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第三百八十八話 油小路事件(前編)


---三人称視点---



 元治二年(聖歴1760年)6月18日。


「本当は15日あたりにやろうと思ってたんだがな」


 副長の聖が斉藤一二三さいとう ひふみにそう告げた。

 尚、最近の斉藤は山田二郎やまだ じろうなる名を名乗っていた。


「しかし例の坂本の件で色々とごたついたので、

 少しばかり遅くなってしまった。

 一二三はその件の話は聞いてるか?」


「ある程度は聞きました。

 でも根が深そうな話なので深入りはする気ないです」


「嗚呼、それが良かろう」


 聖がニヒルに笑った。

 坂本龍牙さかもと りょうが暗殺事件改め近江屋事件は、

 あっという間に薩長へと知れ渡った。


 重体であった中尾慎太郎なかお しんたろうの証言や事件現場の物的証拠などから、

 事件の犯人は神剣組しんけんぐみであると噂する者まで出てきたのである。


 その中で「現場に落ちていた刀の鞘が、神剣組しんけんぐみの原口左之助のものである」と奉行所に進言する者がいた。

 その男こそ御陵衛士の伊郷甲子太郎いごう かしたろうだった。


 伊郷はある事ない事を土佐藩連中に好き放題、吹聴し始めたのだという。

 それを聞いた原口は怒り狂った。


 「この礼は倍返しにする」として、

 今宵、伊郷甲子太郎いごう かしたろうを権藤の休息所で行われる宴に招き寄せた。


 情報交換と資金提供をしたいという権藤の話に、

 伊郷はあっさり乗り、呼び出すのは難なく成功した。


「本日はお招き頂き、誠にありがとうございます」


 伊郷は上機嫌でそう礼を述べた。


「いえいえ、伊郷先生とはもっとたくさん話をしたかったのですが、

 そうそう気安くそういう場を設ける事も出来なくなってしまいました」


「私も権藤先生には、色んなお話をお伺いしたかった」


 そんな前置きから宴は始まった。

 宴の最中、お互いが一息をついた時、伊郷は問うてきた。


「先日の、坂本龍牙さかもと りょうが暗殺事件についてですが……」


「ええ」


「噂通りに神剣組の仕業ですか?」


 落ち着いた声音だが、

 伊郷はその双眸で権藤の様子を伺っていた。

 だが権藤は、冷めた表情で伊郷を見据えた。


「……」


「現場に原口くんの刀の鞘が残っていた、との話も聞きます」


「ほう、原口の刀の鞘ねえ……」


 伊郷は興味深そうに権藤の顔をのぞき込んでいた。

 この男はやはり歳の言うように阿呆あほうなのかもしれない。

 中途半端に色んな事に首を突っ込むが、

 やることに一貫性がないので、何をやっても中途半端だ。


 ついこの間に聖の暗殺を企てたと思ったら、

 その次は権藤の暗殺を計画した。

 そのわりには権藤の誘いに乗って、

 このように宴に参加している。


 ――そろそろ潮時だな。


 権藤は伊郷を斬る事を決意した。


「……今宵はとても実りある宴でした。

 是非またこのような話し合いをしたいものです」


「ええ、是非とも!」


 そう言いながら、

 権藤は脳裏に斬り捨てられる伊郷の姿を浮かべた。

 気にする事はない。


 先に相手が仕掛けてきたのだ。

 やられたら、やり返す。

 この時代ではごく当たり前の事だ。


 だが当の伊郷は、ほろ酔い気分で帰路に着いていた。


---------


 その時は唐突にやってきた。

 七条油小路から、百メーレル(約百メートル)ほど、

 南に下った先にある本光寺近くを歩く伊郷の目に、

 不意にキラリと光るものが映った。


「────」


 なんだ、と思った矢先、

 横道から突き出てきた刀の切っ先が、伊郷の首を斬り裂いた。


 両目を見開いてそちらを向けば、

 原口左之助が嗜虐的な表情で唇を舐めていた。


「ぐ、ぐっ……」


「夜道には気をつけましょうや、伊郷先生~。

 好き勝手吹聴していると、要らぬ恨みを買いますぜ?

 ちなみに俺は坂本の件とは無関係さ。

 でもその代わりにアンタを斬る実行犯に名乗り出たぜ」


 原口は刀を深く首筋に食い込ませた。

 伊郷の呼吸が浅くなる。


 伊郷はフラフラと原口に近寄り、足を震わせて地面に倒れた。

 その姿を冷めた目で原口が見据える。


「……く、く、くっ……だ、誰かぁ……」


 伊郷そう口にして、しばらくすると絶命した。


「でも伊郷甲子太郎の暗殺犯。

 それに関してはこの俺――原口左之助が間違いなく実行犯だぜ」


---------


 聖は暗殺した伊東の死体を七条通と油小路の辻に運ばせて、

 予め買収しておいた町役人を御陵衛士の屯所に走らせた。


「伊郷さんが土佐の連中と口論になり負傷していた模様。

 駕籠かごを持って、

 迎えに来てほしいとの伝言を受けて参りました」


 と述べさせていた。


「解った。 報せてくれてありがとう」


 御陵衛士側はまだ暗殺計画は漏れていないと思っていたので、

 快く対応したとの事。


「しかし土佐の者と口論などしたんだ?」


「恐らく大政奉還に関して、

 自らの手柄のように、申したのを伊郷先生が諫めたのだろう。

 ともかくこうしてはおれん。 駕籠かごだ、駕籠を用意せよ!」


 こうしてその時屯所に居た六人が現場へ向う事になった。

 油小路に到着した一行は、すでに惨殺された伊郷の亡骸を発見し、

 ようやく自分達が罠に掛かったことに気づいた。


 油小路には約四十名ほどの神剣組の隊士が控えていた。

 角にある蕎麦屋二階には、

 ニャガクラ組長と原口を中心に数名が伊郷の死骸を監視していた。


 伊郷の亡骸を引き取りに来る御陵衛士を一網打尽に討ち取れ、

 というのが今回、彼等に与えられた任務であった。


「左之助、冤罪をかけられた恨み。

 とくと晴らすが良いニャン」


「分かってまさあ、ニャガクラ組長。

 この原口左之助を怒らせたら、

 どうなるか、奴等に思い知らせてくれますよ」


 伊郷の死体を餌に御陵衛士を一網打尽にする。

 局長の権藤の非情な命令が今、実行されようとしていた。



次回の更新は2025年12月13日(土)の予定です。


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