで負けて着いてきただけで、本当はあっちに残りたかったんですから」
「だろうな。ニックは瓦礫ひろいの間中ずーっと、ルーナの上半身見てたもんんな」
「ぬあっ!? いいいいぃぃえ? 全然? 全然見てないですけど?」
「まあ、やっぱルーナは、顔だけ見たらそりゃ可愛いだろうよ」
「いや、だから違いますって! 獣人って関わったことなかったから珍しいなって思ってたけど、なんか思ってたのと違うなっていうか! その、思ってたよりかかかかかかわい」
「うん、可愛いし、胸も大きいし」
「そうそう、オッパイも……って何言わせんですか!」
「おい、獣人全員がアレだと思うなよ。ルーナとかカルラは特別だぞ。個人差ってやつで」
しびれを切らしたディルガームがトライデントの柄を床にたたきつけた。
「おい! 聞いているのか! トライデントの力に! 人はひれ伏すのみ! 聞けよ!」
「あ、ごめん」
ノエルは冷静に、しかし確固たる決意をもってディルガームを見据えた。
「俺たちは、お前を止めるためにここに来たんだ」
「やれるものならやってみるがいい。というか、俺たち? まさか、お前ら」
数十人の帰還兵が、ノエルと一緒にディルガームを見た。
「ふ、は、ははは……覚悟はいいのだな!? 寝返るというのか! わしに!
このわしにたてついて、レヴィアスで生きていけると思うなよ! 一族郎党、奴隷に堕としてやるわあ!」
ノエルは後ろを半分振り返りながら言った。
「おい、いいのかよ。あんなこと言ってんぞ」
「いいわけないですよ」
茶髪のニックが強い意志を秘めた瞳でディルガームを睨み付けた。
「俺たちの家族を……人民を……何だと思ってんだ」
「ニックは独身だけどな」
と、背後からやじが飛ぶ。
「うるさいな、いいだろ、全員家族みたいなもんだろ!?」
他の兵士たちからも声が飛ぶ。
「もうディルガームには着いていけない!」
「反乱だ!」
「俺たちは『ノエル』に着く!」
「獣人たちの方が、こんなしけた田舎町よりはるかに良い暮らしをしてたぜ、市長さんよ!」
ディルガームはこめかみに青筋をたて、にやにやしながらノエルを見ていた。
「そうか。お前らは反乱軍なんだな。全員このトライデントの藻屑にしてやる……」
手元に古代兵器トライデントがあるという優越感が、ディルガームを強気にさせていた。
戦いの火蓋は今にも切られようとしていた。館の中に静かな戦闘の気配が満ち、次の瞬間、激しい戦いが始まることを誰もが予感した。
ディルガームはつけていたネックレスの石を握りしめた。
「獣人の長、ノエルよ! 人間様に歯向かったことを後悔するがいい。トライデントは三股の槍。大地と水とを自在に使える!」
今にも石がはめ込まれる、その時。
ノエルは冷静に尋ねた。
「で? それをどう使うんだ?」




