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第八十六話 暗躍(後編)


---三人称視点---



 ラマナフ大魔帝国の魔帝都サーラリアペルグ。

 その魔帝都の政治の中枢を担うアラムレード大宮殿。

 その二階の玉座の間にて、

 魔女帝まじょていドミニクが漆黒の玉座に腰掛けていた。


 玉座に向かう赤い絨毯の左右には、

 魔女帝親衛隊の隊員が計算されたように等間隔で並んでいる。


「――以上のように連合軍の首脳部は、

 ファーランド王国の王都エルシャインに集結しております。

 会談が行われた後に、大軍を持って帝国領に侵攻すると思われます」


 黒い礼服を着た魔宰相パーベルがそう告げると、

 魔女帝ドミニクは肘掛けに肘を預けて頬杖をついた。


「そうか、やはり連合軍は帝国領へ攻め込むか。

 だがそうなるとファーランドの東部にある

 バールナレス共和国の周辺が手薄になりそうじゃな。

 あそこの現統治者は竜人族の頭領であったな?」


「ええ、また我等デーモン族の一部もあそこに住み着いております」


「そうだったな、恐らく連合軍は帝国領に戦力の大半を割くだろうが、

 バールナレス共和国方面にも幾つかの戦力を派遣するであろう。

 となれば我等の同胞にも被害が及ぶ可能性が高い……」


「ええ、必然的にそうなりますな」


 宰相が事務的に答えると、

 ドミニクは両手を口元の前で組んだ。

 そしてその姿勢のまま、ドミニクは思考を張り巡らせた。


 ――平穏の望むのであれば、

 ――ここは今まで通り、我等は動くべきではない。

 ――だが本当にそれで良いのか?


 ――帝国が敗れて、皇帝ナバールが失脚すれば

 ――エレムダール大陸には平和が訪れるじゃろう。

 ――そう考えたら、戦うチャンスは今しかない。


 ――このまま寒い大地で余生を過ごす。

 ――というのも悪くはないが、我等はデーモン族。

 ――この機に乗じて我等も戦うべきではないか?


「魔女帝陛下、どうなさいましたか?」


「……バールナレスに在住するデーモン族はどれぐらい居る?」


「……さあ、正確な数字は分かりませんが、

 それなりの数は居ます。 とはいえ彼等は竜人族やダークエルフとも

 良好な関係を築いて、静かに暮らしておりますよ」


「だが連合軍がバールナレスを制圧すれば、

 我が同胞は手っ取り早い生け贄(スケープ・ゴート)にされるのではないか?」


「……その可能性は否定できません」


「そうか、ならば我等が動くという手もあるな」


「本気でございますか?」


 ドミニクの言葉に宰相パーベルは目を瞬かせる。

 彼女の言葉通りならば、

 連合軍と帝国軍の戦いに介入するという事だ。

 それはデーモン族にとっては一大事であった。


 良くも悪くもこの百年以上の間、他種族と争う事もなかった。

 だからパーベルがドミニクの言葉に驚くのも無理のない事であった。

 するとドミニクに同調するかのように、

 玉座の間の入り口の扉付近から大声が響き渡った。


「俺は賛成だぜっ!!」


 野太い男性デーモン族の声。

 それに同調するように女性デーモン族の低い声も聞こえてきた。


「わたくしも賛成致しますわ」


「……ネストール、エレミーナ。

 わらわは貴公等を呼んだ覚えはないぞ?」


 ドミニクは無表情で低い声でそう問い質した。

 だがネストール、エレミーナと呼ばれた両名は

 動じる素振りも見せずに、赤い絨毯の上を歩いて玉座に迫った。

 それに対してドミニクは玉座から立ち上がって、

 胸の前で両腕を組んで、仁王立ちする。


「嗚呼、確かに呼ばれてはいないな。

 だが俺の方がアンタに用があったという訳さ」


「……アンタ(・・・)だと?」


「ん? 魔女帝陛下と呼べってか?」


 そう言ってヘラヘラと嗤うネストール。

 ネストールはざんばらの赤髪に褐色の肌。

 身長185セレチ(約185センチ)の長身痩躯の身体を

 緋色の鎧を纏っており、全身が真っ赤な出で立ちだ。


「わたくしとネストールは魔女帝……陛下に嘆願に来たのですよ。

 この大陸の戦乱時に静観しているだけでは、

 我等デーモン族の名が廃りますわ。

 ここで戦わなくていつ戦う、その事を伝えに来たのです」


 そう言ったのはエレミーナと呼ばれた女性デーモン族。

 白皙、身長は165セレチ前後。

 膝上までの水色のフードつきのケープを纏い、

 フードを目深に被っている。

 

 だが覗いている部分の面立ちだけで、

 容姿が非常に整っていると一目で分かった。

 髪の色はケープの色と同様に水色。

 ネストールと対照的な全身水色という格好だ。


 このように魔女帝相手にも強気な二人であったが、

 この二人はデーモン族における「四魔将よんましょう」と呼ばれる

 特別な存在であった、彼等はそれぞれ四大属性の魔法を得意としており、

 ネストールは「炎のネストール」。

 エレミーナは「水のエレミーナ」という異名を持っていた。

 そして当然の如く高い戦闘力を有していた。


「ネストール、エレミーナ。

 わらわとしても貴公等の願いを聞き届けたいと思う。

 但し妾の作戦や政治的な判断には従えっ!

