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おっさん令嬢 ~元おっさん刑事のTS伯爵令嬢は第2王子に婚約破棄と国外追放されたので、天下を治めて大陸の覇王となる~  作者: 丹空 舞
(10)マールの村、街になる

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説教と本音?

「……貝や魚……以外にも……餌、増えてるって……」

「どぅわああああ!?」


突然の声にノエルは驚いて後ろを振り返った。

山羊の獣人のヤックだ。

やせぎすの体で、彼はぼそり、と呟いた。

自然とカワウソたちが寄ってくる。


「だから、ごはん……足りてるって、言ってる」


ノエルは目を見開いた。

そういえば、このヤックという獣人は、獣の言葉が分かるのだ。


「そっかそっか。教えてくれてありがとう、ヤックさん。ちなみにこのこと、レインは……」

「存じておりますよ」


音もなく背後に立ったレインハルトが良い声で耳元で言ったので、ノエルはのけぞった。

「ギエェ!? レイン、突然出て驚かすのやめてくれよ!」


耳をおさえながら後ろを振り向いたノエルを、涼しい顔でレインハルトは見下げている。オアシスの水辺に佇む金色の髪の美青年は、まるで神話から飛び出してきたかのようだ。


「俺のいないところで俺の話をするなんて、趣味がいいですねぇ」

が、嫌味っぷりは相変わらずだ。


「あはは……」

「おそらくこの危険生物を産みだしたことへの説教を怖れているようですが」


図星である。

ノエルは薄ら笑いをひっこめて、唇を閉じた。


「俺は別にどうも思っていませんよ。生態系を改変しようが、生み出した生き物を怪物に進化させようが」


言い方はしゃくに触るが、意外にもレインハルトは怒っていないらしい。


「こいつらには働いてもらってますからね」

「え? 何、させてんの?」

「聞きたいですか?」


レインハルトはフッと微かに笑った。

なんとなく、危険な香りがしたので、ノエルは大人しく引き下がった。


美形の零す笑みは、いちいち迫力がある。

特にレインハルトのような、覇気のある美丈夫がするとなおさらだ。


(なんかコイツ、もともと顔が綺麗なのもあるけども、凄みがあるっていうか……怖いんだよなあ。昔の俺より年下のくせに……モルフェといい、死線をくぐったやつにしかないもんがあるんだよなあ)


刑事のときにも何人か見たことがある。

善悪はともかく、自分の生死よりも重要なものを見ている者の目の色というのがあるのだ。


ノエルは自分の細腕を見た。

今更ながら、筋肉むきむきのオリテの変身薬を喰らった自分の姿が懐かしい。


(やっぱり、俺が守んないといけないよな)


不安定な青年たちも、自己を肯定しきれなかった少女も、今は自分の家族みたいなものだ。

自分が取り締まってきた筋者の大親分たちは、もしかしてこんな考えだったのだろうか。ノエルはふと思った。


家族同様に思っているレインハルトやモルフェが、捨て鉢に生きるのは嫌だった。



レインハルトが言った。

「そういえばノエル様。畑と言っていましたが、いかがですか。だいたいの作物が育つスペースは確保しました。ニワトリも元気です。ヤックが毎日世話をしてくれているんですよ」

「ああ。かなり規模も大きくなってきたなあ……よし、ここの人手を増やそう。ヤックさんは引き続き、ここで働いてもらって……何人か農園とか果樹の世話ができそうな人に声をかけてっもらうから、ヤックさんがリーダーになってくれ」

「ぼっ……ぼく、が!?」

「そうだよ。ヤックさんしかいないだろ。こんなにカワウソたちが懐いてるんだぞ」


こんな謎の危険生物たちを手なずけていて、更には眼圧が強すぎる美貌の上司とも対等に渡り合って仕事をしているのだから、ヤックはすごいとノエルは思う。


「頼んだよ。ヤックさんなら信頼できる」

「僕、が……」

「俺やレインも助けるし、それに、もっと先の話だけど……農園がうまくいったら、給金を出せるかもしれない。労働に見合った対価を、きちんと出したいと思ってる」

「え……」

「貿易のルートを確保しようと思ってるんだ」


ノエルは微笑みながら考えていた。

隣国との貿易もいいが、西を手に入れたらもっと豊かになるだろう。


「でも、整うまでには時間がかかる。それまでは自給自足が基板になるからさ……ヤックさんが頼りだよ。よろしくお願いします」


特に、このセルガムは大事な主食になる。

やせた土壌でひょろひょろと育っていたものと違って、山のミネラル分を豊富に含んだ山裾のオアシスの水を得たセルガムは、美味だった。

ヤックはぽつりと言った。


「そんな……仕事ができるなんて……お、思ってなかった……僕は……何もできなくて」

「そんなことあるもんか。カワウソとレインの世話をしてくれるだけでもすごいのに……」


と言ったところでノエルは自分の失言に気が付いた。

今、絶対レインの方を見れない。


ヤックは深々と礼をして、鶏小屋の増築に戻っていった。また子どもが産まれたらしい。


ウォーターを連発して人間スプリンクラーになっていたノエルの横で、レインハルトは実をもいでいた。


「ところで、ノエル様。時に、この間、セシリオと話したときのことですが」

「あー、うんうん」


ノエルは今日の昼飯のことを考えながら、生返事をした。

くるみ入りのパラティは横に切ってチーズを挟み、トマトを入れれば立派なサンドイッチになる。オランジュの実を搾ってジュースにすれば、栄養価も高く爽やかなランチになるだろう。

