第六十二話 王都エルシャイン(前編)
---三人称視点---
ファーランド王国の王都エルシャイン。
王都エルシャインはファーランド領の中央部にあった。
王都エルシャインは全体的に薄暗い。
黒やグレーやくすんだ赤、青といった色合いの建物が多い。
そして王都エルシャインは、
街全体を高くて厚い二層の城壁で囲まれている。
城壁は高さ十七メーレル(約十七メートル)に及ぶ。
街の構造は下層、上層と二ブロックに分かれており、
それぞれが階段状となっている。
下層には城下町。
上層には王城エルシャインと周囲を見渡せられる大きな塔があった。
街の構造的に城塞都市というべきであろう。
外敵から王都と王都の住民を守るため、
周囲に城壁や堀などが張り巡らされていた。
王都の入り口は南門の一ヶ所だけなので、
ここを制圧するか、どうかで戦いの勝敗が分かれる。
「この王都エルシャインは城塞都市だ。
更には王都の入り口は南門のみ。
故にこの南門さえ護れば、こちらは籠城戦を挑む事が可能だ」
王城エルシャインの二階の作戦会議室で、
総司令官ラング、タファレル将軍、レイ将軍。
それと軍師や副官を交えて、意見を交わし合う。
「確かにこの王都は城壁及び堀によって、
護られてますが、王都の人口は七万人を超えます。
更には我が軍の兵士が総勢三万人程居ます。
市民と兵を合わせれば、その数は十万を超えます。
そうなると長期戦、籠城戦をするのは厳しくありませんか?」
そう言ったのはミカエル・レイ将軍だ。
彼の指摘はある意味正しかった。
王都は堅牢な城塞都市であるが、
入り口が南門しかない為、
このように敵に攻め込まれた場合は、
味方の増援や救援物資の運搬もままならい状況だ。
尤もラングもそんな事は百も承知だ。
そしてラングは落ち着いた声音でレイ将軍を諭す。
「貴公の言う事は尤もだ。
だから私も何ヶ月も籠城戦を行うつもりはない」
「ではどれぐらいの期間で行うつもりですか?」
と、タファレル総軍。
「そうだな、一ヶ月と言いたいところだが
それも厳しいであろう。 だから二、三週間を目処にする」
「二、三週間ですか。 それならば可能でしょうね。
ですが籠城戦を仕掛けてたら、こちらの勝機はなくなるでしょう。
ラング将軍はその辺りについて、どのようにお考えですか?」
ラングはタファレル将軍の指摘に対して「ううむ」と唸った。
そしてやや表情を強張らせながら、次のように告げた。
「恐らくこちらが正攻法で戦いを挑んでも
勝機は薄いだろう。 これまでの戦いを観ても
我が軍は押され気味だ、兎に角、敵の魔法攻撃が強力だ」
「……確かに、敵には噂の戦乙女が居るようですね」
と、レイ将軍。
すると周囲の者達の表情が険しくなる。
そう、兎に角、今回の連合軍の魔法攻撃があまりにも強力なのだ。
だから守備的戦術や魔法で対抗策を講じても、
力業でねじ伏せ続けられてきた。
その事を苦々しく思い、表情も自然と厳しいものとなる。
「ベルナドット将軍とネイラール将軍も
戦乙女に討ち取られたとの噂がありますな」
ラングの副官スパイアーがそう言った、
「嗚呼、だがその事なら心配は要らぬ。
状況が整い次第、この俺が戦乙女の相手を務める!!」
ラングは力強くそう告げた。
「……ラング将軍なら勝てるかもしれませんね」
タファレル将軍の言葉にラングも「嗚呼」と頷く。
「俺は司令官としては、シュバルツ元帥には及ばないが
一兵力としてならば、元帥よりも強い自信がある。
だから後顧の憂いを断つべく、この手で戦乙女を倒す!」
「了解です、ですがラング将軍ばかりに任せる訳にはいきませぬ。
私とレイ将軍も共に戦いますよ!」
タファレルが力強い声でそう言う。
するとラングも微笑を浮かべて――
「最悪戦死する可能性もあるぞ?
