第三百六十九話 百薬之長(前編)
---三人称視点---
翌日の4月14日。
沖田の病状は更に良くなり、回復に向かっていた。
特効薬の効果は本物のようだ。
これならば沖田の労咳も完治するかもしれない。
だがそうなると特効薬の費用を噴出する必要がある。
これは局長の意見を聞くべきだ。
そう思った聖は局長の権藤の私室へ向かった。
私室の前に立つ若手の隊士に――
「局長と会いたい」
と、伝えると二分後に入室の許可が出た。
そして聖は襖越しに局長に語りかけた。
「権藤さん、聖だ」
「おう、歳! 入っていいぞ」
中から権藤の声が聞こえたので、
聖は左手でさあっと、襖を開けて部屋の中に入った。
権藤の私室は殺風景で必要最低限の調度品しか置いてなかった。
権藤は部屋の中央にある円卓の木製椅子に座りながら、
黒い着流し姿で、観察するような視線で聖を睨めた。
「でどうなった?」
権藤の端的な問いに聖は――
「実は――」
要点をまとめて、事のあらましを伝えた。
すると権藤は「そうか」と言って笑顔を浮かべた。
「どうやら悟の労咳も治る兆しが見えてきたな。
正直、俺はもう駄目だと思っていたよ……」
「俺もさ……」
「歳、要するに金の話だろ?」
「嗚呼……」
「ならば気にするな、悟を救う為なら多少の出費は覚悟だ。
但し相手に舐められてはいけない。
舐められると相手の要求もドンドン増えていくからな」
「無論、その事は承知の上だ」
「ならば問題ない」
そう言って、権藤は両手の平で自分の膝を軽く叩いた。
「とりあえず今の30両(約510万円)に加えて、
もう30両を用意しようじゃねえか」
「ほ、本当かっ!?」
言どの気前の良さに聖も思わず裏声を上げた。
「嗚呼、但し金は小出しにしろよ。
相手が途中で違う薬を渡す可能性もあるからな。
どのみち悟の病気は今すぐ治るものではなかろう。
ならば細心の注意を払って、事の顛末を見守れ!」
「わ、分かった」
「但し他の隊員にはこの事を知らせるな。
何処から話が漏れるか、分からんからな。
今まで通りお前さんと井上さんと斉藤だけで応対せよ」
「……承知した」
「俺も悟の事は心配だが、
今では色々と忙しくなった身だから、
悟にばかり気をかけるわけにもいかん。
だから悟の件は、歳! お前さんに任せるよ」
「嗚呼……」
こうして聖は局長の権藤から新たに資金援助を受けて、
引き続き沖田の特効薬の交渉をロザリー達と続ける事にした。
そして迎えた4月17日の午後十八時過ぎ。
聖は約束通り井上と斉藤の二名だけ連れて、
待ち合わせ場所である伏見の裏ギルドへ向かった。
昨日同様に支配人と話し合って、
地下にある裏ギルドへ足を踏み入れた。
すると地下に併設された酒場に、
先日同様に青い仮面をつけた女性エルフ――ロザリーが待っていた。
彼女の他には同様に仮面をつけたリーファ、バリュネ大尉。
そしてアストロスを加えた四人が聖達をジッと見据えていた。
「待たせたな」
「いやそんなには待ってないよ」
と、事実を述べるロザリー。
「約束通り金は用意してきた」
聖が約60両(約一千万円)が入った巾着を近くの円卓の上に置いた。
するとロザリーがわざとらしく「ヒュー」と口笛を鳴らした。
「流石は飛ぶ鳥を落とす勢いの神剣組だね。
この短期間でこれだけの金策をあっという間にこなすとはね」
「前置きはいい。 例の物は何処だ?」
「まあまあそう慌てないで」
急かす聖をなだめるロザリー。
すると聖も僅かに冷静になり、ロザリーの言葉を待った。
それを楽しむかのように、ロザリーも芝居がかった口調で話し出した。
「確かに新たに一週間分の21錠の特効薬は用意したわ。
でもこの特効薬はかなり希少の品なのよ。
だからあーしの個人ルートだけでは入手するには限界がある。
なのでこの裏ギルドの支配人に仲介してもらおうと思っている」
「そうか……」
これはやはり値段の釣り上げ交渉か?
だが実際に希少な品である事は間違いないだろう。
変にごねて、取り引きそのものが中止されても困る。
「……井上さん、斉藤くん。 どう思う?」
「……私には判断がつきませんね」
「……オレも自信を持って答えられないです。
ですが相手は具体的な値段は言ってないので、
ここはまず相手の話を最後まで聞いてみては?」
斉藤の言葉に聖も「そうだな」と相槌を打った。
「分かった、とりあえず話を聞こう」
「ええ、じゃあ支配人さんも交えて話合うわよ」
そして五分ほど話し合いが行われた。
話の内容は要点をまとめれば以下のような話となった。
1.労咳の特効薬の製造ルートや交易ルートは秘密にしたい。
2.その上で効率よく話を進めたいんで、支配人を仲介役に置く。
3.特効薬の値段に加えて、聖達が輸送量などの費用を自己負担。
4.ロザリー達に加えて、支配人にも仲介料などを支払う。
というのがロザリー側が出した条件であった。
聖側としては余計な費用がかかる事に不服はあったが、
交渉権はロザリー側が押さえている事も理解していた。
ここでロザリーにへそを曲げられて、
特効薬の入手ルートが断たれるのは避けたい。
支配人に対しては、
口止め料とかも含めての仲介料を払う形かもしれない。
「この条件でいいかしら?」
「……嗚呼、構わんよ」
正直、金銭的にはキツいが、
他に沖田を救う手立てもない。
ここでロザリーとのコネクションを失えば、
特効薬は手に入らず、沖田の労咳も治らない。
「まずは特効薬の入手ルートが安定するまで、
一週間ごとに特効薬を渡すから、
そちらも料金を払って欲しい」
「……幾らだ?」
「一週間分の料金は込み込みで6両(約102万円)。
特効薬の入手ルートが安定すれば、
一ヶ月ごとの取り引きで20両(約340万円)でどうかしら?」
月々20両(約340万円)の出費は大きすぎる。
だがこの機会を逃せば、沖田を救う事は出来ない。
――いいさ、金は何としても工面する。
聖は井上と斉藤に目配せした。
すると二人も無言で頷いた。
「分かった、その条件を呑もう」
「了解、じゃあ取り引き成立だね。
今後とも宜しくお願いするよ」
「嗚呼……」
そう言葉を交わして、
聖とロザリーは握手を交わした。
こうして聖は労咳の特効薬の入手ルートを確保して、
沖田の労咳も治る見込みが出て来た。
これによって沖田の生存の可能性が出て来て、
神剣組の未来にも変化が起きようとしていた。
次回の更新は2025年10月8日(水)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




