ジャバウォック来襲(2)
モルフェには魔力がある。
一緒に旅をするようになってから、ノエルは思っていた。
モルフェの戦闘力は凄まじい。
魔力量ではノエルが勝っていたとしても、それを上回る技術と圧倒的な実践経験、そして天性の戦いのセンスがモルフェにはあった。
無詠唱の呪文のない魔力の発動は、モルフェの十八番だ。
しかし、今回だけはモルフェは詠唱した。
「シールド!」
その呪文は、イメージを具現化するためじゃない。
仲間に今何が起こっているのか、聞かせるための合図だ。
モルフェの詠唱と共に、卵形の厚い透明な膜のように防御魔法がジャバウォック・ドラゴンを取り囲む。
モルフェが歯を食いしばった。
無詠唱だから分かりにくいが、追加で何度もシールドを発動している。
伸ばしっぱなしの波打つ黒髪の端から、汗がしたたり落ちている。
「グアアアアアア!」
不気味な黒い竜は卵の中に自分の光線と熱波を充満させて呻いた。
それを機にノエルは茂みから飛び出した。
シールドの膜ごしだというのに、凄まじい熱を感じる。
これを一手に担えるのはモルフェしかいない。
過ぎた圧に肉体が耐えかねているのか、モルフェの鼻からは血が出ている。
しかし、モルフェは歯を食いしばりながらも、対象を不敵ににらみつけていた。
死を怖れない境地に達せる武人は数少ない。
モルフェはその少ない人間の内の一人なのだとノエルは悟った。
味方になれば、なんと頼もしいことだろう。
ノエルは息を吸い込んだ。
(俺はまだ死が怖い)
モルフェとは違う。
死の覚悟も、経験も、何にも足りない。
だけど、何の罪も無い無辜な者たちを屠る、この災いを止めたい。
(今はそれだけじゃ駄目だろうか)
ノエルはみぞおちに力を込めた。
はあ、はあという自分の息づかいが近い。
風の音がうるさいはずなのに、心臓はやけにはっきりと拍動を伝える。
ノエルは誰にともなく祈った。
(どうか、俺の力が集まって、この砂漠に大きく、大きく膨らみますように)
胸にあたたかな流れが溜まっていく。
「うらああぁぁぁぁぁ!!」
誰のために、何のために、そんな理由はどうだっていい。
モルフェと、ルーナと、レインハルトと、そして目の前の強大な敵が、今の全てだ。
ノエルは全身全霊を込めて、詠唱した。
「フローラ・豆の木!」
オアシスに生えていた大きな豆の木が、ノエルの全力の魔力に包まれる。
薄い黄色の霧が消えないように、ノエルはかじかむ手をあたためるように、魔力を流し込み続けた。
シュルルルルル……
豆の木がジャバウォックに向かって、凄まじい速さで伸び始めた。
それはあたかも、緑の長い蛇のようだった。




