暴かれた本音・ボアの肉
「知らなくてもいいことってあるよな」
その日の夕食の円卓で、ノエルは誰にともなく呟いた。
北の大地に手を伸ばした結果、大成果を収めていた。ボアが捕れたのだ。燻製にしてみたら最高のできだった。
ホクホクした気持ちで昨日の残りのボア肉を野菜に巻いて食べる。
レインハルトが腕を組んでノエルを眺めている。
「……なんだよ、レイン」
どうしてこの年下の若造の威圧感に怯んでしまうのだろう。
夕食はせっかくのボア肉なのに食欲が無くなりそうだ。
モルフェとルーナは何かを悟ったように黙って、そっとカトラリーを動かしている。レインハルトが冷たい眼差しをノエルに注いだ。
「ノエル様。今一度確認しますが……この戦いは、西レヴィアスとの争いは俺達や獣人に居場所を作るためなんですよね? 平和で、差別のない国を建てるためなんですよね」
「……そうだよ」
「先ほどラソのティリオンと少しばかり話をしましたが、彼は塩の貿易について匂わせていました」
「……うん」
「まさかとは思いますが。ラソの岩塩で味付けをしたボアを、ツマミにしたいからでは決してありませんよね」
「……ああ」
「さっきからその間は何なんですか!?」レインハルトが叫んだ。
「岩塩を手に入れたいのは聖なる争いのためですよね!? 兵糧のためなんですよね!? そう信じていたから俺はオッケーを出したんですよ? そのためにはラソとの交易が重要だとノエル様が言うから」
「いいか。レイン、戦争はあっても聖戦なんてない」
「それっぽい言葉で誤魔化さないで下さい! おかしいなと思えばよかった……塩ならここにもありますもんね? なぜわざわざラソに書状を出すのか疑問ではあったんですよ」
レインハルトが言った。
「ノエル様が普通のご令嬢じゃないって、忘れていました。どうせ酒の肴について考えたか何かでしょう」
その通りである。
冷たい瞳が怖い。
(仕方ねぇじゃねぇか……中身はおっさんなんだって)
ノエルは可憐な唇を舐めた。久々の油の味がする。
せっかくの肉をもう少しゆっくり味わいたかった。
黙っていたルーナが、ごくんと咀嚼をして考えた。
「だけど、たしかにボアのローストにはちょっと……レヴィアスの塩は雑味が強いかもしれませんねぇ。スパイスを混ぜればいいのかなあ」
ノエルが目を輝かせる。
「そうだろ!? さすがルーナだな、俺もそう思ったんだよ。そしたらあの図書館で歴史書を見つけてさあ」
「ほう?」
レインハルトの瞳が怪しく光る。
「だから、ラソ特産の旨味あふれるフミルユ岩塩を手に入れたかった、と?」
ノエルは墓穴を掘ったことに気が付いた。
確かにラソには書状を送った。
交易をしたいという旨をレインハルトにも伝えたし、仲間の許可も得た。
公式の文書として送付したのだ。
兵糧として塩を使うというのは間違ってはいない。
西との開戦を控えているのも事実だ。
そして、名高い岩塩をボア肉にのせて炙ったら大変に美味だろうと予想したのも、事実だ。
「だってさあ、レイン、聞いてくれよ、歴史書に載ってたんだぞ? 図書室で見ただろ? 悠久の時を経て、ラソの地ではぐくまれたエルフの秘宝! それがフミリユ岩塩なんだ……レヴィアスの北の荒野で育ったボア肉を酒につけて、炙って、そこにフミリユ岩塩をのせると……いいか、歴史書には清涼なる口触りと風味を格段に引き上げる従者のような塩、と書いてあった」
「だから何なんですか!?」
「そんなの……食べたいじゃないか!」
ノエルは正直に告白した。
モルフェがのんきに、知ってか知らずか発言する。
「俺は何でもいい。肉がありゃあ塩なんかどっちでも。あー、ひっさしぶりの肉がこんなに美味いとは思わなかった。もっと早く狩りにいきゃあよかったぜ」
ノエルは深く息を吐き、レインハルトに真剣な眼差しを向けた。
「でもさ、聖戦なんてないっていうのは本当だぞ。戦争なんてただの殺し合いだ」
レインハルトはその言葉に少しだけ顔を緩めたが、まだ納得はしていないようだった。
「では何なんですか。西を諦めろとでも?」
「そんなことは言ってない」
「武力なしでの平和なんて不可能だ……!」
不毛な争いに、ルーナが終止符を打った。
「お話中申し訳ないんですが、ちょっといいですか」
「なんだよルーナ。今いいとこじゃねぇか。こいつらがヤンヤン言ってるのを見ながら肉を食うなんて幸せだぞ」
「モルフェさんはちょっと静かにして下さい」
ルーナが素速く立って、入り口のドアを開けた。
「盗み聞きなんて、趣味が悪いですね?」
そこにはエルフのティリオンが立っていた。
「すまない……獣人は本当に耳が良いのだな」
両手をあげたティリオンは、諦めたように息を吐いて部屋に入ってきた。




