暑い日は○○○に限る
捕虜たちは無言のまま、城の大広間に並べられていた。
まるで店先の魚のようだ。
縄でぐるぐると手足を拘束された兵士たちは、規則正しく並ばされ、床に座らされていた。
兵士たちは西レヴィアスの平民である。
観光業の盛んな西レヴィアスでは金銭を得ることはできるが、裕福であるかと言われれば心許ない。
西レヴィアスも、ゼガルドやオリテほどは都会ではないのだ。
リゾートといえば聞こえはいいが、ゼガルドやオリテの国民の遊び場だ。
先祖代々住んでいるから、という理由で西に暮らすものがほとんどである。
つまりは、私兵といえば聞こえはいいが、忠誠心なんてものではなく、彼らはディルガームのところで割の良い稼ぎでもして、少しでも美味いものを食べたいだけの平民たちなのだった。
「俺たちどうなるんだろう……」
茶色の髪をした年若い兵士が心細げに呟いた。
「まさか……広間で首を刎ねたりしないよね?」
風も吹き抜けない室内にいるはずなのに、底冷えする寒気を感じて、兵士たち
はぶるりと体をふるわせた。
「おい、出てきたぞ……」
ごくり、と唾を飲んで、捕虜たちは身を寄せ合った。
広間の奥の扉から、人間が入ってきた。
捕虜を監視していた、獣人騎士団の団員たちが一斉に姿勢を正す。
一人は、豊満な胸元を金地の布に包んだ熊耳の女性、ルーナだ。
「あ……楽にされて下さいね」
大きな瞳をぱちぱちさせて、にっこりと微笑む姿は愛らしい。
が、血と泥に染まったナックルを思いだした兵士のうちの数人が失禁した。
その隣には、黒の上下の簡素な服をまとったモルフェがいる。
彼は緑がかった金の瞳を動かして、つまらなさそうに捕虜たちを見ていた。
「おい、どうすんだよ。こんなに……めんどくせぇ。牢屋なんてねぇぞ。面倒だから砂漠にデケェ穴でも掘って埋めるか?」
その台詞に捕虜たちは震え上がった。
この男ならばやりかねない。
先ほどの戦いで、表情ひとつ変えずに人間を攻撃したのだ。
蚊を叩くときの方がまだ感情が出るのではないかと思うくらいだった。
「マジかよ……あの兵器みたいな奴らがいる……」
「帰りたい……お母ちゃん……」
「よく見るとあの獣人の娘、オッパイ大きいな。顔も可愛いし」
「おいやめろ、さっきの戦いを想い出せ。直接やりあった奴らが軒並み漏らしてる事実を考えろ」
ルーナがニコッと微笑んで、わざとらしく顎に手を添えた。
仕草だけ見れば愛らしいが、腕につけているブレスレットの端に、落としきれなかった血痕が少しばかりついている。
「聞こえていますよぉ?」
ヒッと言った兵士たちは、ぎゅっと肩を寄せ合う。
「この距離で聞こえるっていうのか? 嘘だろ? このささやき声で?」
「獣人は耳が良いんですよ」
ルーナと目が合った兵士たちは、諦めて口を閉じた。
もう自分たちに逃げ場がないことを彼らはだんだん悟っていた。
鬼神のごとき動きをした二人の戦士たちの後ろから、真っ赤なドレスを着た美女が進み出た。
その凜とした美貌に、捕虜たちは自分たちが捕まっていることも忘れて、一時ぼうっと見とれた。
肩口まで伸びた、紅く艶のある髪。
長い睫毛に縁取られた、気高い眼差し。
薔薇を思わせる上品な唇。
陶器のような肌は人形のようだが、まだ年若いその女はあたかも女王のような貫禄がある。
騎士団の銀髪の獣人が地面に伏せ、祈りを捧げ始めた。
その美女は、冷ややかな視線を捕虜たちに注ぎ、口を開いた。
「……ノエル・ブリザーグだ。お前たちは、ディルガームにこのマールを攻めるように言われたんだな」
ノエルは全てを悟ったように言い放った。
捕虜たちの間に後悔と絶望が交錯する。
もう逃げられない。
「ここが東レヴィアスの拠点、獣人たちの暮らす場所と知ってのことか?」
それ静かな声だったが、特別な威圧感がびりびりと部屋を覆った。
捕虜たちは奥歯を噛みしめて恐怖に耐えた。
「おい。そこの男」
「ヒッ」
ノエルは進み出て、最前列に居た一人の捕虜を指名した。
騎士団が彼を立ち上がらせる。
茶色の髪の若者は、泣きそうな顔で返事をした。
「お前が代表だ。質問に答えろ」
「ハイ……」
「お前たちはディルガームに何と命じられたんだ?」
「お……俺たちは、あの日、ディルガーム様の屋敷の前に集められて……マールの村に行け。行ったら火をつけて……殺せと」
「誰・を?」
ノエルの淡々とした質問で、部屋の寒気は頂点に達した。
指名され、やりだまにあがった若い兵士は本気で泣き始めた。
「泣いててもわかんねぇだろ」
モルフェがため息をつく。
「泣きたいのは獣人の方ですよ。ただここで生きてるだけなのに」
自身も獣人であるルーナが、怒りを圧し殺しながら言う。
