縁は奇なり
父と母は自宅で待っていた。
「本当に心配したのよ」
と、母アイリーンは、ノエルを抱きしめてわっと泣いた。
「シーラがついているから大丈夫だと思ったけれど、気が気じゃなかったわ! ……あら? あちらの方は?」
レインハルトが慇懃に礼をした。
血だらけのローブを気にしてか、離れた距離にいるのを、シーラが強引に連れてきた。
「もう駄目かと思いました! ノエル様も私も……もう絶体絶命だったところを、こちらのレインハルト様が助けて下さったのです」
「まあ」
レインハルトは僅かに眉間に皺を寄せた。
身を縮めて居心地が悪そうにしている。
ノエルはよかれと思って、母親を無邪気にふりきった。
そして、くるりときびすを返すと、入り口の門のところへ向かって走って戻って、レインハルトの手をとった。服に隠れて分からなかったが、思ったよりも細い指だった。
「わっ……だめです。汚れてしまうよ」
白銀の髪の隙間から、灰色と青の間のような独特の瞳が驚きと戸惑いに揺れていた。
ノエルはハハッと鼻で笑い、ぎゅっと握る手に力を込めた。
「おまえがいなきゃ、俺たちは自分たちの血を浴びるはめになってた」
「……え?」
ノエルは失敗に気付いた。
サアッと血の気がひく。
(俺じゃねーよ! あと令嬢はたぶんオマエって言わないな!)
言い間違い、言い間違いだ、いや、聞き間違いだ。
それで押し通そう。
「っということを、もしワタクシに兄などが居たなら言うだろうなっ、と、思いあそばしたんでございます!」
「はあ……」
「さあ! さあ! お召し物を取り替えさせましょう! 父も母も歓迎いたしますわ! オホホホホ」
不思議な顔をする美少年の手を掴み、いそいそとノエルはブリザーグ家へ引き入れた。
「君は……」
父親のコランドも母親のアイリーンも、冷水を浴びせられたかのように黙った。
乾いてどす黒い葡萄色をした返り血に塗れているレインハルトを間近で見て、驚いたようだった。
レインハルトは諦めたように目を伏せて、
「レインハルトと申します」
と、丁寧に挨拶をした。
「レインハルトが助けてくれたんです」
ノエルは父母に、目の前の功労者を正当に評価して欲しかった。
コランドは弾かれたように、パッと顔をほころばせた。
「いや! あなたがあの豚の大群から助けてくれたんですね。私たちの娘と使用人を。なんと勇敢な方だ」
「お役に立てたならばよかったです」
「ほらみんな、この紳士を綺麗にして差し上げるんだ。丁重におもてなしをして」
「いえ、僕は……」
レインハルトは辞退しようとした。
が、コランドもアイリーンもシーラもノエルも、つまりは全員がそれを許さなかった。
「一等の客間の準備はできているな!? ほら、はやくコックに誰か言いに行ってくれ。一番良い肉を手配しなきゃいかん」
「しっかりしたお洋服と、上等のワインもよ」
「いえ、奥様。私はまだ若輩者ですので、酒は飲めないのです。本当に」
レインハルトが言った。
アイリーンはしげしげと目の前の血に濡れた青年を眺めた。
確かに首や手足など、細いところはあるにせよ、背丈だけ見ればおよそアイリーンと変わらない。
「レインハルトはいくつなんだ?」
ノエルは何も考えずに訊いた。
「12です」
「じゅっ……なんて?」
ノエルは信じられないという声を出した。
どう見ても15,16くらいだと思っていた。
世が世ならこいつがランドセルを背負っていたのか。
そう考えると、ノエルは気が遠くなりそうになる。
目の前の、騎士だと言われても納得できそうなレインハルトがまだ少年だなんて。
「すげぇ逸材だな……」
みんながレインハルトに夢中だったので、ノエルの独り言は誰にも聞かれずに済んだ。
くたくたに疲れ切っていたが、使用人も主人たちも、みんながこの美しい突然の英雄をもてなそうとやっきになっていた。




