第六十三話 王都エルシャイン(後編)
---主人公視点---
「それでは皆さん、手元にある王都周辺の見取り図に眼を通して欲しいワン。
王都エルシャインは城壁の麓にリリアール川という川が流れており、
城壁に繋がっている大橋が架かってるだワン。
そして城塞への出入り口は城壁の正面にある正門だけのみ。
よって大橋を確保をして、正門をいかに突破するかが重要だワン」
そうね。
城攻めの基本は橋を確保する事が重要だわ。
だからシャーバット公子の云う事は間違ってはいないわ。
でもそれは帝国側も理解しているでしょう。
なので正門は当然として、大橋も全力で死守してくるでしょう。
「でも正面から攻め込むのは厳しくありませんか?
こういう城塞都市は得てして、
城壁のいたるところに矢狭間があるでしょうし、
正面突破は正直難しいと思います」
チェンバレン総長が控え目に意見を述べた。
矢狭間とは攻めてくる敵を壁の内側から矢で、
狙い撃ちするために開けられた小窓の事を指すわ。
他にも投石機とかヴァリスタもありそうだし、
正面突破は想像以上に難しいでしょうね。
「敵の立場からすれば、
この王都の防衛戦は今後の戦いを左右する事になるでしょう。
となれば敵としては、長期籠城戦を挑んで来る可能性が高いでしょう」
「それは充分に考えられますよね。
敵としては、この王都を落とされたら、
ファーランドの大きな防衛拠点を失う事になります。
だから防御に徹した長期籠城戦を挑んでくる可能性は高いと思います」
チェンバレン総長の言葉にジュリアス将軍も同意する。
これに関しては私も同意見だわ。
帝国としてもこの王都攻略戦の結果如何で今後の戦局が大きく変わる。
故に帝国としてもどんな手を用いても、王都を死守したいでしょうね。
となると長期戦を視野に入れたら連合軍が不利となるわね。
連合軍は行動線が少し延びきった状態だし、
補給部隊との補給線を絶たれたら、全軍が一気に瓦解する危険性もある。
これは決して大袈裟な表現ではないわ。
「その辺は私も考慮しているだワン。
なので補給ラインには、防衛部隊をしっかり配置するつもりだ。
こちらの補給経路はビルザイムとドラクマ。
各拠点に数千の部隊を配置していれば、補給線も確保できるワン
だけどこちらが敵の籠城戦に付き合う必要はない。
だからこちらも大攻勢をかけて、
籠城戦になる前に王都を攻め落とすだワン」
まあ司令官の立場ならそう言うでしょうね。
でも実際に前線で戦うのは、私達兵士だわ。
だから上層部の無理な作戦で、
むざむざ犬死するのは御免被りたいわ。
でもシャーバット公子もその辺のところはちゃんと考えていたようね。
「まずは正面突破に関しては、
敵がゴーレムなどを召喚する可能性が高い。
だからこちらもウォーロックや魔導師にゴーレムを大量に召喚させるワン。
そして魔力を保ちながら、敵のゴーレムなどの部隊と交戦させる。
それから前衛に戦士や騎士などの防御役を配置して、
中衛に魔法部隊、それと大砲を引く工作兵を配置するだワン」
成程、公子殿下もその辺は考えてるのね。
確かにゴーレム相手に人員を割く必要はないわ。
だからこちらもゴーレムを召喚して、最前線で戦わせる。
……まずまずの手ね。
「ゴーレムが前線で戦っている間に、防御役に護られながら、
魔法部隊が前線に出て一斉に魔法攻撃するだワン。
ここは魔力の消耗を惜しまないで、徹底的に攻めて欲しい。
そして敵が怯んだ所で、大砲で城壁を狙い撃つだワン。
城壁は当然耐魔性が高い石材や煉瓦で作られていると思うが、
大砲による物理攻撃は効くだワン。
恐らく敵の魔導師が大規模な耐魔結界や障壁を
張ってくるだろうけど、そこは耐え忍んでこちらも大攻勢を仕掛けるだワン」
「成程、理に適った戦術ですね」
「うん、確かにこれなら長期籠城戦は避けられそうニャン」
ジュリアス将軍がそう云うと、ニャールマン司令官も相槌を打った。
私自身も公子殿下の作戦に少し感心したわ。
この公子殿下、意外と全体的な視野を持ち合わせてるようね。
すると周囲の首脳部も満足そうに「うむ」と頷いていた。
どうやら大まかな作戦は決まったようね。
まあ実際の戦闘となると、作戦通りには行かないものだけど、
最低限の目処はついたわ。
まあ後の事は出たとこ勝負という事で感じでやるしかないわ。
などと思っていたら、
シャーバット公子殿下が真面目な表情で一つの指示を下した。
「ちなみにこの王都決戦では、
敵――帝国軍も王都の住人である一般市民も戦線に投じてくる
可能性が高い。とはいえ戦いとなれば一般市民といえど立派な敵だ。
だがこの王都攻略が成功した暁には、
王都の一般市民に対して、暴行行為、
略奪行為を行う事は司令官として固く禁じるワン」
シャーバット公子殿下はやや強い口調でそう言った。
確かにその辺を考慮する必要はあるわ。
王都の住人の中は、女子供、老人も居るでしょう。
だから公子殿下は、その辺を含めて暴行、略奪行為を禁止する、
と言ってるのでしょうね。
「自分もその案に賛成します。
相手は敵と云えど、女子供にはそれ相応の対応すべきと思います」
チェンバレン総長が右手を上げながら、そう云った。
「自分も同じく賛成します。
この辺の事は各部隊にしっかり伝えるべきでしょう」
「ボクも賛成だニャン!
一般市民は大切にするべきと思うなあ~」
と、ジュリアス将軍とニャールマン司令官も同意する。
すると周囲の者も「同じ賛成します」と公子殿下の方針を支持した。
こうして王都決戦の方針は固まった。
そして夜が明けた9月4日の早朝。
王都エルシャインの南部方面の平原地帯に連合軍の大軍が現れた。
それと同時に王都内の帝国軍も直ぐさま戦闘準備に入った。
後に「エルシャインの大攻防戦」と呼ばれる戦いが今、始まろうとしていた。
次回の更新は2023年5月7日(日)の予定です。
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