第六十六話 王都を攻めろ、護れ(後編)
---三人称視点---
黒を基調とした甲冑をまとったレイ将軍指揮下の騎兵隊が列をなして地をかける。漆黒の馬群が市街に突入しようとした矢先、白い稲妻のような閃光が彼等の前方に立ちはだかった。
こちらは教会騎士団の総長イルゾーク・チェンバレン率いる連合軍の騎兵隊であった。
連合軍の騎兵隊は白や銀を基調とした甲冑をまとっていた。
帝国の騎兵隊の面々も突然の敵の出現に困惑しながらも、
指揮官のレイ将軍の号令と共に進撃を再開する。
それとチェンバレン総長は、ほぼ同時には右手を肩の線まであげた。
「撃て!」という掛け声が周囲に響き渡る。
敵陣を突破せんと突撃してくる騎兵隊の一団に目掛けて、
銀色の弓騎兵がいっせいに矢を放った。
無数の射線となった矢の豪雨が馬上の帝国兵の甲冑や肉体に突き刺さる。
帝国の騎兵隊の面々は、
手にした長槍を時計回りに回転させて矢を弾くなどの防御策に徹して、
乱れた陣形を立て直そうとすると一端、後退を試みたが、
銀色の弓騎兵の第二射がまたもや帝国騎兵隊を襲う。
死の呪詛をたっぷりと帯びた矢が次々と馬上の帝国兵の肉体を貫く。
騎手を失った馬の一群が、
馬体に矢が突き刺さったまま落馬した瀕死の帝国兵を無残にも踏み潰す。
重量400キール(約400キロ)をゆうに超す巨体に踏みにじられ、
微かに残った生命反応が肉体から完全に失われた。
「後退だ……後退して陣形を立て直せッ!!」
レイ将軍は、興奮する黒鹿毛の愛馬の手綱を引き締めながら極無難な命令を下した。だが味方の危機は敵にとっての好機、チェンバレン率いる教会軍騎兵隊はこの絶好の機会を逃さなかった。チェンバレン総長は、再び右手を肩の線まであげた。だが発せられた号令は前回とは異なった。
「第一陣突撃せよッ!!」
その言葉を待ちわびていたかのように、
第一陣の騎兵隊は混乱する帝国騎兵隊に襲い掛かる。
すれ違い様に鞍上の帝国兵の腹部を剣や戦槍で切り裂き、
落馬した所を後続部隊が無造作に踏みつける。
チェンバレン総長は第二陣、第三陣を突入させたところで、
自身も馬を走らせて、前線に繰り出した。
同様にリーファとアストロスも馬を走らせて後に続く。
そこから激しい戦いが繰り広げられた。
そしてチェンバレン総長は、帝国兵に対していっさい慈悲をかけなかった。
イルゾーク・チェンバレンは、信仰心厚く清廉な信徒であることで知られていたが、それ以上に槍術の達人であることで周囲の注目を浴びていた男であった。馬から降り、自ら陣頭に立ちにその卓越した槍術をいかんなく披露してみせる。銀色の輝きを放つ斧槍を片手にチェルネスクは突貫する。
冷やかな殺意を帯びた斬撃と刺突が次々と帝国兵の肉体を切り裂いた。
帝国兵も果敢に応戦するが、振り下ろした戦斧は空を切り、
その次の瞬間に戦斧を手にした両腕が斧刃で切り裂かれた。
恐怖と激痛に喘ぐ哀れな帝国兵の頭部に、
銀色の斧槍が振り下ろされ兜ごと頭蓋骨を撃ち砕く。
チェンバレンの斧槍が空を水平に切り裂く、弧を描くと一連の動作を幾度も繰り返し、帝国兵の肉体を次々と切り裂き、突き刺し、辺りに血しぶきをほとばしらせる。
チェンバレン総長は次なる標的を定めると疾風のような速さで間合いを詰める。
帝国兵に戦斧を振り上げさせる猶予も与えず、
脇腹に横薙ぎを、鎖骨部分に袈裟斬りを、止めに頭部を強撃した。
息をつく間もない三段攻撃が繰り出され、
複数の急所を切り裂かれた帝国兵は断末魔の絶叫を残して絶命した。
既に周囲には、彼の手によって倒された帝国兵が数人、
不様な屍と化していた。その身に多量の返り血を浴びながら、
チェンバレン総長は不適な笑みを浮かべ、不動の構えを取っていた。
首筋にかかげられた銀のロザリオをなびかせ、
肉体から放たれる殺気と冷気が、
彼の前に二重三重に連なる帝国兵たちを射すくめ、足止めさせる。
「どうした? 今になって怖気づいたか。
だがもう遅い……我等、教会軍が神に代わって……貴様等の
腐りきった肉体、精神に神罰の鉄槌を打ち込んでくれよう。
精々、生前の悪行を悔いて地獄へ逝くがよい……」
チェンバレン総長が信仰心厚い清廉な信徒であったことは事実である。だがその信仰、忠誠の対象はあくまでサーラ教会に対してのみであり、砕けて言うなら彼は教会の戒律、教えにあまりにも従順であった、妄信しすぎるきらいがあった。
