ジャバウォック来襲(1)
その日は突然だった。
突き抜けるような青い晴天が、砂漠とオアシスを飲み込んでしまうような朝だった。
ノエルたちはオアシスに出かけ、そこでもいだ果実で腹を満たした。
すると、不気味な風の唸りが聞こえてきた。
「おい、なんかおかしいぞ」
ノエルが言うまでもなく、すぐに砂漠の静寂を突き破るように、空気が震えた。
咆哮と共に、黒い雲の塊のような、巨大な竜の姿が見えた。
間違いない。あれがジャバウォックだ。
圧倒的な存在感と不気味さが空気を震わせていた。
「ついに来たぞ!」
ノエルが叫ぶと、ルーナが小さな竜巻のように走り出た。
「あたし、知らせます!」
ルーナはオアシスの淵に作った高台へ駆け出した。そこには鐘が吊るしてある。モルフェとノエルの力作だ。ルーナの持っていたフライパンの一つを、魔法で形を変え、よく鳴り響くように鐘の形にしたのだ。小ぶりな鐘は、少し金属の余りが出るくらいだったというのに、村人の鼓膜をびりびり震わせられるくらいには、甲高く澄んだ音が良く鳴る物になった。
ノエルはすぐさま指示を飛ばした。
「モルフェ! レインハルト! 行くぞ!」
「はい!」
完全に元の素形を取り戻したレインハルトが、金色の髪を風になびかせて剣を持った。
「おう!」
モルフェは泉の水を被って、黒髪を額から後ろへ両手で撫でつけた。
カーン……カァーン……!!
オアシスから、乾いた鐘の音が村へと響き渡った。
どんな金属でできているのかは分からないが、あの怪力でひしゃげてしまわない耐久性を備えた鐘である。ルーナが力一杯叩いているはずだ。
あれを聞いたトゥレグたちは、きっと迅速に地下へ避難しているだろう。
ノエルはトゥレグやエラから聞いた話を思い出した。
黒焦げになった子ども。
焼け爛れたおびただしい無数の死体。
死にたくないと呟いて朽ちた白骨。
失意のうちに餌になった生身。
赤子も老人も、幼児も女も男も関係なかった。焦土、汚物、絶望……。
それはノエルが一度も見たことは無いけれど、決して忘れてはいけない光景だった。
息をするのも苦しんでもがいていた。
生き残ったエラのうめき声。
(繰り返させない。絶対に)
ノエルはぎゅっと拳を握りしめた。
城壁には防御魔法がかかっている。
村長たちが無事に避難をしているように、ノエルは祈った。
ジャバウォックは味をしめたのか、村に狙いをつけて空を旋回している。
「モルフェ、ひきつけろ!」
ノエルが叫ぶ。
「こっちだ!」
モルフェは手を掲げた。
詠唱無しで、人間の頭ほどもある火の玉がジャバウォックに向かって飛び出す。翼の端に命中し、ジャバウォックは鋭い目をモルフェへ向けた。
「当たったなぁ?」
モルフェはニヤリと笑った。
自分の何倍もある大きな竜を相手にして、モルフェは全く怯まなかった。
「俺のことが恋しくて仕方ねぇだろ?」
幻惑や魅力の類なのだろうが、一度攻撃を受けると、再度また相対して攻撃を受けたくなるという厄介極まりない術をモルフェは使う。
体質なのか、技術なのか、とにかく唯一無二の変態的な特性だ。
だが、今回はそれが役に立つ。
ジャバウォックが方向転換し、モルフェに狙いを定めた。これで、竜はモルフェを殺し尽くして術が解けるまでは、村には近づかないはずだ。
オアシスを抜けて砂漠の中央に走ったモルフェは、大きな顎を開き、攻撃の準備をするジャバウォックに叫んだ。
「おら、こっちだ! ウスノロ!」
ジャバウォックが滑空する。
(来る!)
オアシスの泉の草むらに身を隠したノエルは、ただならない気配を感じて息を飲んだ。
ジャバウォックが口を開けた。
熱線が出るエネルギーの橙色がやけに明るく見えた。
「ギィャァァァアアアアア!!」
この世の物とは思えない咆哮と共に、熱の球が放たれる。
しかし、モルフェの動きは更に素早かった。




