仲間になってよ
ノエルはレインハルトの機転に感心していた。
こういう交渉や話し合いでは、レインハルトは一枚上手だ。
ノエルはセシリオに向かって言った。
「俺たちはマールの村を発展させて、町にしようと思っている。もっと大きな場所に、そして将来的には西を併合して、一つの大きな国を作るんだ」
ノエルは静かに、しかし確固たる決意を込めて言った。
セシリオはその言葉に一瞬息を呑んだ。
が、すぐに鋭い目を細めた。
そして、
「そちらの見返りは何だ?」
と、低い声で問いかけた。
ノエルは軽く眉を上げた。
「見返りって? どういうことだ?」
セシリオは真っ直ぐにノエルを見据えた。
「我々、獣人を迎え入れ、この村を発展させる。我々にとってはいい話だ。故郷でこれまでと同じ、いや、貴方たちのおかげでもっと良い暮らしができる。だが、その後、貴殿らは我々に何をさせる気だ?」
モルフェが口をはさんだ。
「まどろっこしいな。つまり、お前たちは怖いわけだ。俺らにいいように使われるのが」
セシリオは一歩も引かずに言った。
「ああ、そうだ。俺一人ならともかく、騎士団は獣人たちに残された最後の砦だ。獣人たちは、騎士団についていく。武器もなく、財力も、権力も、魔力すらない我々に残された最後の誇りと力が騎士団なのだ。西レヴィアスのディルガームは困窮しきった我々に見返りを要求した。すなわち、『レヴィアスのために心身共に尽くすこと』。つまり、無償の労働力となれということだった」
ルーナが嫌そうな顔をした。
よほど、あのディルガームという男に嫌悪を感じているらしい。
「あいつ、本当にもう……天誅が下りますように……机の角っこに毎日足の小指ぶつける呪いとかあればいいのに……」
とぶつぶつ言っている。
セシリオは続けた。
「我々はその条件を、一度はのんだ。西レヴィアスにしか生きる場所がないと思ったのだ。三百いた同胞たちは黒竜の戦いで半分に減ってしまった。残った仲間たちと生きるために、我々は人としての尊厳を売り払ったのだ。酸っぱいグレッドと僅かな水のために……」
ぐ、とこみあげてくるものを飲み込むようにセシリオは少し黙った。
ふうと息をつくと、決心したように、思い切って口を開く。
「前の騎士団長はジャバウォックとの戦いで亡くなった。俺は団長になってまだ日が浅い。だが、だからこそ、己の決断に責任がある。もし獣人一族が滅ぶようなことがあれば、俺は先代に顔向けができない。だからこそ問いたい。ここの暮らしになじむ前に。甘い果実に慣れる前に。俺たちは貴方に、いつ、何をさせられるんだ?」
ノエルの表情は一瞬険しくなり、その後、真剣そのものに変わった。
「何も……と言いたいけれど、すまんな。その通りだよ。セシリオの言う通り、俺たちはみんなにやってほしいことがあるんだ」
「頼む。みんなの命は助けてやってくれ。家族がいるやつもいるんだ。これから家族が増えるやつだって……俺だけなら最後はどうなったっていい。人質になっても、腹に爆弾を巻いてディルガームの自宅に特攻したっていい。だが……一族は助けてやってくれ。俺たちは酷い環境で泥水をすすって生きてきた。それでも生きることにしがみついてきたんだ。どうか……」
セシリオは頭を下げた。
堂々たる体躯が小さくなる。
人間にしてはやはり一回り大きく、筋肉質な体が服の上からも分かるほどに力強い。耳の灰色の毛並みは乾燥と疲労でぱさついていたが、鋭い金色の目は静かに現状を見据える覚悟が滲んでいた。
ノエルは言った。
「それぞれの獣人が、――あなたたちが強くなることが、俺の願いだ。それに」
薔薇色の唇がふっとほころぶ。
「あなたをみすみす殺させに行かせないよ、セシリオさん」
モルフェが茶々を入れた。
「ほら出た! こういうところが甘っちょろいんだ、俺らのリーダーは。いいじゃねぇかやりたいなら特攻でもなんでも行かせれば……」
ノエルは円卓の下でモルフェの膝に蹴りを入れる。
行きたいやつなんかいないだろ、という意味を込めてだ。
「あー、セシリオさん。だからさ、俺らは西を手に入れたいんだけど……それはさ、強い国を作りたいからなんだ。それは俺たちだけじゃだめだ。セシリオさんたちと協力して、このマールをもっと強くしたい。国力をあげるんだ」
セシリオはその言葉に驚きを隠せず、唇を引き結んだ。
「国力……我々はあなたの家臣になればいいのか?」
「俺は王様じゃない。だから、家来じゃなくて……仲間になってくれないか。西には古代兵器もあるっていうし」
ノエルは潤んだセシリオの金の瞳から、視線を外さずに続けた。
「そして、いずれオリテとゼガルドも手に入れるつもりだ」
その瞬間、会議室の空気が凍りついた。
セシリオはもちろん、同席していたモルフェ、ルーナ、そしてレインハルトも一様に驚愕の表情を浮かべた。
ノエルはその反応に気づくと、少し首をかしげて、軽く笑った。
「あれ? 言ってなかったっけ?」