彼にとってサーラ教とは神聖不可侵の絶対的な存在であり、それを汚そうとする者は彼にとって許しがたい存在であった。だからチェンバレン総長にとって異教徒。帝国主義者、共和主義者といった類の人種は、排除すべき存在でしかなかった。
そして彼の最大の弾圧、憎悪の対象は、今、彼の目の前に立ちはだかっている帝国軍であった。チェンバレン流に言えば、「征伐」の機会が巡ってきたのである。その場に居合わせたことに感銘、感激しながらも、冷静に、冷徹に自らの役割を果たそうとしていた。
チェンバレンは私利私欲の為に動く男ではなかった。
信徒であれば身分に関係なく分け隔てなく付き合う男でもあった。
だが彼が敵と見なす存在として相対した時は、
その態度と仕打ちは極めて冷淡かつ冷酷であった。
それは教会への忠誠、信仰の証明も証とも受けて取れたが、
敵対者にとっては悪魔のごとき存在でしかなかった。
チェンバレンの放つ眼光に圧され、帝国兵はじりじりと後退する。
その瞬間、敵が後退するのに倍した速度で突進し、右に左に槍をふるった。
絶叫と血煙が湧きおこり、身を寄せて固まった帝国兵の隊列がくずれかけた。
チェンバレンは、驚き戸惑う帝国兵たちに一人残らず平等なる斬撃と死を与えた。
敵兵を斬り裂き、撃ち倒し、薙ぎ払い、槍術を最大限に生かして地獄へと突き落とす。
だが彼の心はいっさい痛まない。
いやむしろこれらの行為は彼にとっては善行であった。
教会に対して反旗を翻し、あまつさえ侵略を目論む賊軍を征伐しているにすぎない。
これらの行為は賞賛されるべき行動であって、非難される理由など何処にもなかった。
少なくともチェンバレン自身は本気でそう思い信じ込んでいた。
だからこそ性質が悪い、といった批判の声も少なくない。
だがこと戦場においては、
彼の槍術と戦闘技術は同胞にとっては心強い存在であった。
次々と帝国兵を斬り倒していくチェンバレンの姿を目の当たりにして他の連合軍の兵士達も
闘志と競争意識を刺激された模様で、彼の後に続かんといっせいに雪崩れ込んだ。
チェンバレンという異端者の前に圧倒されていた帝国軍も、
防衛本能から即座に応戦するも、
最早、その表情からは開戦当初の勢いはなく、
狩人に追い詰められた哀れな獲物と化していた。
そして戦乙女リーファもスピードに満ちた斬撃を金色の髪を
翻して、繰り出していた。連合軍の精鋭部隊に挟撃された帝国軍は、
勢いづいた敵の猛攻に耐えるだけの覇気と闘志は、
その肉体と精神から完全に失われていた。
そして両者の戦いは八時間に及んだ。
すると西部の森を超えてきたジュリアス将軍の部隊も戦いに加わった。
弓や銃、魔法銃、魔法攻撃で帝国軍の死角から攻撃を続ける。
敵の総司令官ラングはここでレイ将軍の部隊を後退させて、
それと同時に大量に召喚したゴーレム部隊を前線を押し出した。
だが連合軍は無理にゴーレムと戦おうとはせず、
自分達もゴーレムを召喚して、ゴーレム同士で戦わせた。
その間に連合軍の部隊も後退して、
街道沿いの平原地帯に野営陣を敷いた。
初日の戦いに関しては、連合軍の圧倒的勝利と言えただろう。
「まずまずの戦果だワン……」
総司令官たるシャーバット公子は満足毛にそう呟いた。
犬族の指揮官の口元に会心の微笑が浮かぶ。
「とりあえず上々の出来というべきだワン
副官、君もそう思わないかね?」
「見事な攻勢でした、感嘆の念を禁じえません。
ですが戦いはまだ序盤、無断しない方が良いです」
「それもそうだな、油断は禁物だワン」
シャーバット公子は口にこそ出さなかったものもこの時点で勝利を確信していた。
だが全てが彼の思惑通りに運ぶ道理もまたなかった。
これまで王都の中で戦局を見守っていたラング将軍がようやく重い腰を上げた。
ラングは自慢の顎髭に指を絡ませながら、一言こう告げた。
「今のうちにレイ将軍とタファレル将軍の部隊を王都の中まで後退させよ。
後の事はこの私に任せろ! 次なる戦場は王都の南門前の大橋だぁっ!
あそこを何としても死守するぞぉっ!!」
そしてラングは数十名の部下だけ引き連れて、
王都の南門前の大橋へと向かった。
この大橋を奪うか、護るかでこの決戦の行方も変わる。
この大橋での戦いは、
王都の戦いの鍵を握る大事な一戦になろうとしていた。
そして苛烈かつ凄惨な戦いがこの大橋で繰り広げられるのであった。
次回の更新は2023年5月14日(日)の予定です。
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