第三百六十七話 裏ギルド(中編)
---三人称視点---
冒険者ギルドの地下にある裏ギルド。
その地下室に併設された酒場は、
木製の丸テーブルが二十席ほど並んでいるが、
客の数は二十人程度。
やや浅黒い肌の禿頭のバーテンダーらしき男が
「……いらっしゃい」と無愛想に言った。
見た感じ日本人ではなさそうだ。
でも喋る日本語は流暢であった。
「とりあえず酒は飲まないで行こう。
すまない、レモン水を三つ頼む!」
「……ご注文承りました」
とりあえず手前のカウンターの椅子に、
井上、聖、斉藤という並びで座った。
そしてレモン水の入った三つのグラスを置く禿頭のバーテンダー。
「独特の雰囲気ですね。
聖さん、どのように話を切り出すつもりですか?」
と、斉藤が問い質す。
「そうだな、搦め手も悪くないが、
ここは真っ向勝負で行こう。
すまない、支配人。 ここに来てもらえるか?」
聖はまだ入り口付近で、
立っていた支配人の黒川を呼びつけた。
だが支配人の黒川は営業スマイルを浮かべながら、
ゆっくりとした歩調で、聖の座る席へ向かった。
「何か御用でしょうか?」
「前置きは省きたい、この場に例の特効薬を
持っているかを聞き出したいので、
その後の補佐を頼みたい」
「……聖様らしいですね。
ですが上手く行く保証は出来ませんよ?」
「構わん、井上さん。 金の入った巾着を手渡してくれ」
「嗚呼、構わんよ」
そして聖は三十両が入った黒い巾着を
これ見よがしに「ドン」とカウンターに置いた。
「端的に問う。 我々は労咳に効く特効薬を探している。
その特効薬を持つ者には、ここにある金で譲り受けたい。
また特効薬に関する情報や知識を持つ者にも情報量を払う」
「……」
聖らしい真っ向勝負の言葉であったが、
目の前のバーテンダーを含めて、
周囲の冒険者らしい男女は貝のように口を閉ざした。
「少し強引過ぎやしませんか?
これじゃ初めて会う女に「お前を抱きたい」と、
いきなり言うのと変わらない気が……」
斉藤が少し困った表情でそう言うと、
近くの丸テーブル席に座っていたエルフ族らしき
青い仮面をつけた女が可笑しそうに「プッ」と笑う。
そちらに視線を向けると、
丸テーブル席に西洋人らしき金髪の白人女性。
笑った青い仮面のエルフ族の女。
そして西洋人らしき黒髪の男二人が
こちらの方を観察するように視線を向けていた。
ここで聖はある種の既視感を感じた。
この四人組、何処かで見た気がする。
だが何処で見たかは思い出せなかった。
すると青い仮面のエルフ族の女が「やっほー」と言って、
こちらに手を振ってきた。
「そこの強面のお兄さんの言うとおりよ。
こういう所は人を選ぶのよ?
でもあーしはそういう直情的な人も嫌いじゃないよ」
多少訛りはあるが、ちゃんと聞き取れる日本語であった。
すると隣の井上が「クス」と笑い、左手で口を押さえている。
また「強面」と言われた斉藤は、
不機嫌そうにブスッとした表情を浮かべていた。
「そうか、なら単刀直入に聞こう。
君達は俺達が望む品を持ってるかね?」
「ち、ちょっとひじ……だから強引過ぎるって!」
横から止めに入る斉藤。
だが聖は斉藤の手を軽く振りほどいた。
「ん~、何が欲しいのかな~?」
「さっき言ったように労咳に効く特効薬だ」
「成る程、ちなみに何故それが欲しいの?」
「部下……いや戦友が労咳を患っている。
このままだと長くないだろう……。
だから噂を聞いて、この裏ギルドまでやって来た、という次第だ」
「ふうん、そうなんだ」
そう言って青い仮面のエルフ族の女は、
右隣に座る金色の髪の西洋人に視線を向けた。
見事な金髪に白皙、スタイルもかなり良い。
顔に赤い仮面をつけていた。
ここで聖はあの晩を思い出した。
そう、池田屋に斬り込んだあの夜に対峙した西洋人の集団。
聖はエルフ族の女も金色の髪の女もあの晩に見た集団と酷似している事に気付く。
――間違いない。
――あの時や蛤御門の変の時と同じ連中だ。
――向こうも間違いなく、こちらに気付いてるだろう。
――ならば妙な腹芸は避けるべきだ。
――今まで通り真っ向勝負でいこう。
「ん~、皆はどう思う?」
エルフの女が仲間に話を振った。
すると赤い仮面の金色の髪の女が――
「一見さんはお断りが基本だけど、
提供する金額次第では、考えてみても良さそうですね」
「私もおじょう……彼女と同じ意見です」
今度は黒マントを羽織った白い仮面の男がそう言う。
この男にも見覚えがあった。
「金さえ払えば、物を用意してもらえるのか?」
「出来なくはないわよ。
でも条件が一つあるわ」
青い仮面のエルフ族の女がそう言うと、
聖は彼女に視線を向けて、条件を問い質す。
「その条件とは何だ?」
「簡単よ、貴方は何故そこまでして、
その労咳に罹った仲間を助けたいの?
その理由をちゃんと聞かせてもらいたいわね」
――成る程、そういう事か。
――恐らく俺を試しているのだろう。
――だがこういう時は変な駆け引きはしない方が良い。
――俺は思ったままの意見を述べよう。
そう胸に刻み込み、
聖は自分の胸の内をさらけ出した。
「その男は俺の部下であり、実の弟のような存在だ。
俺は兎に角、彼に生きて欲しい。
生きてまた剣を振り、共に飯を食い、酒を飲む。
そしてくだらない事を言って、一緒に笑って過ごしたい。
それが俺が彼を救いたいという本音だ。
その為には金などいくら払ってもよい。
だから彼を救う為、特効薬を俺に渡して欲しい」
聖はそう言って、頭を垂れた。
あまりにも真っ直ぐな言葉と申し出に、
青い仮面のエルフ族の女――ロザリーは、
一瞬目を瞬かせたが、
その口元には好奇心に満ちた笑顔を浮かべた。
次回の更新は2025年10月1日(水)の予定です。
ブックマーク、感想や評価はとても励みになるので、
お気に召したらポチっとお願いします。




