第五十五話 各個撃破(前編)
---三人称視点---
バルラモッタ大森林地帯を抜けると、
そこには広大な平原が延々と広がっていた。
低い茂みが群生する場所や所々に立つ樹木の影に隠れて、
ちょこちょこと動く影が見える。
恐らく獣か、魔物、魔獣の類であろう。
「ここがラルクト平原ね。
随分と広いわね、でも見晴らしがいいから戦いやすそうね」
リーファは周囲の大平原を見渡しながらそう言った。
その言葉に反応したチェンバレン総長が周囲の景色に視線を走らせて、
左手を顎に当てながら、一つの意見を述べた。
「確かにここなら戦いやすいでしょうな。
ですが敵の立場からすれば、何もこんな所で戦う必要はないでしょう。
この大平原を抜けたら、その先にファルス丘陵地帯があります。
私が敵の立場なら、その丘陵地帯で敵を迎え撃ちます」
「……確かにそうですわね。
ならばここは全軍で行進して、
さっさとこの平原を越えるべきでしょうね」
「ええ、そうすべきでしょう。 ですが問題があります」
「チェンバレン総長、それはどんな問題かしら?」
「今回の我が軍の半数は獣人部隊です。
獣人部隊はポニーや大型犬に騎乗してますが、
通常の馬に比べたら、その進行速度は遅く、
その間に敵部隊が丘陵地帯まで後退する可能性が高いです」
チェンバレン総長の言う事は正しかった。
森の戦いでは獣人部隊に利があったが、
こういった平原では、小柄な彼等には様々な制約が課せられる。
「確かにそうなる可能性は高いですわね。
ここは総司令官であるシャーバット公子殿下の意見も聞くべきですわね」
「ええ、早速伝令兵を本陣に向かわせます」
「……了解ですわ」
三十分後。
伝令兵が本陣のシャーバット公子の許に到着。
伝令兵は端的にリーファ達の意見を総司令官に伝えた。
するとシャーバット公子も即座にリーファ達が危惧する
問題の意味を理解して、全軍に向けて指示を出した。
「全軍の獣人部隊はヒューマン、エルフ族の後に続け!
多少遅れても構わん、ヒューマン、エルフ部隊も
獣人部隊との距離を維持しつつ、前進せよ!
そしてリーファ殿とその盟友を中心とした
突撃部隊を編成する。 彼女等を補助すべく、
教会騎士団や各部隊の主力部隊は彼女等と共に
行動して、撤退する敵に目掛けて攻撃を仕掛けろワン!」
この指示自体は正しかったと言える。
左翼、中央、右翼部隊、そして本陣にも多くの獣人が居た為、
その行軍速度が落ちるのは、致し方なかった。
だがその状況下でもある程度は敵に損害を与えておきたい。
そういう意味ではその大役をリーファに任せるのは妥当と言えた。
過去の戦いでもリーファは、単独でも敵にかなりの損害を与えた。
何しろリーファの魔法攻撃力は、能力を使えば、
魔導師の最高職である大賢者にも匹敵する。
とはいえある程度は周囲の支援も必要だ。
なのでシャーバット公子は、
戦士や騎士の防御役。
魔法剣士やレンジャー、吟遊詩人や宮廷詩人などの支援職。
それに加えて魔導師や回復役、
ヒューマンやエルフ族で構成された合計一千人がリーファに同行した。
少数精鋭部隊で敵に損害を与える。
その作戦自体は悪くないが、実行する方は楽ではない。
とはいえリーファ達には拒否権はなかった。
「とりあえず私は魔法攻撃に専念するから、
アストロス、エイシル、ジェインはサポートに徹して頂戴」
「「はい」」「ウン」
「それじゃ行くわよ!」
そしてリーファは白馬、アストロスは青毛、ジェインは栃栗毛のポニー、
エイシルは黒鹿毛、チェンバレン総長は、
黒毛の軍馬に乗って、ラルクト平原を突き進んだ。
一方の帝国軍はチェンバレン総長の読み通り、
全軍をファルス丘陵地帯まで後退させていた。
彼等はヒューマン、ダークエルフ、竜人族という三種族のみで
構成された部隊であった為、全軍の後退も問題なく進んだ。
そしてその殿を副隊長レネオス・カルミナー率いる『帝国鉄騎兵団』が務めた。
『帝国鉄騎兵団』の大半が重装歩兵であった。
リーファの部隊の魔物調教師が調教した鳥系の魔物を
前方に飛ばして、敵部隊の動向を探り、それをリーファに報告する。
「どうやら敵の殿は『帝国鉄騎兵団』が務めているようです。
奴等の大半が重装歩兵の模様。 戦乙女殿、これは好機ですよ」
と、男性エルフ族の魔物調教師がそう告げた。
「そうね、では皆で私の周囲を護ってください。
私は魔法攻撃に専念するので、対魔結界や魔力の補充をお願いします」
リーファの言葉に周囲の者達も「はい」と大声で応じる。
そしてリーファとその盟友の周囲を鎧姿の戦士や騎士。
吟遊詩人や宮廷詩人などの支援職。
重装騎兵、ローブ姿の魔導師や回復役。
軽鎧、ローブ姿の魔法剣士やレンジャーがそれぞれ軍馬に跨がり、囲んでいた。
戦術としては、アスカンテレス王国で行われた内乱の時と同じ戦術である。
単純な戦術だが、
今回のような作戦では、こういった単純な戦術、策の方が成功しやすい。
「それでは支援の方をお願いします」
「了解です、楽器を奏でて、支援するぞ! 『覚醒のセレナーデッ!』 !」
「了解! 『覚醒のセレナーデッ!』 !」
中衛の吟遊詩人や宮廷詩人が手にした楽器を奏でるなり、
周囲の仲間達の身体が眩い光に包まれた。
『覚醒のセレナーデ』は周囲の仲間の魔力と攻撃魔力を上げる歌・楽器スキルだ。
これに加えて、技や能力を使えば、魔力と攻撃魔力が更に上がる。
「我が守護聖獣ランディよ。
我の元に顕現せよっ!!」
そしてリーファは、守護聖獣ランディを召喚する。
「ポン」という音を立てて、
光り輝いたジャガランディの守護聖獣ランディが現れた。
「ランディ、こちらと敵部隊との距離を分析して頂戴!」
「――了解したっ!!」
そう返事するなり、ランディの両眼が光りだし、
その身体も周囲を照らすように輝いた。
「……彼我の距離は900メーレル(約900メートル)くらいだな。
この距離だと攻撃魔法の射程圏外だな」
「……そうね、ちなみに理想的な距離はいくつぐらいかしら?」
「そうだな、700メーレル(約700メートル)ぐらいが一番良いだろう」
「分かったわ、皆さん。 もう少し前へ出ますので、
支援の方を宜しくお願いしますわ」
「はい」「了解です」
そしてリーファは手綱を握って、白馬をゆっくりと歩かせた。
それに合わせて周囲の者達もゆっくりと馬を歩かせる。
「よし、700メーレル(約700メートル)だ。
ここから仕掛けるのが一番効果的だろう」
ランディの言葉にリーファは「ええ」と頷いた。
そして白馬から降りて、優雅な歩調で数歩前へ進んだ。
「ではここから攻撃魔法を放ちます。
皆様も追撃、あるいは障壁か、対魔結界の方をお願いします」
そしてリーファは両腕を交差させて、魔力を解放する。
――ここで叩けるだけ敵を叩くわ。
――そうなれば後々の戦いが少し楽になる。
――だから手加減なしで行くわよ!
次回の更新は2023年4月23日(日)の予定です。
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