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第三百七十話 百薬之長(後編)


---三人称視点---


 元治元年(聖歴1759年)4月25日。

 聖達が入手した労咳の特効薬によって、

 沖田の労咳ろうがいは見る見るとよくなってきた。


 沖田の咳も殆ど止まり、

 体力もかなり回復してきたので、

 今は一日に二時間だけ剣を振る事も赦していた。


 尚、特効薬の受け取り場所は、

 伏見の裏ギルドで引き続き行う事になり、

 聖が忙しい時は、井上や斉藤へ取り引きを任せていた。


 この件に関しては、

 隊内でも箝口令を敷いており、

 知ってる者は局長の権藤ごんどう、副長の聖。

 そして井上健三郎と斉藤一二三さいとう ひふみの四人だけであった。


 労咳ろうがいは現代の日ノ本(ひのもと)では不治の病だ。

 それが特効薬で治ると知ったら、

 多くの労咳患者や労咳を恐れる特権階級がこぞって、

 特効薬を求める事になるだろう。


 そうなれば特効薬の値段は跳ね上がる。

 だがそれはまだ良い。

 最悪の場合は色んな事を懸念して特効薬が

 市場に回らなくなる可能性も高くなる。


 百薬之長と言えば聞こえは良いが、

 いざ市場に出回れば、その市場価値は下がり、

 また救われない命も救う事になる。


 こういうものは希少だから価値があるのだ。

 聖も権藤もその事を理解していたので、

 特効薬の取り引きには、細心の注意を払っていた。


 そんな中、屯所の庭で沖田が木剣ぼっけんを振っていた。

 沖田は天性の天才剣士。

 その天才剣士がしばらく剣を振れなかったのだ。

 その苦痛を埋めるべく、沖田が精力的に木剣ぼっけんを振っていた。


「おい、さとる。 あまり無理はするなよ」


「あ、聖さん。 おはようございます」


「随分と良くなったようだな」


 聖はそう言って縁側に腰掛けた。

 すると沖田も木剣ぼっけんを振るのを止めて、

 聖の左隣に腰掛けた。


「これも全て聖さんと局長のお陰です」


「よせよ、俺は自分のやれる事をしたまでさ」


「でもこの特効薬……かなり値が張るんでしょ?」


「まあな、だが金の事は心配するな。

 俺と権藤さんもそれくらいの甲斐性はあるさ」


「……でもお陰で本当に良くなりました。

 この調子なら、現場に戻るのも夢じゃありません」


「そうか……」


「俺は正直、自分は長くない、と覚悟を決めてました。

 でもこのように回復に向かってきて、

 自分がもう一度剣を振れる喜びと有り難さを知りました」


「ならばもう一度、最前線で剣を振ってもらうかな。

 沖田悟は神剣組しんけんぐみ最強の剣士だからな。

 まだ二十そこそこで死ぬには惜しすぎる人材だ。

 だからお前の為なら、金なんかいつでも工面してみるさ」


「聖さん……」


「まあ今後の経過がどうなるかも不透明だ。

 暇つぶしに木剣ぼっけんを振るくらいはいいが、

 くれぐれも無茶するなよ。 これは副長命令だ」


「はい……」


「……」


 沖田はこうして縁側でのんびり出来る事に心から感謝した。

 幕医の松本に診てもらった時点で、

 沖田は死を覚悟していた。


 周囲には漏らさなかったが、

 病魔は彼の体を確実に蝕んでいた。

 恐らくもう二度と剣は振れぬだろう。


 誰でもない、自分の身体だ。

 沖田自身が自分が長くない事を理解していた。


 だが聖が持ってきた特効薬で、

 彼の病気は確実に良くなってきた。


 沖田は信心深い方ではないが、

 この時ばかりは神に感謝した。


「分かりました、大人しく静養します。

 でも回復したら、神剣組の為に剣を振るいますよ。

 高い金で助けられた命です。

 それに見合うだけの働きはしますよ」


「悟……」


 その後も聖は自分自身。

 あるいは井上と斉藤を使いにやって、

 沖田の労咳の特効薬を定期的に購入した。


 沖田の体調は確実に良くなっていった。

 咳もほぼなくなり、

 木剣だけでなく真剣を触れるまで体調は回復した。


 これで神剣組内は少し落ち着いたが、

 次なる重大なまつりごとが待っていた。


 元治元年(聖歴1759年)5月上旬。

 将軍の徳澤家茂とくざわ いえもちが第二次長州征伐を総攬そうらんする為に、

 再び上洛したのであった。

 将軍の上洛で京も俄に活気だった。


「これで幕威も大いに上がるだろう」


「長州も年貢の納め時だろう」


 と、京の市民が噂していたが、

 実際のところ、

 今の幕府には長州を征伐するだけの軍事力も経済力もなかった。


 問題はそれだけではない。

 既に三家老の首を切って恭順している長州を、

 もう一度討伐する大義名分が今の幕府にはなかった。


 だがそれでも幕府は討伐の軍をおこしたが、

 徳澤家に関わる大半の者達が殆ど反対の姿勢を見せた。


 その中で幕府を支持したのは、

 京を鎮護している会津藩であり、

 その支配下にある神剣組であった。


 時代は既に歴史の転換期を迎えていたが、

 その流れに沿う者、沿わない者も含めて、

 時流の流れに多くの者が呑み込まれようとしていた。


次回の更新は2025年10月11日(土)の予定です。


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