 それが出来ぬのであれば、貴公等には兵を任せられぬ!」


「……嗚呼、それは素直に従うよ」


「わたくしも同じですわ」


「うむ、ならば貴公等、両名に兵を預ける事にしよう。

 但し戦闘エリアはバールナレスに限定しろっ!

 例え勝ち戦であろうが、バールナレスを超えて

 連合軍の占領地域へ攻め込むことは絶対に許さぬ。

 その掟を破った時には、妾自らが制裁を加える」


「……要するに俺達の遊び場はバールナレス限定というわけか?」


「嗚呼、そうだ。 ……不服か?」


 ドミニクの問いにネストールは小さく首を左右に振った。


「いや俺としては遊び場……戦場を用意してもらっただけで

 満足さ、だから基本的にはアンタの方針に従うよ」


「わたくしも同じ考えですわ」


「そうか、ところで残りの二人。

『風のメルクマイヤー』と『土のクインラース』の姿が見えぬが、

 あの二人は貴公等と同意見ではないのか?」


「嗚呼、というかこの件に関しては、

 俺とエレミーナの独断だ、あの二人は何も知らんさ。

 でもその方がアンタにも都合が良いだろう?」


「それはどういう意味じゃ?」


 するとネストールはわざとらしく両肩を竦めた。


「いや俺等、「四魔将」が全員兵を率いた状態だと、

 アンタも気が気でないだろ? それこそいつ寝首をかかられるか分からんだろ?」


「ネストール、妾を舐めるなよ……」


 ドミニクは柳眉を逆立てて、ネストールを睨めつけた。

 だがネストールは笑みを絶やさない。

 

「そう怒るなよ? 美人が台無しだぜ?」


「ふん、相変わらずふざけた奴だ。

 まあ良かろう、とりあえず貴公等二人に兵を預ける。

 そして遊び場としてバールナレスをくれてやろう。

 但し現地のデーモン族はちゃんと保護するのじゃぞ?」


「了解、了解。 それじゃ俺とエレミーナで話合って、

 作戦を決めるから、それを採用するかどうかはアンタに任せるよ」


「嗚呼、とりあえずそれで良かろう」


「じゃあ俺はもう行くよ」


「わたくしも」


 そう言って二人は踵を返した。

 そして入り口の扉に近づいたところで、

 ネストールが振り返り――


「今回の件に関してはアンタに感謝するよ。

 アンタとしてもこの決断を下すのに悩んだろう。

 だが俺達はデーモン族。 家畜化する獣より

 野生の獣として生きる方が俺達らしい……」


「……そうかもしれんな」


「ああ、じゃあ今度こそ本当におさらばだ」


 そして衛兵が扉を開けて、ネストール達は部屋から退出する。

 その後ろ姿を目で追いながら、ドミニクは無表情のまま空を見据えた。


「魔女帝陛下、これで良かったのでしょうか?」


 と、魔宰相パーベル。

 するとドミニクは玉座に足を組んで深く腰掛けた。

 そして不機嫌な顔で肘掛けに肘を預けて、再び頬杖をついた。


「ふん、まあ良かったのじゃろう。

 こういう事はやる気のある奴に任せるのが一番じゃ。

 それに奴の言う事も一理ある。

 我等デーモン族は獣、ならば獣として生きる。

 それらが我等の歩むべき道かもしれん……」


「そうですか」


「嗚呼、だが奴等が暴走しないように、

 見張りをつける必要がある。

 だからパーベル、その適任者を選出してくれ」


「御意」


 そう言葉を交わして、ドミニクは虚空を見据えた。


 ――これは一波乱ありそうだな。

 ――だがそれも致しかない。

 ――所詮戦う事でしか自己の意義を見いだせない。

 ――それがデーモン族という種族だ。


 こうして長い沈黙を破って、

 ついにデーモン族が動き出し始めた。

 これによってエレムダール大陸における戦いは、 

 デーモン族の参戦によって、

 更に戦火が拡大されようとしていた。


次回の更新は2023年7月1日(土)の予定です。


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