第四話 試練(前編)
---三人称視点---
そしてリーファは青年の警備兵二名に連れられて、
聖王宮の大広間へと向かった。
大広間には光に満ちた人の心と魂に安らぎと安心感を与える雰囲気が漂っていた。
そして金色で縁取られた玉座に一人の壮年の男が座っていた。
頭に金の冠、緋色のガウンという格好。
彼こそがサーラ教会の教皇アレステイ六世であった。
見た感じ四十後半から五十半ばという年齢に見えた。
顔はそれなりに整っているが、やや覇気の欠けた眼と表情。
まあそれでも教皇は教皇。 だからリーファはこの場は礼儀を尽くした。
そしてリーファは綺麗なお辞儀をして、恭しく左膝を床につけた。
「余がこの教皇アレステイ六世である。
リーファ・フォルナイゼンよ!
貴公は本気で戦乙女の試練を受けるつもりか?」
「はい、教皇聖下! そのつもりでございますっ!!」
「うむ、その心意気や良しっ!
ならば余も貴公の事を信じよう。
そして貴公も余だけでなく、サーラ教会の為に尽くせっ!」
「御意っ!!」
「聖下、後の事はわたくしにお任せください」
「うむ。 そうじゃな。
ではアルピエール枢機卿、後は任せたぞ」
「ははっ!!」
枢機卿と呼ばれた赤い服を着た中年の男が教皇に一礼してから、
背筋を伸ばして、リーファの前に立った。
教皇に比べて、この中年の枢機卿の目つきは鋭かった。
「まず戦乙女の試練を行う前に、
貴公は身を清める必要がある。
といっても身体を洗え、という意味ではない。
戦乙女になる為に、
貴公は邪心を捨てる必要がある」
「……了解です。 それで具体的にどのような儀式を行うのでしょうか?」
と、リーファ。
「方法は簡単だ、我等サーラ教会所属の賢者や魔導師が
設置した大型の魔法陣の上に乗れば、
貴公の身は清められ、貴公の心から邪心は消え去るであろう。
そして身も心も清くなった所で、戦乙女の試練を行う」
「……それが戦乙女の試練……なのですか?」
「嗚呼、だがこの試練は想像以上に厳しい。
下手すれば貴公は死ぬ事になるであろう。
……貴公はそれでもこの試練を受けるか?」
リーファはアルピエール枢機卿の言葉に静かに頷いた。
「どうやら決意は固いようだな。
ならば試練の前に家族に遺書を書いておけ」
「その必要はありません。
私にはもう帰る家はありませんので!」
「……そうか、ならば無理強いはせぬ。
では早急に試練を行うから、私の後について来い」
「御意っ!!」
アルピエール枢機卿の言葉に従い、リーファは枢機卿の後について行った。
この後にリーファの今後の人生を左右する大事な試練が待っている。
今更引き返す事は出来ない。
だがリーファは逃げる気などさらさらなかった。
――どんな試練か、知らないけど私は必ず戦乙女になって見せるわ!
――でも私はサーラ教会の走狗になるつもりもない。
――戦乙女としての責任は果たすわ。
――でもそれ以外では自由に生き見せるわ。
――私はもう何かに縛られる人生は御免よ。
――とはいえまずは試練を乗り越えないと話にならない。
――だから今は文句は云わず、云われた通りの事をするわ!
---主人公視点---
宮殿内を歩く事、十分余り。
私達は宮殿内にある中規模の闘技場のような場所に辿り着いた。
ざっと見たところ、中規模の歌劇場くらいの広さだわ。
地面は土で、形状はコロッセオみたいに円形ね。
円形の闘技場を囲む階段状の観客席に教皇や枢機卿、
司祭や護衛役の兵士も座っている。
そして闘技場の中央に大きな魔法陣があった。
直径にして三十メーレル(約三十メートル)、高さ一メーレル(約一メートル)はありそうね。
「リーファ・フォルナイゼンッ!」
と、観客席から教皇聖下が叫んだ。
「はいっ!」
「……準備は良いか?」
「はい、問題ありませんっ!!」
「では魔法陣の上に乗りたまえ!」
「はい、畏まりました」
そして私は云われるがまま、魔法陣の上に乗った。
すると周囲にした魔導師らしき者達が動き出した。
「これより浄化の儀式を行う!
