第八十五話 暗躍(前編)
---三人称視点---
ペリゾンテ王国の王都ウィーラー。
その政治中枢であり、居城であるホーランド宮殿。
宮殿内の二階にある謁見の間にて、
壮年の男――国王ミューラー三世は玉座に腰掛けながら、
眼前の長身痩躯の中年男性のヒューマンと謁見していた。
「成る程、連合軍の首脳部は王都エルシャインに集結しているのか」
「ええ、それで陛下。 我がペリゾンテとしては、
どのように動くべきか、陛下のご意見を是非お聞かせください」
「うむ、ヘッケル宰相。 それに関しては卿と色々と協議したい。
余としては今回の連合軍と帝国軍の戦いには、
限界まで首を突っ込むつもりはない」
「それは如何なる理由でしょうか?」
長身痩躯の中年男性――宰相ヘッケルが国王にそう問いかけた。
すると国王ミューラー三世は、真顔になって宰相の言葉に応じた。
「今更言うまでもないが、我が愛娘マリベルは奴――ナバールに嫁いだ。
だから血縁上は余と奴は義理の親子という関係だ。
まあ余自身はハッキリ云えば彼奴の事は大嫌いだ。
だが我が愛娘の事を考えたら、安易に連合軍に加担する訳にもいかぬ」
「はい、それは無論存じております。
しかし今回の戦いで奴――ナバールは連合軍に大苦戦しております。
かつては戦争の天才と呼ばれたあの男の常勝伝説も崩壊しつつあります。
ならばこの機会に乗じて、一気に奴を叩くチャンスだと思います」
ヘッケルの言う事にも一理はあった。
だがミューラー三世もそんな事は理解していた。
しかし父親としての感情だけで、政治的判断を下す訳にはいかない。
「無論、余もそんな事は百も承知だ。
だが余としてはマリベルを無事な形で本国に呼び戻したい。
それに今はまだ焦る時期じゃない。
本当に大事なのはこの戦いが終わってからの政策だ」
「つまり陛下は戦後を見据えている訳ですか?」
宰相の言葉にミューラー三世は「嗚呼」と頷く。
「あの男が現れて以来、このエレムダール大陸の各地で
戦争が勃発した。 その結果、この大陸の多くの国々が疲弊している。
だが幸いな事に我が国は、
軍事力も経済力もあり、食料も豊富な状態にある。
これもひとえに我が国が帝国と早い段階で同盟関係を締結したおかげだ。
これは良くも悪くも愛娘マリベルを奴に差し出したおかげとも云える」
「ええ、確かにそうですね」
「嗚呼、そしてこの戦争が終われば、
ナバールは皇帝の座から引きずり下されて、
ヴィオラール王国に亡命している旧王族が王政を復古するだろう。
そうなれば戦乱の時代は終わり、やがて平和な時代が訪れる。
その時に国力のある我が国が他国を援助、
あるいは他国を取り込み、自国の勢力を伸ばす。
それが余が描いている戦後構想だ」
「成る程、確かに状況次第ではそれも可能ですね。
国王陛下の壮大な構想に臣も感服いたしました」
「とはいえそう簡単に事は運ばんであろう。
今後の連合軍と帝国軍の戦いの行方も不透明だからな。
だから我が国はあくまで中立を保つ、ふりをしながら
好機を待つのだ、それが余が描く我が国の未来図である」
「そうですか、ならば臣としても申す事はありませぬ。
但し気になる事が一つあります」
「……何だ、申してみよ?」
すると宰相ヘッケルは軽く咳払いして、意見を述べた。
「陛下はマリベル様を何としても本国へ戻すおつもりでしょうが、
その御子息であるナバール二世はどうなさるおつもりでしょうか」
宰相の言葉を聞くなり、国王は目を細めた。
そして感情の起伏を感じさせない冷然とした声で応じた。
「確かにナバール二世は血縁上は余の孫にあたる。
だが彼の者は、それ以上にガースノイド帝国の世継ぎである。
それ故に余は孫といえど情を持って接するつもりはない」
「……ではナバール二世の扱いをどうなさいますか?
謀殺、あるいは何処かに幽閉なさいますか?」
「本音を云えば謀殺、という手段も使いたいところだが、
流石にそれを実行したら、外聞が悪い。
故にその身柄を確保して、何処かに幽閉すべきであろう」
「成る程、了解致しました」
「宰相、余を非情と思うか?」
国王の問いに宰相は首を左右に振った。
「いえ政治的判断からすれば、妥当な判断と思います。
故に臣としましても後顧の憂いを絶つべく、
陛下のご裁断に従うまでです」
「うむ、そうか」
「しかしもしマリベル様がナバールの許から離れる事を
拒まれましたら、如何なさいますか?」
宰相は一つの可能性を唱えた。
すると国王の表情が僅かに強張った。
そして国王が苦々しげに語り出した。
「娘はあくまで政略結婚で嫁いだに過ぎぬ。
それ故に夫婦の愛といった感情はない。
……と言いたいところだが、余も正直分からぬ」
「……と申されますと?」
「あの男――ナバールにはよく分からん魅力がある。
余もあの男と何度か会った事はあるが、
奴に会うまでは「只の野蛮な戦争屋」と思っていた。
だがいざ奴に会うと奴の学識の広さに驚かされた。
奴は戦争だけでなく、政治や各哲学にも精通していた。
気が付けば余は奴に好意を抱いていた。
会う前は蛇蝎の如く嫌っていたのにな……。
だが奴はそういう星の下に産まれた存在かもしれん」
「成る程、皇帝ナバールは『希代の人たらし』という訳ですか」
「人たらしか、そうだな、そうかもしれん。
だから余も今後奴と直接会う事は控えるつもりだ。
そしてヘッケル、お前も奴と会う時には細心の注意を払え!」
「御意!」
「うむ、とりあえず話し合いはこれくらいで良いだろう。
お前は周囲の臣下達を説得してくれ。
とにかく我が国は中立を保って、様子見の姿勢を崩さない。
それが我が国の方針である
「御意、それでは私はそろそろ失礼致します」
「うむ、ご苦労であった」
そう云って宰相ヘッケルは踵を返した。
国王ミューラー三世はその後ろ姿を見据えながら、
肘掛けに肘を置き、頬杖をついていた。
そして宰相は謁見の間を出るなり、小さく嘆息した。
「ナバール・ボルティネスか。
あるものは奴を「食人鬼』と呼び、
ある者は奴を『希代の人たらし』と呼ぶ。
いずれにせよ、危険な男だ。
兎に角、ここは慎重に事を運ばねばならん」
宰相ヘッケルはそう独り言を溢した。
そして国王の命令に従うべく、
自分の執務室に周囲の臣下を集めて説得した。
こうしてペリゾンテ王国の立ち位置は決まった。
だがペリゾンテ王国以外にも暗躍しようとする国があった。
そう、その国の名はラマナフ大魔帝国。
歴史の表部隊から消えていたデーモン族が
この大陸の動乱に生じて、静かに暗躍しようとしていた。
次回の更新は2023年6月28日(水)の予定です。
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