第七十九話 傀儡政権
---三人称視点---
連合軍がファーランドの王都を制圧して、十日が過ぎた。
そして迎えた聖歴1755年9月17日。
ファーランド王国の政府首脳は、帝国に亡命したキース三世の王位を剥奪。
その代わりに第二王子であるファンが新たな王として即位した。
またラステバン宰相は、そのままの宰相の地位を維持して、
軍務の代表にはファーランド王国軍のスコルティオ将軍。
副代表にはレバノフスキー将軍、その他の数名の将軍が選ばれた。
そして新国王の名の許に、
「ファーランド王国政党政府」と称して、新政府を樹立した。
だが基本的に新国王はお飾りの存在であって、
国務の中枢を担うのはラステバン宰相であった為、
周辺国や大衆には、連合軍とサーラ教会の傀儡政権と呼ばれた。
端的に言えば支配者がガースノイド帝国から連合軍に変わったに過ぎない。
だが宰相ラステバンの政治手腕と政略はそれなりのものであった。
彼は帝国と連合軍の間に立って、
連合軍に様々な協力をする事によって、
自身の立場だけでなく、国家の立場を強化する腹づもりであった。
その為にまずファーランド王国の全土から、
王国軍の将軍と兵士を王都に集結させて、
総数四万人を超える兵力を連合軍の傘下に置いた。
これには現場からも不満の声が少なからず出たが、
野心や功名心がある者は「出世の機会」と
自身の嗅覚で嗅ぎつけて、連合軍の傘下になる事を望んだ。
更にはファーランド全土の冒険者及び傭兵。
また市民や農民の次男坊や三男坊を徴兵して、
一万近い兵士を新たにかき集めた。
これには連合軍の首脳部も宰相の手腕を素直に認めた。
連合軍としては、帝国との次なる戦いに向けて
少しでも兵力が欲しいところであった。
また宰相ラステバンは兵士だけでなく、
兵糧や軍事物資、補給物資なども
ファーランド全土から集めて、その半数を連合軍に献上した。
更には国内の商人や商人ギルドの幹部、富豪を王都に呼び寄せて、
連合軍向けの商品やサービスを供給して、
戦乱時のどさくさに紛れて、
王都や主要都市の市場の活性化を目論んだ。
但し統治者である連合軍の首脳部に対して、
王都及び主要都市の治安維持。
そして連合軍兵士による市民への暴力行為を
はじめとした犯罪行為の禁止を強く訴えた。
とりあえず現場の指揮を任されたシャーバット公子は――
「うむ、それに関しては私も同意見だ。
だから連合軍の兵士による犯罪行為は、
今後も厳しく罰するつもりだ。
だが現場では現場の責任者が部下の不祥事を隠蔽する可能性がある。
故に何かあったら私やジュリアス将軍に報告したまえ!」
「ははっ、了解致しました」
といった具合によって、
シャーバット公子と宰相ラステバンの間に密約が交わされた。
その結果、更なる「戦争特需」が起こり、
そして三日後の9月20日、王都エルシャインは更に活気立った。
そしてその日の午後十五時過ぎ。
ファーランド王国の北部にある神聖サーラ帝国から連合軍との
軍事同盟条約の締結を求めた書状が新国王ファンの許に届けられた。
その書状を見るなり宰相ラステバンは、
シャーバット公子をはじめとした連合軍の首脳部を王城に呼びつけた。
「公子殿下、我が国としてはどうすべきでしょうか?」
「う~む、私の一存では決めかねる問題だね。
この件に関しては、
アスカンテレス王国のラミネス王太子やエストラーダ王国。
それにパルナ公国や猫族のニャルザ王国。
兎人のジェルミア共和国の首脳部の
意見を聞く必要がありますね」
「そうですよね、神聖サーラ帝国もこの時期に連合軍に対して、
同盟関係を求めるのは、戦勝国利権にあやかりたいのでしょうね」
宰相の言葉にシャーバット公子が「ええ」と頷く。
「全く迷惑な話だニャン。
今まで散々様子見に徹していたのに浅ましいニャン」
「そうですね、私個人としては、あまり彼等を歓迎したくないです」
ニャールマン司令官やジュリアス将軍が軽く愚痴を溢す。
シャーバット公子としても似たような心境であったが、
神聖サーラ帝国もそれなりの規模の大国。
それ故に彼等を無視するという選択肢は選べない。
だからシャーバット公子は周囲の者を宥めにかかった。
「まあ私も諸君と同じ気持ちだワン。
だけど彼等――神聖サーラ帝国の国力と軍事力は侮れん。
だからまずは彼等の使者をこの王城に招いて、
連合軍の首脳部を交えた状態で会議を行うべきだろう」
「そうですな」と、宰相ラステバン。
「まあそうだね」
「……そうですね」