魔導師達よ、魔力を魔法陣に注ぎ込め!」
と、アルピエール枢機卿が叫んだ。
「御意! 魔力解放!」
周囲の魔導師達が、一斉に魔法陣に触れた。
次の瞬間、魔法陣が、眩く光りだす。
魔導師達は次々と両手から魔力を注ぎ込む。
魔法陣は更に輝きを増していく。
赤、青、緑、紫、白と色を変えつつ、周辺を圧倒的な光で照らす。
そしてその発せられた光が、私の身体を包み込んだ。
「うっ……ううっ!?」
か、身体がとても熱いわ。
感覚的には炎で焼かれたというよりかは、
強い光に照らされて身が焦がされるような感じだわ。
時間にすれば僅かな時間だと思うけど、
私には無限の時が鼓動を止めるような感覚に襲われた。
すると走馬灯のように様々な記憶が蘇っては消えて行く。
ソフィアお母様と過ごした楽しい日々。
この頃は父上もまだ優しかった。
でも流行病でお母様はあっとう間に死んでしまった。
それからは父上は私に対して無関心になった。
そして父上の再婚と共に私の生活は不自由なものとなった。
継母アクアとその連れ子マリーダ。
望みもしない新しい家族が増えたわ。
この母子は父上の前では良き妻、良き娘を演じたが、
私や従者達には横暴な態度、理不尽な仕打ちを繰り返した。
最初の頃は私も父上に抗議したわ。
でも父上は私の言葉よりあの母子の言葉を信じた。
私はその事実に少なからず傷ついた。
だけど次第にどうでも良くなってきた。
要するに父上の関心はあの母子に移ったのだ。
だから私の事などどうでもいいのだ。
それ以来、私は周囲に対して過度の期待を抱かなくなった。
でもアストロスやミランダのおかげで、
私はそれなりに楽しい日々を送った。
だけどやはり心の何処かで父とあの母子を恨む気持ちはある。
『――憎しみを捨てなさい』
「えっ!?」
な、何これっ!?
頭の中に若い女性と思われる謎の声が響いたわ。
『――憎しみは争いしか生みません』
ま、まただわ!
もしかしてこれは『浄化の儀式』に関係あるの?
……その可能性は高いわね。
いいわ。
ならばここは憎しみの感情は捨てましょう。
そこで私は軽く深呼吸した。
『――そうです。 そのように無心になりなさい』
……。
私は謎の声に導かれるかれるように平常心を貫いた。
しばらくすると、私の周囲の魔力が一気に強まった。
私は歯を食い縛って、耐えた、耐え抜いた。
すると光が差したように、私の身体が更に強い光を発した。
「ああ……あああっ……ああああああっ!?」
か、身体中が熱い。
でも不思議と悪い気はしない。
何と云うか身が清まるような気になった。
私は三十秒程、悶えたが、しばらくするとそれも治まった。
そして光に包まれた状態で、
背中を反らしたまま、ゆっくりと私の身体が空中に浮遊する。
『――そうです、それで良いのです』
私は謎の声に従い両眼を瞑った。
周囲の光は輝きを失わない、いやむしろ輝きを増した。
次第に光は球状になり、私の全身を包み込んだ。
『……そのまま心を落ち着かせて!』
「……はいっ」
『……そして心を無に、零にしなさい』
私は謎の声に従い、心の平穏を保つ。
そしてしばらくすると、浮遊していた私の身体がゆっくりと地面に着地する。
それとほぼ同時に私の身体を覆う光も消え失せた。
『――よく頑張りました。 『浄化の儀式』は成功しました』
……。
未だに状況がよく掴めないけど、気持ちが楽になった気がする。
そして私の中で父やあの母子を憎む気持ちも消え失せていた。
すると観客席の教皇聖下が大声で叫んだ。
「よし、『浄化の儀式』は無事に成功した。
だがこれからが戦乙女の試練の本番だぁっ!
リーファ・フォルナイゼンよ、前方を見るが良いっ!!」
「は、はい……えっ!?」
私は云われるがまま、前方に視線を向けた。
するとそこには見覚えのある人物が立っていた。
金髪碧眼、白皙、眉目も秀麗だ。
セミロングの髪を黒のシュシュでまとめたポニーテール。
身長は170セレチ(約170センチ)くらい。
黒の半袖のインナースーツの上から、
白銀の軽鎧を装着している。
そして背中に裏地の黒い白マントを羽織るという格好。
そう、目の前に立っていたのは私自身であった。
一体どういう事なの?
だが私の意思など無視して、
観客席の教皇聖下は高らかに宣言する。
「これより戦乙女の試練を行う!
リーファ・フォルナイゼンッ! 自分自身に打ち勝てっ!
そして自分自身に勝って、戦乙女になるのじゃ!」
……成る程、そういう事なのね。
敵は自分自身か。
いいでしょう、私も遊びでやってる訳じゃない。
自分自身に打ち勝って、
必ず戦乙女になってみせるわっ!!
次回の更新は2023年1月30日(月)の予定です。
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