ジャバウォック来襲(3) 伸びろ豆の木
蔓と木の間のような豆の木は、よくしなりながらジャバウォックの翼に向かって伸びた。
イメージは魔法になり、力になる。
ノエルは頭が焼き切れてしまうのではないかと思うくらい、はっきりとジャバウォックの翼が蔓に縛られるのを思い描こうとした。
「グウウウウ……」
モルフェのバリアの膜に、ジャバウォックは包まれていた。
まるで弾けて割れようとしているゆで卵にはった、薄い膜のようだった。
ジャバウォックがもがき、砂漠に爆音が鳴り響く。
いくつもの炎や熱線がぶつかり、オレンジ色の火花が散る。
薄透明な膜に包まれたジャバウォックは、空中で旋回することもできず、滞空することもできない。
「縛れッ……!」
ノエルが歯を食いしばった。
不気味な黒い肉を集めたような翼は脈打ち、蔓がミチミチと食い込んでいく。
ジャバウォックは羽を拘束された恨めしそうなうなり声と共に、地面に落下していく。
「落ちたぞ!」
モルフェが叫んだ。
砂煙をあげて黒竜が落下する。
成長した豆の蔓はもはや細い木だ。
硬度のある綱のような蔓がしなり、ぐるぐるとジャバウォックの巨大な翼に巻き付いていく。
みるみるうちに繭のようになる。
モルフェはバリアの手を緩めない。
まるで柔らかな布で窒息させようとしているようだ。
決して村の中に人間を黒焦げにさせる熱線を逃がすまいという、モルフェの気概が感じられた。
ジャバウォックの体中に豆の木が巻き付く。
ただの豆の蔓ではない。
これはノエルが想像に想像を重ねた『豆の木』なのだ。
王立の学院の教科書になかった理論を、ノエルはもはや信じていた。
確信が力を強固にする。
(もっと。もっと想像するんだ。強く、硬く、重く……絶対に切れない蔓!)
ジャバウォックが砂地で暴れる。
足やしっぽがドンッと地面を叩き、粉塵が舞った。
「ぐっ……」
先ほどからずっと魔力を使っているモルフェが地面に片膝をついた。
体力と気力、そして魔力ももう限界に近いだろう。
助けてやりたいが、ノエルも今は自分のことだけで精一杯だ。
(頑張れ、耐えてくれモルフェ……!)
この作戦では、バリアをはるモルフェが力尽きてしまえば全てが終わってしまう。
「モルフェ! もう少しだ!」
ノエルはせめて声を張った。
モルフェは血だらけの口を歪めて笑った。
「うるせー……」
今にも壊れてしまいそうなのに、モルフェの瞳の色は変わらない。
勝つだとか、負けるだとか、そういうものの枠の外で、戦いに死力を尽くす人間だけがもつ芯のようなものがモルフェには備わっていた。
揺らがない瞳に勇気づけられてノエルは、腹に力を込めた。
竜の両腕と上半身、顔全体を蔓がギチギチッと強く拘束する。
バタンバタンと暴れる竜に二人の人間が近付いた。
「行きます!」
鐘の高塔に控えていたルーナが、壁から跳ぶ。
人間の身体能力をゆうに超えるルーナの潜在能力が、開花した瞬間だった。
「ハァァァァァ……」
鉄を溶かす要領で、ルーナのフライパンを利用して高塔の鐘を準備したとき、ノエルはもう一つの物も魔法で一緒に作っていた。
それが、今ルーナの手にはまっている。
ふらり、と影が揺れた。
「おせーよ……」
片膝をついていたモルフェの体が、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。
決して粉ミルクを思い浮かべてはなりません(Beanstalk)