ニャールマン司令官とジュリアス将軍も相槌を打つ。
その反応を見て、シャーバット公子も凜とした声で叫んだ。
「では早速伝令兵及び伝書鳩を使って、
連合軍の首脳部をこの王都エルシャインに呼ぼうと思います。
恐らく荒れる会議となると思いますが、
各国の代表、各種族としての代表として連合軍とその諸国の
未来の為に、共に話し合いましょう」
シャーバット公子の言葉に周囲の者達も納得した表情で頷く。
こうして王都エルシャインで連合軍の今後の大きく左右する
「エルシャイン会談」が行われようとしていた。
この会談の結果如何では、連合軍、その周辺国。
そしてガースノイド帝国の国家としての命運を賭けた戦いが
始まろうとしていたが、王都に集まった人間の多くは、
そんな事は露知らず、日々の生活を送るために、
仕事や商売の機会を生かすべく、
額に汗を流して、自らの役割を果たしていた。
---主人公視点---
ほんの少し前までは争っていたのに、
今ではこの王都は新たな商売の機会や出世欲を求めた
者達が所々にひしめき合い、様々な会話を交わしているわ。
私はそんなことを考えながら、
エラール宮殿の二階のバルコニーからふと顔を上げると、
茜色から藍色に染まりゆく綺麗な空が広がっていた。
まだ僅かに明るさを残す上空とは対照的に、
闇色に染まりつつある地上の街並みが綺麗だわ。
でもこうして騒いでられるのも今のうちだけよね。
もう少しすれば、各国の代表がこの王都に集まり会談が行われる。
その会議の結果次第で連合軍は、
帝国本土へ侵攻する事になるでしょう。
だからこうしてゆっくりしていられるのも今だけでしょうね。
そこで私は軽く嘆息して、地上の町並みに視線を向けた。
でもこのバルコニーから見る町並みは美しいわね。
流石は王都と呼ばれる大都市だわ。
そう思うと同時に私はまた違う事を考える。
考える内容は「例の戦乙女の肖像画」に関する事だった。
何故あの肖像画の人物と女神サーラが瓜二つの容貌だったのか。
とりあえずあの「肖像画の戦乙女」に関する情報が欲しいわ。
でも焦っては駄目。
この件に関してはアストロス達にも内緒で行動すべきだわ。
とりあえずあの戦乙女の経歴が知りたいわ。
「ふう~」
私は軽く吐息を漏らして、
バルコニーの手すりに背中を預けた。
「お嬢様、どうなされましたか?」
「リーファさん、何か心配事でもあるのですか?」
気が付けばアストロスやエイシル、ジェイン達が近くに居た。
彼等が私を想う気持ちに嘘偽りはないでしょう。
だから私は本音を漏らさず、無難な受け答えで言葉を返した。
「ううん、何でもないわ。
少し疲れただけだわ、でもお気遣いありがとう」
「そうですか、それは良かったです」
と、アストロス。
「お姉ちゃん、今回の戦いでオイラ達もレベル上がったから、
明日以降に冒険者ギルドへ行かない?
お互いにスキルの割り振りの相談もしたいだワン」
ジェインが元気よく尻尾を振りながらそう言う。
「……そうね、そうしましょうか」
「「はい」」「うん」
……そうね。
例の戦乙女の事は気になるけど、
あまり気に病むと身体と精神が持たないわ。
だから会談が行われる日までは、
気楽にゆっくり過ごす方が良さそうね。
どのみち会談が終われば、また戦場へ出向く事になるのだから……。
そして帝国相手に完全勝利を収めたら、
私は自分が求める自由を手にする事が出来るのかしら?
それは現時点では分からないわ。
でもいつかは自由になりたいわ。
だけど今はその時期じゃない。
だから今はゆっくり身体と心を休めて、次の戦いに備えるわ。
「そうね、では早速明日、皆で冒険者ギルドへ行くわよ。
今後の戦いも厳しくなるのでしょうから、
その為に色々準備しておきましょう。
でもとりあえず今は皆で夕食を取りましょう」
「「はい」」「うん!」
そう言葉を交わして、私は仲間と共に王宮内の食堂へ向かった。
そして皆で一緒に夕食を摂って、束の間の休息を楽しんだ。
だがこんな風に休んでいられるのも今のうちであった。
その後、王都で行われる「エルシャイン会談」では、
各国、各種族の代表が激しい舌戦を交える事になるのであったが、
今は私はそんな事を考える余裕もなく、
食後に自室でシャワーを浴びて、
軽く柔軟運動してから、フカフカのベッドでぐっすりと眠りについた。
次回の更新は2023年6月14日(水)の予定です。
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