エルフのティリオン、マールに驚愕する
セシリオはティリオンたちを案内しながら、村の発展の経緯を説明していった。
ノエルという少女とその仲間が、ジャバウォックによって荒廃し焦土と化した故郷を蘇らせたこと。
アーロンがうっとりと夢見心地で言った。
「まさに聖女の降臨であった……」
セシリオや他の団員の上着を羽織ったエルフたちは、街灯に照らされた街の様子を改めて見て驚嘆した。
連れだって歩きながら、アーロンはティリオンの背後から話しかけた。
「俺とノエル様の出会いについて、そなたたちに話そう」
「素晴らしく高度な技術だ。窓にはまっているのは硝子か? オリテのモラビア硝子に似ている」
「まるで薔薇の妖精のような……美しい少女は俺を率いた。山を登っていた時にノエル様が振り向かれたのだ。その姿の神々しさといったら」
「素晴らしいが、城や教会に使う高価なものを……この東レヴィアスの、マールの市街の店が? そんなことがあるのか」
「まさに天使の降臨、聖女そのものだと確信した」
「否、あの独特の色合いや細かな紋様……やはりオリテの特徴だ」
「ノエル様の尊さといったら、一言では言い表せない。まずはあの可憐な瞳」
「なんという荘厳な建築、これで民家だというのか!? 文化的な発達は我々ラソに負けるとも劣らない」
先頭を歩いていたセシリオが、ため息をつきながら振り返った。
「ティリオン殿。アーロン。二人のやっているのは会話ではなく、独り言の応酬なのだが……なんなんだ? 俺に向けて言っているのか?」
ティリオンは真顔で言った。
「失礼した。想像以上のものを見て、気持ちが高ぶってしまった」
セシリオが上を見上げた。
「さあ、この坂を登れば城だ」
「城!? マールに城があると!? そんな情報は一つも……」
「ああ、つい最近できたからな」
エルフの一軍は顔を見合わせた。
馬小屋を建てるのとは訳が違う。
「城だぞ……? 失礼ながら、そんなにすぐに建設ができるほど、貴殿らの人材や資材が潤沢であったとはとうてい思えぬ」
「魔法だ」
坂を上りながら、得意気にアーロンが言った。
「聖女の魔法だ。ノエル様は魔法をお使いになるのだ」
ティリオンがむきになった。
「それなら我々にだって、ゼガルドの人間にだってできる。我々エルフは魔法と共に行き、魔法を使って生活してきた。人間の魔力とは桁が違う」
セシリオが、前を向きながら言った。
「魔力のない俺たちには、力の大小や優劣などは分からないが……確かなことは一つだ。ノエル様がある日突然マールにやってきて、我々さえも見捨てたこの土地で、黒竜を倒し、その素材を使って建てられたのがこの城だということだ。さあ、着いたぞ」
エルフの調査隊は、あっけにとられて上を見た。
頭上には塔までついた立派な城がそびえ立っていた。
「これを……こんなものを……少女が?」
「そうだ。ノエル様とその仲間たちがお作りになったのだ」
アーロンが恍惚として呟いた。
「元々の建物は、我々の騎士団の寮だった。先人が石や煉瓦を積み、荒くれ者たちが暴れても壊れぬように造り上げた建物だった。しかし、竜のために壊れ、我々も命を守るためにこの場所を捨てた。ノエル様たちは、この館を生まれ変わらせてくださったのだ」
ティリオンたちはますます興味を引かれ、期待に胸を膨らませながら、城の門をくぐった。城の内部は外見以上に荘厳で、美しい装飾や豪華な調度品が並んでいた。
「あ、あれは……東レヴィアスにあるという名画! 『太陽神レオンの咆哮』! なんと、こんな場所に……!」
「ティリオン様、あそこにはモラビア硝子の彫刻が」
「なんだ、もう、本当に城ではないか……歴史的な建築物に迷い込んだようだ」
「ここが……再建された騎士団の寮だと?」
ティリオンは感嘆の声を漏らした。
にわかには信じがたい。
すると、奥の大広間から声が聞こえてきた。
「お帰り、アーロンさん」
アーロンが真夏のアイスクリームのように、ぐんにゃりと表情を崩した。
「さっき、伝達役のララが伝えてくれたよ。お客様なんだって?」
「ハッ! ラソの国よりの調査隊です。ティリオン殿とその部隊とのこと」
「そうか……」
凜としてはいるが、可憐な声の主が姿を現した。
全裸に上着を羽織っているだけのエルフたちは、この時初めて僅かな羞恥を感じた。
マールの村の特産のギザで作られた濃い赤色のワンピースは、豪奢ではなかった。宝石もつけていない紅い色の髪をなびかせた少女は、質素な身なりが当然であるかのように自然体でいたが、服が簡素であることによってその輝くばかりの美貌がひときわ目立っていた。
少女は微笑みながらエルフたちに歩み寄ってきた。
エルフとは違うが、美しい人間だ。
自分たちの種族とは色も違う、耳の形も違うが――。
「なんと愛らしい……」
呆然として、ティリオンの部下のエルフの一人が呟いた。
ノエルは優雅に微笑んでいた。
「ようこそマールへ……ちょっと待ってくれよ、え、……なんで……裸? どうしたの?」
アーロンが冷たい視線をエルフに注ぐ。
少しでも卑猥なモノを見せた瞬間、噛み殺されるかもしれない。
美しい少女に見とれていたティリオンは、背筋を伸ばして言った。
「初めまして。私はティリオン、エルフの代表としてここに参りました。実は、我々エルフはこの村の急速な発展と、ノエル様たちの正体について調査を行っていました。その過程で、無断で侵入してしまったことをお詫び申し上げます」
礼をしたティリオンにならって、他のエルフたちも頭を下げた。
ノエルは微笑んで首を振った。
「そのようなこと、気にしないでください」
「任務とはいえ、本当に済まなかった」
「いいえ、もう頭を上げて下さい。実はちょっと角度的に……その、礼をされると……上着がちょっとずれてあの……やめてねアーロンさん。そうそう、じっとしててよ、俺たち、平和的に話しをするんだから」
ルーナと一緒に動いていることの多い猫の獣人のリズが進み出て、エルフたちに体を隠す大きな布を渡した。
ノエルが言った。
「我々もこの地に来て日が浅く、誤解が生じるのも無理はありません。調査の結果、俺たちに敵意がないことを理解していただけたのでしたら、何よりですよ」
ティリオンは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。お許しいただけるとは、感謝の念に堪えません。」
ノエルは優雅に手を振った。
「どうぞ、お気になさらず。俺……わ、私たちは皆さんを歓迎します。よかったらどうぞ、この城内を見学してください」
その後、服を着たティリオンたちは、城内を見て再度驚愕した。
豪華な広間や美しく装飾された部屋、さらに訓練場や図書館まで、あらゆる設備が整っていることにエルフたちは驚嘆した。特に、図書館には膨大な量の書物が並んでおり、その中には古代の歴史書も含まれていた。
「これは……驚くべきコレクションだ」
ティリオンが感嘆した。
「このような書物をどうやって集めたのですか?」
「最初からここにあったんだよ。俺たちは少し綺麗にして、並べただけ。本も建物も、最初からマールにあったんだ」
ノエルは微笑んで答えた。




