第六十話 精神一到(後編)
---三人称視点---
周囲の見物人が見守るなか、
アストロスとカルミナーはゆっくりと間合いを詰める。
そうした中、アストロスはこの場をどう戦うべきか冷静に考えていた。
単純な力勝負では自分に勝ち目はない。
相手は『帝国鉄騎兵団』の副隊長。
潜ってきた修羅場は向こうの方が上であろう。
だが戦いはやってみないと分からない部分がある。
そしてアストロスが相手を上回っている部分は確かに存在した。
アストロスの職業は魔法剣士。
接近戦は出来るが、メイン火力になれる程の力はない。
魔法剣士の主な役割は、各種エンチャントを使って
味方に属性攻撃を使えるようにしたりする。
あるいは自身の属性を強化。
または標的の属性を変化させる。
そして属性を破壊して抵抗値や対魔力を下げる。
更には魔法剣を使い、様々な属性を操る。
といった支援型の中衛職である。
故にこういった一騎打ちに向いてはいない。
だが戦術次第では格上相手でも戦う事は出来る。
まずは属性強化で全属性を強化。
そこから守護聖獣を召喚。
そして魔法剣を発動させる。
魔法剣を発動させたら、
手にした武器に各種の属性を纏う事が可能となる。
属性の変化には十秒ほどかかるが、
上手く使いこなせば、一人で単独連携を起こす事も可能だ。
そしてそこから相手の属性を破壊。
抵抗値や対魔力を低下させた状態で
魔法剣、あるいは魔法攻撃で一気に勝負を決める。
という戦術を上手く使いこなせば、
アストロスにも充分勝機がある。
――だが相手は格上。
――それ故に一手も間違える訳にはいかない。
アストロスはそう胸に刻み込んで、自身の守護聖獣を召喚する。
「我が守護聖獣ブルーフよ。
我の元に顕現せよっ!!」
アストロスが早口でそう言うなり、
彼の足元に魔法陣が現れて、眩い光を放った。
白、赤、青、黄色、緑と魔法陣の色が次々と変わり、強い魔力が生じる。
「ウオオオォァッ!」
すると魔法陣の中から体長五十セレチ(約五十センチ)くらいの青い狼が現れた。勿論、只の狼ではない。 アストロスの守護聖獣である青い狼のブルーフだ。
「ほう、それが貴様の守護聖獣か。
ならばオレも守護聖獣を召喚させてもらう!
我が守護聖獣ベアードよ。
我の元に顕現せよっ!!」
カルミナーがそう叫ぶなり、先程同様、彼の足元に魔法陣が突如現れた。
そしてチカチカと魔法陣が明滅しながら、激しく光った。
「ガアオオンッ!」
すると今度は魔法陣の中から体長六十セレチ(約六十センチ)くらいの赤い熊が現れた。
これがカルミナーの守護聖獣である熊のベアードだ。
熊にしては、かなり小さいが、全身から雄々しき闘気を発していた。
「ふんっ! 一気に勝負を決めてやるわ!
行くぞ! 『ソウル・リンク』ッ!!」
「了解、リンク・スタートォッ!!」
そしてカルミナーとベアードの魔力が混ざり合い、
カルミナーの能力値と魔力が急激に跳ね上がる。
するとアストロスも同様に『ソウル・リンク』を発動させた。
「ブルーフ、行くぞ! 『ソウル・リンク』ッ!!」
「了解だぁっ! リンク・スタートォッ!!」
これによってアストロスと青い狼の魔力も混ざり合う。
そしてアストロスの能力値と魔力も急激に跳ね上がった。
これで条件は互角。
後は己の頭脳と技量を生かした戦いとなる。
「我は汝、汝は我。 我が名はアストロス。
女神サーラよ! 我に女神の加護を与えたまえ! 属性強化!!」
アストロスがそう呪文を唱えると、彼の身体が白光に包まれた。
それによって彼の属性が限界まで強化された。
そしてアストロスは腰を落として、
両手で持った白銀の長剣を構えて――
「――魔法剣っ!」
と叫ぶなり、手にした長剣が炎で覆われた。
魔法剣士の得意技の魔法剣である。
だがカルミナーは動揺する事なく、口の端を持ち上げた。
「色々小技を使うつもりのようだが、
初戦は小手先の戦術に過ぎぬ。
だからオレは真っ向勝負で貴様を叩き潰すっ!」
カルミナーはそう叫んで、全力で地を蹴った。
互いの距離が狭まった所で、
獲物の狙う蛇のように大口をあけて突貫して、豪快に戦斧を振る。
戦斧と白銀の長剣が激突し、火花が飛び散る。
力に満ちた斬撃を繰り返すも、
パワーで圧倒される若き魔法剣士。
身長178、体重65キール(約65キロ)のアストロスに対して
相手はゆうに身長190、体重90キールは越えてそうな恵体。
単純な体格差からすれば、アストロスが力負けするのも当然。
だがこの若き魔法剣士は、戦い方を心得ていた。
表面上は、あまり感情は表さなかったが、
どちらかというとアストロスも好戦的であったが、
勝ちに執着して大局を見失うような真似は一切しなかった。
アストロスが持つ剣士としての信条をあえてあげるとすれるならば、
確実に勝利を収め任務を完全かつ完璧に遂行する……といったものである。
だからこの場でも分の悪い力比べをすることもなく、
あくまで自分の戦闘スタイルを貫いた。
そんな相手に痺れを切らしたのか、
目の前の巨漢の帝国兵は、露骨な挑発をする。
「ああッ……さっきまでの威勢はどうしたんだァ?
