表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

380/380

第三百七十六話 神剣組分裂(後編)

---三人称視点---



 年が明けた元治二年(聖歴1760年)1月10日。

 リーファ達がジャパング――日ノ本(ひのもと)に訪れて二年近くの月日が経った。

 気がつけばリーファは二十歳はたちになり、

 後、半年もすれば二十一歳になろうとしていた。


 だがこの二年あまりでこの小さな島国も歴史の流れに

 逆らえないまま、大きな変貌を遂げていた。


 リーファ達は表向きは、徳沢幕府に従う素振りを見せつつ、

 昨年に同盟を結んだ薩摩と長州にも本国の武器、火薬、軍艦などを

 売りつけて、この国に眠る黄金や銀を大量に手に入れていた。


 本国からは――


「うむ、想像以上に良い働きをしてくれて感謝する。

 引き続きジャパングに残り、そのまま任務を続行してくれたまえ」


 と、ラミネス王太子から親書が届けられたが、

 リーファやアストロス、シュバルツ元帥等も

 自分達が良いように使われて、厄介払いされている事に気付いた。


 だがこれはこれで悪くない。

 と、リーファだけでなく他の同行者も思い始めていた。


 リーファは良くも悪くもガースノイド戦役で活躍した英雄だ。

 だが今のアスカンテレス王国は、長い戦乱から開放されて、

 内政に力を入れて、国力を回復している復興の最中にある。


 そんな中でリーファみたいな存在が居たら、

 扱いに困る反面、何かの政治的宣伝や取り引きに使われる危険性がある。


 ラミネス王太子は、一時リーファに懸想していたが、

 今では彼も結婚しており、リーファに肩入れする理由もなくなった。


 だから厄介払いを含めて、

 こんな東洋の島国へ派遣、もとい左遷した。

 というのが客観的事実であろう。


 でも不思議なものでリーファ達は、

 この東洋の島国の生活に小さな喜びを感じていた。


 確かに島国特有の閉鎖的な部分はあるが、

 予想に反して文明レベルも高くて、住むには悪くない国だ。


 またこの国特有の武士という概念や思想に時々戸惑うが、

 国全体で見れば、エレムダール大陸の各国にも見劣りしない良い部分もたくさんある。


 今、この国は良くも悪くも生まれ変わろうとしている。

 その結果は分からないが、西洋人のリーファ達も学ぶ面は多くあった。


 そして彼女等が監視を命じられた神剣組しんけんぐみも変貌を遂げていた。

 伊郷甲子太郎いごう かしたろうという存在は、

 副長の聖が危惧していたように、

 神剣組を分裂する形で袂を分かった。


 そして徳沢幕府の弱体化が進む中、

 神剣組の局長である権藤勇ごんどう いさみが旗本の仲間入りを果たした。


「これで権藤さんも旗本の仲間入りを果たしたんだ。

 本人はあれこれ悩んだ末の取り立てだから、色々思うところもあるらしい。

 だがこれで権藤さんも正式な武士だ。 これは我々にとっても良い流れだ」


 副長の聖は部屋で休む沖田悟おきた さとるにそう声を掛けた。

 これまで散々、あちこちに内紛がある中で、

 神剣組が空中分解せずに済んだのは、

 ひとえに副長の聖の功績だ。


 特に尊皇攘夷の考えに色濃く染まった権藤は、幾度となく迷走をしていた。

 局長の揺らぎは隊内の揺らぎに繋がり、

 そのしわ寄せは聖が背負い込むことになった。


 結果として神剣組の内部分裂も起こったが、

 権藤が身分を得たことで落ち着きを取り戻せば、

 聖とすれば悪い結果ではない。


「これで名実ともに幕府の為に邁進すれば良いですね。

 長州も薩摩と手を組んだことで、開国派へ変わり身したようですし」


 沖田はそう言って、聖をちらりと見る。

 その聖の表情は渋かった。


「この京の町を焼き払ってまで、攘夷を掲げていた連中が、

 あれよあれまという間に手のひら返しか。

 一体今の世の中どうなっていくのか見当もつかねえよ」


 聖の疑問はこの時代を生きている誰もが思っている事であった。

 昨日までの常識がまるで通じない世界。

 次々と新しい考えが流入し、翻弄される世界。


 そんな中で何を信じ、何を成せばいいのか。

 神剣組も幕府直参にまで伸し上がったとなれば、

 その悩みは今まで以上に深いものになるだろう。


 ちなみに聖は権藤と違って将軍に謁見の出来ない立場だが、

 七十俵五人扶持とそれなりに良い身分となった。

 

 だがこの格上げは、幕府の弱体化の象徴といえよう。

 幕府は一介の浪人集団だった神剣組を幕臣に取り立てなければならないほど、

 手駒が減っているというわけだ。

 それは聖だって理解しているだろうから、素直に喜べなかった。


 三日後。

 

「会津藩から呼び出しがあった」


 聖は沖田の部屋の障子を開けるなり、不機嫌にそう告げた。


「何か問題でも起きましたか?」


「一部の隊士達が新選組を脱退したいと、会津藩に直接訴えたらしい。

 除隊理由が尊皇攘夷を貫きたいというものだから、

 我々に訴えても素直に除隊が認められないと思っての行動のようだ」


「嗚呼……」


 幕臣になるということは、同時に公武合体の開国派となるということで、

 これに不満を持つ連中が出てきたようだ。


 だが除隊には正式な理由がなければならず、

 大坂や京に留まることを許されないから、尊皇攘夷が理由の自分達に都合が悪い。


 そこで伊郷の御陵衛士が認められたように、

 会津を頼って何とかしようと訴えた、というのが事の顛末のようだ。


「一方の会津とすれば、既に幕臣になった者たちが辞めたいと言われても困るわけだ。

 そこで俺たちも同席して説得しろ、との話だ」


「聖さんはこれらの件をどう思っているのですか?」


「やることをやるさ。 将軍が開国を決意したのには理由があるはずだし、

 それを通そうというならば俺もそれに従うさ」


「成る程」


「兎に角、これ以上の分裂は勘弁してほしいところだ。

 しかし連中が説得に応じるとも思えないし、

 山縣さんの時と同じ結果になるだろうな」


 自らの信念を貫きたいのならば潔く切腹しろ。

 しかしそう簡単に切腹を命じられるほど、聖も人非人にんぴにんではない。

 そこはあえて信念を曲げてくれと言いたいのが彼の本音だろう。


「大変な事になりましたね」


「まったく頭が痛いよ」


 だが事態は聖や沖田が思っている以上に、

 悪い方向へ進むもうとしていた。



次回の更新は2025年11月1日(土)の予定です。


ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、

お気に召したらポチっとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

宜しければこちらの作品も読んでください!

黄昏のウェルガリア
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