だが貴公等も帝国の将軍、故にこのような心配は無用だな」
「「ええ」」
「ならば貴公等の力も貸してもらうぞ。
敵が王都に到達する前に貴公等、両名の部隊を持って、
連合軍の進軍を食い止めてくれっ!」
「「はいっ!!」」
こうして帝国軍側の決意は固まった。
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一方その頃、連合軍の首脳部は都市ドラグマの接収したドラグマ城の
二階の作戦会議室に集結して、今後の方針について語っていた。
会議の参加者はシャーバット公子、チェンバレン総長。
そしてニャールマン司令官、ジュリアス将軍。
更にはリーファや軍師や副官を交えて、議論を交わす。
とりあえずビルザイムに守備隊2000人。
このドラグマにも5000人の守備隊を配置。
残った三万強の部隊で王都エルシャインを攻める事となった。
「残った三万強の部隊。
これをどう配置するかが重要だワン。
だから皆の意見も聞かせて欲しいワン」
シャーバット公子がそう言うなり、
この場に居る者達は先程、
工作兵に手渡された王都周辺の地図に視線を向ける。
このドラクマから北上すると街道沿いの平原地帯があり、
その西部に中規模の森があるという地形だ。
定石で行けば街道沿いの平原地帯から攻め込むべきだが、
森を越えて、側面から敵を奇襲するという戦法も悪くない。
「やはり基本方針としては、
街道沿いの平原地帯に兵力を集中すべきですね。
ここに本陣である第一軍と第二軍を置いて、北上して王都へ攻め込むべきでしょう」
「確かに、しかしそれは敵も承知の上でしょう。
なので敵が何らかの妨害工作を講じる可能性が高いですね」
チェンバレン総長の意見に対して、
慎重論を唱えるジュリアス将軍。
「……例えばどんな妨害工作が考えられますかな?」
チェンバレン総長がジュリアス将軍に視線を向ける。
するとジュリアス将軍は右手で顎を触りながら――
「平原地帯に落とし穴を設置。
あるいは魔法で大地震を起こす。
または我々の進軍先に何らかの障害物を置く、という事も考えられます」
「……確かにその可能性はありますな」
チェンバレン総長が納得した表情で小さく頷いた。
「まあ敵からすれば、ファーランド領はあくまで帝国の属国。
だから最悪ファーランドを捨て石にして、
我々を消耗、精神的ダメージを与えるという戦術を使う可能性は高いニャン」
と、司令官ニャールマン。
「皆の意見は尤もだワン。
ならば本隊と第一軍の後方に障害物を除去する工作兵や
魔導師達を配置しよう。 どのみち王都にたどり着くまでに
攻城兵器を運搬する必要があるワン!」
「うむ、状況に応じて臨機応変に動くべきでしょう」
「自分もチェンバレン総長の意見に賛成です」
「ボクも賛成ニャン!」
ジュリアス将軍と司令官ニャールマンが相槌を打つ。
するとシャーバット公子は満足そうに「うむ」と頷いた。
「だがそれとは別に西部の森にも兵力を割きたいと思う。
まあ数は三千人ぐらいでいいだろうワン。
森を進むなら、ヒューマンよりエルフ、そして獣人に任せるべきだワン
ジュリアス将軍には、この森の侵攻部隊の指揮を執って欲しいワン」
「……いいでしょう、私が指揮を執りましょう」
「うむ、任せたよ。 ジュリアス将軍」
「公子殿下、肝心の本隊の陣営はどうしますか?」
チワワの副官エーデルバインがそう言う。
するとシャーバット公子は視線を周囲の者に向けた。
そしてゆっくりとした口調で各部隊の配置を告げる。
「まず本隊はこの私が総指揮官を務めたいと思う。
この本隊を第一軍、そしてその本隊の西側に
チェンバレン総長が率いる第二軍を配置したいと思う。
兵力は第一軍、第二軍共に一万五千の兵を!
ニャールマン司令官には第一軍で私の補佐をして頂きたい」
「了解だニャン」
次々と部隊の陣容が決まる。
だがそんな中でリーファとその盟友の名は呼ばれなかった。
そこでリーファは控えめに右手を上げて、
シャーバット公子にその件について問うた。
「すみません、私とその仲間の名が呼ばれてませんが……」
「嗚呼、その事なら心配ないだワン。
リーファ殿とその盟友には今まで通り、
第一軍と第二軍を行き交ってもらい、
その高い攻撃魔法力で敵戦力を削って欲しい」
「成る程、了解しました」
「但し……」
「……但し何でしょうか?」
と、リーファ。
するとシャーバット公子が表情を引き締めて――
「捕らえた捕虜の話によると、
このファーランドの戦いの帝国の総司令官はラング将軍らしい。
ラング将軍は単純な戦闘力では、帝国最強と呼ばれる豪将だ。
だから状況次第では、リーファ殿にラングと戦ってもらうかもしれん」
「……了解しました」
相手が誰だろうが構わない。
そう思いながらリーファは静かな声で返事する。
するとシャーバット公子も満足気に微笑を浮かべた。
「では問題はどうやって王都を攻める、その戦術を考えるだニャン!」
公子がそう云うと周囲の者達も真剣な表情になった。
そうここまでの話し合いはあくまで各陣営についての議論であった。
次なる議題はどのような戦術を持って、
王都エルシャンを、城塞都市を攻めるか。
その事について語る必要がある。
そして周囲の緊張感は自然と高まり、
王都攻略に関する会議が始まろうとしていた。
次回の更新は2023年5月6日(土)の予定です。
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