第三百九十一話 鳩首密議(前編)
---三人称視点---
元治二年(聖歴1760年)七月二十日。
リーファ達は大阪のとある旅館で、
総領事のヴィルバム・バルジオと秘密裏に合う事になった。
旅館の規模は中規模であったが、
外国人もよく利用している為、
リーファ達や総領事がこの旅館を使っても、
特に周囲から怪しまれる事はなかった。
とりあえずリーファ達は、
旅館の二階の奥の角部屋に集まり、今後の方針について語り合った。
部屋はなかなかの広さだが、
バルジオ総領事、その女性秘書、中年男性の護衛。
それにリーファ、バリュネ大尉、ロザリー、ラビンソン。
アストロスとシュバルツ元帥の六人を合せた十人が
一つの部屋に入ると、割と狭い感じがした。
尚、エイシルとジェイン、ロミーナ。
それとメイドのミランダは京の寺田屋で待機中である。
秘密裏の会談に加えて、
総領事とこの後で大阪城へ向かうので、
全員連れて行くのは、少しばかり厳しかったので、
エイシル達には寺田屋に残ってもらう事にした。
とりあえず各自、楽な体勢で畳の上に座り、
視線を中央に座るバルジオ総領事に向けた。
するとバルジオ総領事は、声のトーンを落として喋り出した。
「皆様にこうして集まって頂いたのは、
ひとえに今後の我が母国の方針について語りたいからであります。
現時点で幕府軍と薩摩及び長州軍が衝突するのは、時間の問題。
それに関して戦乙女殿は何かご意見はありますか?」
こう言われたらリーファとしても答えざる得ない。
だが話の展開が少々読めない。
だからここは慎重に意見を述べる事にした。
「基本的に私とその一行は、
本国の方針に従うつもりですが、
私的な意見を述べるならば、
幕府軍の今の立ち位置はかなり厳しいと思います。
それに関して私達はどう動くべきでしょうか?」
「そうですね、一応は幕府軍につく。
という形で次の戦いに参戦してもらう事になるでしょう。
我々、アスカンテレス王国は、
旧大江戸幕府と懇意してましたのでね。
でも端的に言いますが、それ程無理して戦う必要はないですよ?」
「それは以下のような理由ですか?」
リーファはそう疑問に思うのは当然であった。
そしてバルジオ総領事は、その理由を分かりやすく答えた。
「現時点で我が国、そしてヴィオラール王国は、
このジャパングの幕府軍、薩摩、長州軍に多大な武器や魔道具を売って、
彼等が所有した金銀財宝を合理的に回収しました。
これに関しては、我が国とヴィオラール王国が協力して、
全体的なバランスを考慮して、
ジャパングの各戦力に武器や魔道具を売りました。
この時点で我が国の目的は既に達成されてます」
総領事の言葉にリーファ達は「成る程」と頷いた。
この辺は流石は植民地統治に長けた西洋の国と言うべきであろう。
早い段階で利益を確保しつつ、
このジャパングの動向を裏から見て、
今後どう動くべきかを計算しているのであろう。
「戦力の上では幕府軍が上回りますが、
総大将の慶喜公は、優柔不断の男なので、
その戦力差を上手く生かせない可能性が高い。
対する薩摩、長州軍は最新の装備を兵士達に与えている。
なので数の有利さを生かせず、
幕府軍が負ける可能性は高い、と私は踏んでます」
「ですがこの後、総領事も大阪城へ出向いて、
慶喜公と謁見するんですよね?」
ここでバリュネ大尉が初めて口を挟んだ。
だが総領事は顔色一つ変えず悠然と答えた。
「ええ、そうですよ。
大丈夫です、ヴィオラール王国は裏で話がついてます。
だから戦いの結果がどうなろうと、
我が軍の方針は変わる事がないです」
「そうですか、ならば我等も本国の方針に従います」
「ええ、そうしてくれると助かります」
笑顔でそう言う総領事。
だがその目は笑ってなかった。
「……」
リーファはここで自分がどう動くべきか。
をこの場で真剣に考えた。
彼女個人の本心を言えば、
幕府や神剣組と大なり小なり関わってきたので、
彼等に対して、少なからずの情の念を抱いていた。
だが彼等は今後、敗者になる可能性が高い。
となると幕府や神剣組に変に肩入れすべきではない。
と短い時間で頭の中で高速で算盤を弾く。
そしてその彼女の紡ぎ出した言葉は――
「どちらに転んでも我々は臨機応変に動く。
そして本国の益になるようにします。
ですがこの戦いで勝った勢力がこのジャパング。
日ノ本を牛耳る事になるでしょうが、
その彼等を我々が上手く操る。
という芸当は些か難しいように思えます」
この言葉にバルジオ総領事は「ほう」と言って、その双眸を細めた。
「流石は戦乙女殿、見事な推察です。
貴方の指摘した事は、既に本国の首脳部も問題視してます。
この国の民は我々が思っていた以上に賢く強い。
二百年以上前に西洋からこの国に火縄銃が
伝わるなり、この国の為は改良を重ね、生産を重ねた。
その結果、この東洋では随一の軍事力を誇るようになった。
そして今現在、長い鎖国時代を終えて、
独立国として世界に羽ばたこうとしている。
でもこれが問題だ」
「ですね、これ程小さな国でありながら、
強い軍事力と高い文化力を誇る国が国外に出たら、
いずれは我々、西洋の国と衝突するでしょう」
「まさにその通り、でもそれ以上に大きな問題がある」
「……それは何ですか?」
リーファの問いにバルジオ総領事は、
やや勿体をつけながら、大仰な口調でこう言った。
「この東洋における植民地の支配権ですよ」
次回の更新は2025年12月24日(水)の予定です。
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