第六十一話 兵は神速を貴ぶ
---三人称視点---
聖歴1755年8月22日。
ファルス丘陵地帯を制圧した連合軍のファーランド侵攻部隊は、
勢いに乗ったまま都市ビルザイムへ侵攻。
連合軍は部隊を丘陵地帯の戦いと同様に二手に分けて、
真正面から都市ビルザイムに駐留する帝国軍に戦いを挑んだ。
対する帝国軍の総司令官ラング将軍は、
タファレル将軍、ミカエル・レイ将軍の両将軍に
都市の防衛を任せたが、連合軍の怒濤の攻撃の前に防戦一方となった。
連合軍の戦術は至って単純であった。
先の戦い同様に戦乙女とその盟友による
高火力の魔法攻撃で攻め立て、敵兵を次々と蹴散らしていく。
そして彼女等が疲労したら、
教会騎士団のチェンバレン総長率いる教会騎士団。
また司令官ニャールマン率いる猫族部隊。
ジュリアス将軍率いる兎人部隊。
犬族のシェパード、ドーベルマン部隊等が
巧妙に連携を取って、都市ビルザイムの中で戦い続けた。
この時点で戦いの流れは連合軍に完全に傾いていた。
それを王都エルシャンで見守る敵将ラングは冷静に戦局を読んだ。
――正直、連合軍は想像していた以上に強い。
――このままだと敵がエルシャンに来るのも時間の問題だ。
――味方の援軍は期待出来ない状況だ。
――となれば俺のやる事は一日でも長く敵の侵攻を食い止める事。
――また先の戦いを考えたら、余計な兵を減らす訳にはいかぬ。
――ならばタファレルとレイにも無理はさせれぬな。
「伝令兵っ!」
「御意」
「前線のタファレル将軍とレイ将軍に伝えよ!
都市の防衛にこだわるな、状況によっては撤退しても構わぬ。
但し敵の進軍を一日でも良いから食い止めろ!
そして敵がこの王都エルシャンに来たら、
私自身が先陣に立って、敵を迎え撃つ、そう伝えよ!」
「ははっ!」
そう言って伝令兵はこの場から去った。
残されたのはラングと副官のスパイアーの二人。
そしてヒューマンの中年男性スパイアーがラングに上申する。
「閣下、今後どうなされるおつもりですか?」
「そうだな、とりあえずファーランドの王族を本国に
逃亡させる為に、転移魔法陣を設置しておけ!」
「……分かりました」
「状況次第ではタファレルとレイも逃がせ。
陛下からお預かりした兵や将軍も無為に減らす訳にはいかぬ」
「……閣下はどうするおつもりですか?」
するとラングはスパイアーの方に視線を向けた。
予想に反してラングは落ち着いていた。
そして何処か達観した表情で次のように意見を述べる。
「俺は限界までこの王都に残るつもりだ。
そして状況次第では俺が前線に立って
敵の侵攻を食い止めるつもりだ」
「……閣下、それは無茶です」
副官の言葉にラングが「ふっ」と微笑を浮かべる。
「だが俺はこのファーランド防衛部隊の指揮官だ。
だから最後の最後まで俺は戦い続ける。
それに……」
「それに? 何でしょうか?」
「噂の戦乙女と戦ってみたい」
「……それは危険では?
