竜の解体
ノエルたちが近づくと、レインハルトは一瞬手を止め、手を振った。
「ノエル様! もう起きられるんですか」
「おう! ばっちりだぜ! お前は何してるんだ? レイン」
ノエルは不思議そうに尋ねた。
レインハルトは肩をすくめて答えた。
「このジャバウォックの素材は非常に貴重なんですよ。希少金属ってやつです。鱗は防具や武器の素材になるし、骨は建材や薬の材料にもなる。村の発展には欠かせないでしょう」
ノエルは再びレインハルトの無駄の無い作業の様子に目を向けた。
みるみるうちに硬い殻や鱗が剥がされ、肉とその他の部分に分けられていく。
「さすがに竜を食べたことはありませんが……肉は捨てるしかありませんかね」
砂地にぽいっとレインハルトが肉を放る。
気付けば、山羊の住民が作業を手伝っていた。
ノエルはルーナの腕を軽く叩いて下ろしてもらう。
少しふらつくが、歩けないほどではない。
「この人は……」
「獣人のヤックさんですよ。仕分けをするのを手伝ってくれてる」
ヤックはぺこりと頭を下げた。
「あの……あの竜……には……俺……俺の家……めちゃくちゃにされた……倒してくれて……ありがとう……」
「いえいえ」
ノエルはにっこりと笑いかけた。
山羊のヤックは照れ屋のようで、頬を紅くしてどもりながらも、一所懸命にノエルへ話しかけてくれた。
モルフェはレインハルトにあれこれ指図されながら、魔法で解体作業に参加し始めている。なんやかんや言いながらも、手伝うところは仲間意識が出てきたということだろうか。
「ノ、ノエルさん」
「うん? どーした?」
「あ、あ、あ……あの……肉は、もしかしたら……餌になるかも……」
と、小さな声でヤックが言った。
「泉……小さな動物……いっぱいいる……お腹、すいてるみたい……」
「あ! そうだ、カワウソたち!」
ノエルが泉を見やると、カワウソたちは恨めしそうにこちらを見ていた。
「キュワワ……」
「ごめんごめん! 忘れてたわけじゃないよ。というか、魚をたくさん増やしただろ?」
「キュワッキュワッ!」
山羊の獣人のモックが泉にしゃがみこんで、うんうんと頷いた。
「この子たち……言ってる……この竜……食べる……」
「えっ、まさか、言葉が分かるのか? すごいな!」
「一部の……獣人は……分かる……カワウソ……わくわくしてる……まだ……食べたことの無い……ごちそう……」
確かに、ドラゴンも仲間分けをしてみれば、は虫類の仲間のようではある。
(あいつらの中では、竜も虫とか……そういうくくりなのか?)
縦横無尽に剣を振るっているレインハルトの横で、ノエルは無造作にドラゴンの肉片を泉に放り込んだ。
ノエルは黒竜の肉片を泉に放り込んだ。
肉片が水面に触れると、どす黒い血の色と紅い肉色、そして独特の乾いた香辛料のような香りが辺りに広がった。
中のカワウソたちは一瞬にしてその匂いに引き寄せられ、競うようにして肉を食べ始める。
泉の水が揺れ、波紋が広がる。
「ノエルさん、カワウソさんたちが……!」
ルーナが驚いて声をあげた。
カワウソたちの体が徐々に変わり始めた。
最初に変化が現れたのは体の大きさだった。
小さくて可愛らしかったカワウソたちが、見る間に巨大化していく。筋肉が隆起し、毛並みが光沢を増し、まるで鋼鉄のように強靭なボディになっていく。眼は鋭く輝き、まるで違う生き物のようだ。
次に、以前のカワウソのしなやかさはそのままに、動きに一層の速さと力強さが加わる。泉の中で泳ぎ回る姿はまるで水中の覇者のようだ。彼らは互いに鳴き声を上げ、その声は以前のカワウソの可愛らしいものとは異なり、深く低く、まるで古代の獣の咆哮のようだった。
「えっ……」
ノエルは戸惑ったが、どうしようもなかった。
もはや進化である。
カワウソたちは、泉の周囲を見回し、ノエルに目を向けた。その目には、ただの動物の目ではなく、計算と理解の光が宿っていた。
リーダー格と思われる最も大きなカワウソが近づき、手のひらにそっと鼻を寄せる。その仕草には信頼と敬意が込められている。
(知能が高まっている……!?)
彼らは今やただの愛玩動物ではなく、マールの村の忠実な仲間だった。
ノエルは知性を宿したカワウソたちを見やりながら、またレインハルトがうだうだ言うだろうなと想像した。




