副団長アーロン
獣人たちは難民として西レヴィアスに移動していた。
が、獣人たちは差別と迫害に苦しめられていた。
「いつまでこんな日々が続くんだ……」
獣人たちは町の外れにある荒れ果てた区域に追いやられ、粗末な家に住まされていた。家と呼ぶにはあまりにもみすぼらしいその建物は、風雨を凌ぐことすらできないほどに壊れていた。
壁は崩れかけ、隙間風が容赦なく吹き込んでくる。床は土で、歩くたびに埃が舞い上がる。天井には大きな穴が開いており、雨が降るたびに屋内に水が流れ込んでくる。東にいたときはもう少しましだった。黒竜が来るまでは……。
寒さに震え、暑さに耐えながら、過ごす日常は、獣人たちをじわじわと苛立ちと哀しみ、絶望と無力感で包み込もうとしていた。
食料も十分には支給されない。彼らは自らの力で何とか食べ物を手に入れるしかなかった。オアシスの豊かな恵み、色とりどりの果実は観光用のもので、普段の食料とは別物だ。
荒れ地でわずかな植物を育てようにも、支援体制がない。あるのはひからびそうな豆。そして、固くてとてもかめた物では無いグレッドだけだ。
グレッドはこの地域の主食とされているが、権力者たちは小麦で作った柔らかく白いものを食べる。獣人たちは黒っぽく、酸っぱくて固いグレッドしが流れてこない。
満足な食事には程遠かった。子供たちはお腹をすかせて、大人たちも疲労困憊していた。
水も貴重な資源だが、ここには十分ない。医療の支援など期待できず、怪我や病気は自己責任で何とかするしかなかった。
まだここに来て日が浅いから被害はそこまで深刻ではないが、時間の問題だ。
アーロンは憂慮していた。
薬草を使った治療も限界がある。
もう少しすれば、多くの命が失われていきそうだ。
西レヴィアスの住民たちは、獣人たちに冷たい視線を送り、あからさまな嫌悪感を示していた。
市場で物を買おうとすれば追い払われ、仕事を求めても雇ってもらえない。
日常生活の中で浴びせられる心ない言葉や冷たい態度に、獣人たちは心身ともに疲弊していた。
もはや集落はない。
アーロンたちは元・騎士団の仲間たちと、肉体労働のあとの遅い夕飯を食べていた。今日も昨日の残りの味の無い豆の煮込みだ。
城壁の工事や修復は骨が折れた。
腹一杯食べたいところだが、こんなものしかない。
若い獣人の青年が、泣きそうな声で呟いた。
「もう限界だ……」
「そうはいっても、ここ以外に俺たちの行き場なんてない」
「オリテに行くか?」
「仕事はないさ……あたしたちはどこに行ったって、鼻つまみものなんだよ」
姉御肌の獣人が、ため息をついた。
このユーリンという獣人は、剣の腕は随一なのに、ここでは水くみばかりをさせられている。
その中で、騎士団長のセシリオは仲間たちを励まし続けていた。
「今は耐え抜こう。必ず道は開ける」
太陽のようなセシリオの陽気さに救われる。
しかし、このままではいられない。
限界であることに間違いは無かった。
アーロン自身もまた、内心では絶望と苛立ちに苛まれていた。
若い兵士然としたフードをかぶった青年が、
「そういえば、知っていますか? 東が黒竜を倒したらしい」
と、アーロンに囁いた。
アーロンは驚いた。
まさか。
「本気で言っているのか?」
「ええ。確かな情報のようです」
「まさか。あれは……いや、どうやって。誰がやったというんだ」
「それは……分かりませんが」
アーロンは考えた。
東に戻ろうとするのは簡単な決断ではない。
信用できる情報なのだろうか?
たちの悪い冗談だとしたら――。
西の権力者たちは獣人を簡単に離してくれないかもしれないし、情報が間違っていたら危険が増すだけだ。
それでも、縋りたくなる。
希望を夢見たくなる。
アーロンは偵察に行くことを決意した。