ベルナドット将軍とネイラール将軍も戦死なされてます」
「分かっている、だが自分で言うのはアレだが、
俺は単純な戦闘力では自分を帝国最強だと思っている。
単純な戦闘ではシュバルツ元帥にも負ける気はしない」
「……そうかもしれませんね」
「嗚呼、とはいえ俺も自分の命が惜しい。
だから俺がもし戦乙女に敗れたら、
転移石で王城まで帰還する。
その後は我が『帝国鉄騎兵団』に
最終防衛を任せて、俺は主立った者を引き連れて、
転移魔法陣で本国へ戻るつもりだ」
「成る程、それならば私も閣下のご意向に従います」
副官の言葉にラングも「ああ」と頷く。
そして表情を引き締めて、決意を固めるべく言葉を紡いだ。
「無論、これは最悪の事態を想定した時の話だ。
俺も帝国軍に名を馳せた将軍の一人。
連合軍如きに、小娘如きに負けるつもりはない」
こうして決意を固めるラング将軍。
そして彼の予想通り連合軍の猛攻の前に帝国軍は苦戦を強いられた。
帝国軍も街中に大砲を置いて、砲撃を繰り返したが
戦乙女とその盟友の高火力の魔法攻撃に
よって砲兵隊ごと大砲が吹っ飛ばされる。
また犬族のシェパード部隊が
その嗅覚によって隠れた敵兵を見つけ出して、
三種族の獣人の弓兵、銃士が
その小柄な身体で街の至る所に隠れて、
敵の死角を突いて、弓矢や銃弾で帝国兵を狙い撃つ。
その後、十三時間に及ぶ戦闘の末に
タファレル将軍とレイ将軍は街の北口から撤退を開始。
だが連合軍は撤退した敵兵を無理に追う事はなく、
残敵掃討を行い、都市ビルザイムの制圧に成功。
この際に司令官シャーバット公子は、
都市ビルザイムの市民に対する暴力行為。
あるいは略奪行為の禁止を全軍に伝達した。
だがそれでも一部のヒューマンの冒険者と傭兵部隊の者が
市民への暴行、婦女子への乱暴、略奪行為を働いた。
これにはシャーバット公子も激怒した。
翌日の8月23日。
シャーバット公子は、違反行為を起こした者を街の中央広場に
集めて、ビルザイムの住人が見守る中、鞭による百叩きの刑を執行。
更には違反行為を犯した者を軍から除籍。
そしてビルザイムにある地下牢獄に投獄して、
その後の処置をビルザイムの住人達に任せた。
これによって連合軍はビルザイムの住人の信頼を勝ち取った。
そしてシャーバット公子は全軍に三日間の休養を与えた。
その際にも補給物資の確保、補給線の維持。
また傷病兵を回復役の魔法で回復及び治療。
更には次の侵攻先である都市ドラグマの侵攻ルートを
各部隊の指揮官を交えて、議論を交わした。
このビルザイムからドラグマまでの距離は比較的に近く
ヒムロス平原を越えた先にドラグマがあった為に、
シャーバット公子は特に絡め手を使う事もなく、
全軍を北上させて都市ドラグマを攻める事を決定した。
そして迎えた8月27日。
連合軍は北上して都市ドラグマを目指した。
対する帝国軍はヒムロス平原で連合軍を迎え撃った。
ここで敵を食い止めないと後がない。
タファレル将軍とレイ将軍は任された兵達に――
「何としてもこのヒムロス平原で敵を食い止めるぞ!」
と、高らかに宣言したが、
それに対する帝国兵の反応はイマイチであった。
一方の連合軍は勝利を重ねた事によって士気が高まっていた。
そしてその士気の差が両軍の戦いに大きな影響を及ばした。
連合軍はいつものように戦乙女とその盟友を
軸として、高火力の魔法攻撃で帝国軍を攻め立てた。
そして彼女等が疲弊したら、
チェンバレン総長率いる教会騎士団や冒険者及び傭兵部隊が
前線に出て、兵力にものをいわせた白兵戦を展開。
犬族、猫族、兎人の獣人部隊は、
戦況に応じて、支援役、あるいは魔法で攻撃及び回復に回った。
いかのような戦術を繰り返して、五日間に及ぶ戦闘が繰り広げられた。
その結果、9月1日の正午過ぎ。
連合軍は再び勝利を収めて、
帝国軍は王都エルシャンまで撤退した。
こうして連合軍はビルザイムに続いてドラグマの制圧も完了。
王都エルシャインを攻める橋頭堡の確保に成功。
だがビルザイムとドラグマの戦闘で、
7000人以上の戦死者を出して、総兵力が四万人を切っていた。
一方の帝国軍も一万人以上の戦死者を出して、
その兵力が三万弱まで減少していた。
この時点では連合軍が有利ではあったが、
帝国軍も王都エルシャインに籠もり、
長期戦を視野に入れた戦いの準備を整えていた。
王都エルシャインでの戦い。
この戦いに勝つか、
負けるかで連合軍と帝国軍の今後の命運が大きく分かれようとしていた。
次回の更新は2023年5月5日(金)の予定です。
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