欲を言えば、やはり肉が欲しい。


(東の森に手を伸ばすか……いや、あそこは中立国ラソと新興国があったな……また書状を出すか、西とのゴタゴタが落ち着いたら、……ボアをハムや燻製にできれば、サンドイッチの幅が広がるぞ……)


レインハルトが籠にオランジュを入れて、背筋を伸ばした。


「ノエル様、少しよろしいですか」

「んぁ?」


嫌な予感がする。


「あの時、ノエル様は『オリテを手に入れる』と言いましたよね」

「あー……うん」

「アァウンではありません。なぜそのような……俺のことを思ってのことですか? だとしたら、間違っている。情で、国や命を賭けてはなりません。野望というより、無謀です。勇気ではなく、蛮勇というんです。いいですか」


レインハルトがいいですかと言うときは、良くないことが多い。

ノエルは視線を彷徨わせたが、澄みきった湖の水のような色をしたレインハルトの瞳は逃がしてくれなかった。


「この間のジャバウォックの討伐は、ラッキーにラッキーが重なってできた大ラッキーでした。もしモルフェが途中で力尽きたり、ルーナがやられたり、ノエル様がバリアをはりきれなかったり、俺がとどめを差し損ねたら、全ては水の泡でした。あのときならば、俺たち四人と滅びかけた村人たち数人の命で終わっていました。だが、今は違う。あなたはここ、東レヴィアスの聖女なんです。俺たちだけの命で済んだときとは訳が違う。俺たちの判断一つで、獣人一族が滅ぶかもしれない。それを分かっていて、西や、ゼガルドやオリテを攻めるっていうんですか?」


お説教回避失敗だ。

ノエルは一つ息をついた。


「分かってるよ」


「だったらなぜ!」


「いつまでも隠れていても仕方ないだろう。俺だって自分がトンデモネェ兵器みたいなもんだってことは薄々分かってるさ。山を作れてオアシスも作れて……そんなもん、みんな欲しがるに決まってる。待ってたって、どっかの国に拉致されていいように使われるだけだ。それこそ国や一族が滅ぶかもしれない。だったら少しでも被害が押さえられるように、こっちから仕掛けて戦ったほうがいいだろう」


「ノエル様……」


「ほんとなら話し合いで解決したいとこだ。でも、なあレイン。俺たちも、モルフェも、ルーナも、獣人たちも……どんだけ他の奴と違ってたってさ、人の心をもってるだろ」


今の自分は確かに『とんでもない奴』かもしれないが――。


みんなと美味いものを食べて、飲んで、笑って、そして仕事をして、新しいものを作って、小さな喜びを見つけながら毎日を繰り返していく。


そんな日々を守っていきたいと願うのは傲慢だろうか?


「俺らは『物』じゃねぇよ。どこの国の偉いやつがどんなに命令したって、どんだけ金を積まれたって、俺はやっぱり、自分が納得したことしかやりたくねぇよ。人が人らしく生きられないなんて……、そんなのは、死ぬのとたいして変わんないじゃないか」


セルガムがさわさわと揺れる。

レインハルトは黙っていた。

ノエルは続ける。


「そういう人のささやかな幸せみたいなのを踏みつけて、誰かを『物』として扱うことでしか続かない贅沢なんて、許してていいのか? 俺は嫌だよ。この冒険の結末がどうなるか分からないけど、……少なくとも、罪の無いお前を処刑しようとしてるオリテや、モルフェみたいな奴隷を秘密裏に持ってるゼガルドには、俺は不信感しかねぇよ。もしかしたら、俺が知らないことがあるのかもしれないけど……だから、もし、オリテやゼガルドが昔より悪い国に……たとえば、お前の父ちゃんや母ちゃんがおさめていた頃よりも悪い国になってんだったらさ、そんなのは……」



滅ぼしちゃって、いいんじゃないか?





レインハルトは青い目でじっとノエルを見た。

未知なる生物を見るときのあの目だ。


昔、転生を信じて欲しいがために、自分の持ちうる限り最大級の下ネタを耳に囁いて、レインハルトにドン引きされた、あの時以来だ。


ノエルは、このなんともいえない空気を変えたくて、


「だめ?」


と小首を傾げてぶりっこをしてみせた。

だが、レインハルトはぴくりとも笑わなかった。

代わりに、長い睫毛を揺らめかせて、


「あなたは五歳の時から、意志が強かったですね」


と、静かにため息をついただけだった。

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