自分より強い相手には怖くて向かって来れないのか?
所詮はその程度の器かぁっ!」
だが逆に男の方が、アストロスが次に口した言葉に激情した。
「俺としても貴様のような野蛮人に気にいられたくもないがな……」
「てめえッ……ぶっ殺してやるッ!!」
カルミナーは、アストロス目掛けて突進して、
脳天目掛けて戦斧を振り下ろす。
軽快な足さばきで躱すアストロスだが、
相手も力任せの強引な攻めを続ける。
一見して無秩序な攻撃だが、空を切る風圧だけで、
アストロスの黒髪がなびく。
まともに食らえば一撃で戦闘不能になるのは明らかだが、
若き魔法剣士は冷静だった。
銀色の光を放つ戦斧と白銀の長剣が激しく交錯する。
体力を消耗していたが相手も歴戦の猛者、果敢に防戦するが
アストロスの放つ怒涛の打ち込みは苛烈を極めていた。
相手の帝国兵も必死に打ち返していくが、
そのスピードは休まることなく加速していく。
速く、速く、そして鋭い剣筋が容赦なく襲い掛かる。
打ち返すどころか、受け止めるだけで精一杯なカルミナーは後退するしかなかった。
「な、舐めんじゃねえぞォォォォォォッ!!」
巨漢の帝国兵は、雄叫びをあげ捨て身の玉砕戦法に出てきた。
アストロスはこの瞬間を待っていた、
と言わんばかりに軽く後方に跳躍して、
地面に両足をつけると左腕を前に突き出して叫んだ。
「我は汝、汝は我。 我が名はアストロス。
女神サーラよ! 我に力を与えたまえ! 属性破壊!!」
そう呪文を紡ぐなり、アストロスの左手の平から魔力の波動が放出された。
これが命中すればカルミナーの属性が破壊されて、
抵抗値や対魔力が大きく下がる。
不意を突かれて、反応が遅れるカルミナー。
だが彼も手にした戦斧を振るって、魔力の波動を戦斧で受け止めた。
「ふん、直撃を喰らう程、間抜けでは……ん!?」
だが眼前の若き魔法剣士は微笑を浮かべていた。
そして再び左腕を前へ突き出して砲声する。
「――シューティング・ブリザードッ!!」
短縮詠唱。
更には速度は最速、但し攻撃範囲は最小限。
その条件で放たれた凍てつくような大冷気がカルミナーの戦斧に命中。
それと同時にアストロスが再び叫んだ。
「チェンジ・オブ・フォースッ!
