第三百八十六話 大政奉還(後編)
---三人称視点---
大政奉還となって動揺したのは、なにも神剣組だけではない。
「不味いな、このままでは長州との合流が難しくなる」
「そうですね」
そう話し合うのは御陵衛士として神剣組を抜けた伊郷甲子太郎達だ。
そして神剣組の間者である斎藤一二三は、静かに耳を傾けていた。
「我々が未だに神剣組と手を組んでいる。
と疑う連中がいることが最大の問題ですね」
伊郷の実弟である鈴本三樹三郎がそう告げた。
「確かにな、まずはその誤解を何とか解き、
我々が勤王の志を持っている事を周囲に正しく理解してもらう必要がある」
伊郷は鈴本のその言葉に頷きつつ、渋面になり、両腕を胸の前で組んだ。
長州は間違いなく神剣組を憎んでいる。
その神剣組との繋がりがある伊郷達を、
長州は仲間として認める可能性は低いであろう。
「ならばいっそ神剣組を潰せば良いのでは?」
そんな言葉が、誰かの口から漏れた。
それに斎藤一二三は双眸を鋭くしたが、
他の者達は、「それは良いかもしれん」と相槌を打った。
「流石にそう上手くはいかないだろう。
連中はなんだかんだいって腕は立つぞ」
伊郷が慎重な意見を述べたが――
「局長の権藤だけならば、意外となんとかなるのでは?
あの男は何んだかんだで伊郷先生を信頼しています。
何とか権藤を呼び出して、秘密裏に暗殺しましょう。
権藤の首を差し出せば、長州の連中はきっと納得してくれるでしょう。
そして長州と手を組めば、
残っている神剣組を潰すのは容易いでしょう」
鈴本が得意気にそう語り、伊郷の心中に配慮した意見を述べた。
斎藤を除く他の隊員は、「そうだ、そうだ」と鈴本の意見に賛同する。
「いずれ神剣組は邪魔になるんです。
伊郷先生は新選組の戦力に未練があるようですが、
潰すのが嫌ならば、権藤を殺して、
そのまま組織を乗っ取ってしまえばいいだけの話ですよ」
鈴本がそう進言すると、
伊郷もその気になり、納得したようだ。
「そうだな、ではその算段を決めようか。
この中で最も適任者は……」
そこで斎藤に周囲の視線が集まった。
斎藤は「何だ?」といった表情を浮かべたが――
「斉藤くん、君に権藤の暗殺を頼みたい」
まさかその斎藤が聖の間者だとは知らず、
鈴本はそう暗殺命令を出したのであった。
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「――という訳で舞い戻って来ました」
「成る程、斉藤くん、ご苦労であった」
元治二年(聖歴1760年)5月25日。
間者であった三番隊の組長・斉藤一二三が神剣組の屯所に帰還した。
そして権藤の私室で権藤、聖、沖田、ニャガクラ、原口などの幹部が集結していた。
そして斉藤は傍にいた聖に伊郷が権藤の暗殺を企んでいると端的に告げた。
すると聖は呆れた表情で、左手の指で自分の頬を掻いた。
「この間に俺の暗殺に失敗したばかりじゃねえか。
伊郷って実はすんごい阿呆なのか?
なんか喋っているうちに、
気持ちだけ大きくなる馬鹿の類いか?」
好き放題言うが、聖の言うことも的を得ていた。
確かに伊郷は学があり、知恵もあり、よく舌も回るが、
物事の本筋を見極める能力は、かなり欠けていたかもしれない。
「身の蓋もない言い方ですが、案外そうかもしれませんね」
沖田が両肩を竦めて、そう言う。
「大政奉還で浮き足立っているの、向こうも同じか
というか、伊郷くんは俺を殺す気なのか?
いや俺なりに彼には、色々と目をかけたつもりなんだが……」
権藤が複雑な表情を浮かべるが、
聖が容赦のない一言を放つ。
「だから彼奴は阿呆なんだよ。
自分に何が出来て、何が出来ないかも理解してねえ。
しょうもねえ猿知恵を出して、
その気になっている猿山の大将さ……」
「これに関しては、歳が正しいのかもな……」
「それにしても斉藤さんが間者だと伊郷さんは気付かなかったようですね」
と、沖田。
「確かにニャ、まあ斉藤くんは表向きは、
局長や副長に反目している、ように演出してたからニャ」
ニャガクラ組長の言うように、
斉藤は表向き、池田屋事件の後に権藤が有頂天になっていた事に対して、
抗議文に名前を連ねていたり、
人が多く集まる場では、権藤や聖から距離を取っていたりと、
不仲のような演出をしていた。
「とりあえず上手くいきましたね。
なので俺はしばらく雲隠れします。
伊郷一派の始末が終わり次第、また戻って来ます」
「そうだな、斉藤くん。 ご苦労であった」
「聖さん、いえいえ」
「そして具体的に伊郷さんをどうやって始末するんですか?」
沖田が尤もな疑問を投げかける。
すると斉藤がその疑問に応えて――
「ここに戻る前に伊郷派から30両(約510万円)をせしめてきました。
ただでさえ周囲から孤立している伊郷達ですが、
これで向こうの懐具合は更に悪化するでしょう。
資金提供と情報の共有、これを餌にしておびき出してみてはどうでしょうか?」
と、斎藤が懐から30両(約510万円)を取り出してそう進言する。
「斉藤くん、やる事に無駄がないね」
権藤が感心気味にそう言う。
「金が全てじゃないですが、
何をするにも金は必要ですからね。
まずは兵糧攻め、という事で」
いけしゃあしゃあとそう言う斉藤。
「斉藤くん、君はもしかしたら監察の方が向いてるかもね」
斎藤の手口にやや驚きながらも、
この30両にいくらか上乗せして、
伊郷派を呼び寄せる策を聖は採用した。
こうして伊郷派抹殺への舞台が整いつつあったが、、
大政奉還の影響で、神剣組だけでなく、方々で予想外の事態が起き始めた。
次回の更新は2025年12月6日(土)の予定です。
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