騎士団にこづかれて、若い兵士は泣きながら口を開いた。
「ごめんなさい! この……この村のやつらを皆殺しにしろと……そう命令されました!」
捕虜は全員下を向いた。
ノエルは静かに憤る仲間たちと捕虜たちの様子を一瞥して言った。
「どれだけ自分勝手なんだろうな。人間っていうのは……」
「うう……すみません、すみません」
「まあ、俺も人のこと言えねぇけどな」
神々しくも愛らしい少女の口から出た、壮年の男性のような口調に周囲は耳を疑った。
副騎士団長のアーロンが『聖女ノエル様は依り代として、その身に獣神の男神を宿していらっしゃるのだ!』と謎の説明をする。
ノエルはそんなことはもうどうでもよかった。
ただ今は、自分の本心に忠実であることが大切だ。
「ちょっと美味いもんが食べたいってだけで、国同士で争ったり、交渉したりしてさ。ばっかばかしいよなあ。だが、やっぱり越えちゃいけない線っていうのはあると思うんだ。お前らにだって家族がいるんだろ? ここにいる、獣人たちにだって家族がいる。友達がいる。仲間がいる。俺は最近初めて狩りに行って、ボアを狩ったんだけどさ。何かの命を奪っていいのは、そいつを食べるときだけだと思うんだ」
ノエルは紅がかった深い紫の瞳でじっと捕虜たちを見据えた。
捕食者に睨まれた餌のような気持ちの捕虜たちは、ある者は頭を垂れ、ある者は泣き出した。
ノエルは息を吸い、静かに呪文を唱え始めた。
「禁忌魔法か!?」
「命だけは助けてくれ!」
「くそ……ここまでか」
「ディルガームなんかの家来になったのが失敗だった……」
「悪かった、もうしない! 助けてくれ」
「うう……嫌だ!」
ノエルは、泣き叫ぶ捕虜に白い歯を見せた。
「その気持ち、忘れんなよ」
部屋中にノエルの声が凜と響く。
緑がかった大きな光の粒が無数に、捕虜たちの塊めがけて飛んでいった。
「フローラ・ウォーターメロン!」
捕虜たちは瞬時に光に包まれた。
そして、数秒後。
捕虜たちは互いにその異様な光景に驚愕した。
彼らの下半身は大きな球体に埋まり、動くことができなくなっていた。
「な、なんだこれは!?」
と、一人の捕虜が叫んだ。
「おい、どうなってるんだ!?」
「冷たい! なんかシャクシャクする!」
「根が生えてる……これは……緑と黒の縞々の奇っ怪な植物だ」
「ヒッ! 蔓が……蔓が絡まって動けない」
ノエルはその光景を見てにやりと笑った。
「変化はできなくとも……仮装はできるよなあ。いわば生のスイカのコスプレというか」
モルフェがにやつくノエルの肩をつかんだ。
「おい。あれは何なんだ?」
「スイカっていう植物なんだけど、見たことないか?」
「無ぇよあんなわけのわかんねぇ植物」
「美味いぞ」
「食うのかよ!?」
モルフェが驚愕する傍ら、捕虜たちは訳の分からないものに下半身を突っ込まれた恐怖に阿鼻叫喚の騒ぎであった。
「下半身が溶けるのか!?」
「こんなふざけた魔法に負けるなんて嫌だ!」
「なめんじゃねぇ!」
腕っぷしの強い兵士が一人、中からすいかをたたき割って亀裂を生じさせた。
「うらあ! 砕けろ!」
ガンガン叩き付けて脱出をはかろうとする、往生際の悪いその男を眺め、ノエルはのんびりと言った。
「いやあ、人間の捕虜をどうにかするために、オリテの変化薬のようなもんがあればいいなあと思ってはいたけど、我ながら天才だ。つまり発想の転換ってやつだな。なんか魔法使いっぽくて、これはこれでかっこいいな」
ウキウキしているノエルをよそに、
「かっこよくは……どうですかね……」
と、ルーナは言葉を濁した。
「クソダセェだろ」
と、モルフェが言う。
副騎士団長のアーロンはとばっちりをくらって、一緒にスイカになっているが、それはまあいいだろう。
ノエルは息を吸い込み、大きな声で言った。
「さあ、お前たち。こちらの言うことを聞くなら解放してやる。でも、抵抗する奴は……」
ノエルは指をパチンと鳴らした。
「頭もスイカだ! フローラ・ウォーターメロン・改!」
「うわっ……ああぁぁぁぁモゴモゴモゴ」
と、先ほどの兵士が叫ぶ。
声は途中でかき消えた。
瞬時にその頭部が巨大なスイカに覆われたからだ。
「全部食べろよ。お残しはだめだぞ」
ノエルが悪戯っぽく微笑む。
もごもごと動いていたスイカは、急に無力になって沈静化した。
頭部も下半身もスイカに埋まっているせいで、ふとった腹だけが見えている。
見ていた捕虜が呟いた。
「え、えぐい……」
「やめろ! あれはやめてくれ! 頼む! 言うことを聞くから!」
他の捕虜たちはぞっとして、慌てて叫んだ。
こうして、スイカに差し込まれた捕虜たちは、恐怖と困惑の中でノエルの指示を守ることを誓ったのだった。