フォース・オブ・ウインドッ!」
ここでアストロスは魔法剣の属性をチェンジする。
長剣に覆われた炎が綺麗に消えた。
それと同時にアストロスは身を低くして前方に飛び込む。
予想外の動きにカルミナーも僅かに慌てふためいた。
そしてそれが結果的に命取りとなった。
アストロスが射程圏内に入った時には、
彼の長剣は風属性の闘気に覆われていた。
「――ヴォーパル・ドライバーッ!!」
そしてアストロスは、
カルミナーの持つ凍結した戦斧に渾身の突きを繰り出した。
そこで魔力反応『分解』が発生して、
凍結していた戦斧に放射状に皹が入り、硝子のように粉々に砕け散った。
「!?」
そう、アストロスの狙いは最初から敵の武器を破壊する事にあった。
人間相手には耐魔力や抵抗値があるので、
魔力反応『分解』を発生させる事はかなり難しい。
だが武器は無機物。
更には属性を破壊された武器ならば、
魔力反応『分解』を起こす事はそう難しい事ではない。
一瞬にして丸腰になるカルミナー。
だが彼も栄誉ある『帝国鉄騎兵団』の副隊長。
それ故にこのような状況下でも戦意を失う事はなかった。
「ぬおおおぉっ……ショルダー・タックルッ!!」
そしてカルミナーは助走をつけて、
肩を突き出してアストロス目掛けて突貫する。
だがアストロスは――
「――フライッ!」
飛行魔法『フライ』を発動して、
三メーレル程(約三メートル)ほど、空中に浮遊する。
そして空中で身体を回転させながら、両足で地面に着地。
これによってアストロスはカルミナーの背後を取った。
「――ピアシング・ドライバーッ!!」
放ったのは初級の剣技。
だが熟練度の高さも相まって、
アストロスの放った渾身の突きは、
眼前の男のうなじを綺麗に打ち抜いた。
「げ、げ……げはぁぁぁっああぁっ!!」
声にならない声を上げるカルミナー。
完全に不意を突かれて、綺麗に急所を打ち抜かれた。
カルミナーは口を開閉しながら、前のめりに地面に倒れた。
そして数秒ほど、身体を痙攣させたがしばらくすると動かなくなった。
この凄まじい光景には、流石に歴戦の猛者である帝国兵達も圧倒された。
にもかかわらず当事者であるアストロスは、
表情一つ変えることなく、手にした白銀の長剣を二、三度振って血を飛ばした。
「今よ、今のうちに敵兵を倒すわよ!」
「了解!」
この好機を逃さんとばかりに二列目から、数名の兵士達が飛び出した。
戦乙女リーファが先陣を切り、
犬族のドーベルマン部隊とシェパード部隊が後に続く。
だが帝国軍もこのままむざむざやられるような相手でもなかった。
勇敢さでは連合軍に負けてなかった、果敢に前へ出て激しく斬りあう。
ハンマーで頭を撃ち砕かれた帝国兵が、敵味方から踏みにじられる。
リーファも先陣を切り、猛然と敵に向かって突進し、
手にした聖剣を存分に振り回した。
同胞の血煙をあびて、ひるまず突貫してくる帝国兵を、
長剣の柄で一撃して横転させる。
そこから薪割りと同じ要領で、
地べたに倒れた帝国兵の頭に長剣を振り下ろし、その頸部を綺麗に切り裂いた。
そこから両軍は白兵戦を幾度となく繰り返したが、
勢いで勝る連合軍が帝国軍の第二軍を力で圧倒した。
その結果、帝国軍の第二軍は後退を余儀なくされて、
丘陵地帯の頂上まで撤退。
更にそこからリーファ達を東進させて、
連合軍の第二軍に合流させた。
そこで防御に回っていた連合軍の第二軍は攻勢に転じた。
リーファやエイシルの高火力の攻撃魔法で敵を攻め立てた。
レイ将軍が率いる帝国軍の第一軍も必死に抗戦したが、
連合軍の第一軍の一部が東進して、加勢した為、
戦いの主導権を奪われて、第二軍同様に丘陵地帯の頂上まで撤退せざるえなかった。
その結果、敵将ラングは苦渋の決断の末、
全軍をファーランド領の都市ビルザイムまで撤退させた。
こうして連合軍は再び勝利を勝ち取る事になった。
だが敵将ラングにも意地があった。
「このままでは終われん!
何としても王都エルシャンだけでも護ってみせるっ!」
そう決意を固めるラング将軍。
対する連合軍はシャーバット公子の指揮の下、丘陵地帯の頂上付近で野営陣を敷いた。
この丘陵地帯における戦いでは連合軍の勝利という結果に終わった、
だが戦死者の数は連合軍が3336人。
帝国軍が5745人という決して少なくない犠牲が強いられた。
しかし今はそんな事を考える余裕などなく、
両軍の兵士達は野営地のテントの中で浅い眠りに就くのであった。
次回の更新は2023年5月4日(木)の予定です。
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