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第三百六十五話 労咳



---三人称視点---


 三月十日。

 神剣組しんけんぐみ屯所は、壬生から正式に西本願寺へ移った。

 広々とした境内があり、全員が新たな屯所を気に入ったようだ。


「ごふっ」


「悟、また咳をしてるじゃねえか。

 一度、医者に診てもらえよ」


「聖さん、お気遣いありがとうございます。

 そうですね、機会があれば診てもらいます」


「それなら良い医者が居るぞ。

 権藤ごんどうさんが江戸で知り合った医者が

 ここに来てもらう事になったんだよ。

 幕医ばくい松本良順まつもと りょうじゅんという先生だ。

 この際だから、お前もきちんと診てもらえっ!」


「……そうですね」


 沖田も聖も薄々感づいていた。

 沖田の病気は労咳ろうがいの可能性が高い。


 だから最近は沖田は独りになる事が多い。

 労咳ろうがい他人ひとに移る病気だからだ。


「お前の事だ、他者に移る事を気にしているんだろうが、

 それならば現場に出ず、俺の補助仕事でもしてたらいい」


「……聖さん」


「兎に角、一度診てもらえっ!」


「……はい」



 そして松本良順まつもと りょうじゅんの診察は、

 改元された元治元年の四月上旬に行われた。

 また他の隊士達も体調不良を訴えるものが増えていたので、

 これを機に全隊士の健康診断が行われた。


「まずは病室を分けて作って頂きたい。

 それと風呂も用意してください」


 松本医師は百五十人以上居る隊士達を手早く診察した後、

 局長の権藤にそう告げた。

 すると権藤がすぐに手配し、

 瞬く間に病室が完成させて松本を驚かせた。


「風呂に関しては、大工などを手配する必要あるから、

 二週間、いや三週間はかかりそうだな」


「対応が早いですな。

 これならばこちらとしても色々やりやすいです。

 ……それと噂の沖田くんはどちらに?」


「……こちらです」


 聖はそう言って、松本医師を案内する。

 平隊士の間で労咳ろうがいが流行る事は、

 何としても避けたかったので、

 沖田の居住場所そのものを分けていた。


「本人も労咳だと疑っています。

 私もその可能性が高いと思います」


「兎に角、一度診てみましょう」


---------


「げほっ、ごほっ……」


 沖田は布団から身体を起こして、咳をした。

 正直最近は寝起きするのも億劫だ。

 剣を振りたいが、それは聖に止められている。


 剣士が剣を振れない。

 これ以上の苦痛はないな、と苦笑する沖田。


「悟」


 廊下から聖の声が聞こえてきた。


「聖さん、起きてますよ」


「沖田くん、失礼するよ」


 すると聖と松本が部屋に入って来た。

 松本は医師にしては、かなり体格が良かった。


「……どうも、初めまして」


「どうも、幕医ばくいの松本です。

 とりあえず診察するので、布団に寝転んでください」


 そう言われて、沖田は素直に布団の上に寝転んだ。

 松本は大きな手で起きたの胸や腹を触診していく。


「……呼吸が浅いですね」


 そして松本は、沖田の口内を見て舌の状態や喉の状態を確認。

 脈拍の確認などを淡々とこなした。


「労咳で間違いないでしょう」


 聖と沖田の顔を見て、そう言う松本。

 すると沖田は「そうですか」と無表情で答えたが、

 聖は珍しく表情を崩して、両目に涙を滲ませた。


「とりあえず咳を和らげる薬を処方しますね。

 それと専門の看護もつけた方がいいでしょう」


「松本先生、やはり労咳だと完治は難しいでしょうか?」


 聖が沈痛な表情でそう問う。

 聖も労咳がこの時代において不治の病という事は理解していた。

 だが次の松本の言葉を聞くなり、両目を大きく見開いた。


「……治す方法がないわけではないです」


「ほ、本当ですかっ!?」


 思わず大声を上げる聖。

 それに対して、松本は落ち着いた口調で応じた。


「でも可能性はそれ程、高くはありません。

 話が少し変わりますが、

 聖さんや沖田くんは、冒険者ギルドの証を持ってますか?」


「ええ、一応、持ってますがそれが何か?」


 と、聖。


「等級はいくつでしょうか?」


「確かA(クラス)だったと思います」


 と、聖が自分の等級を告げる。


「私はB(クラス)ですね」


 と、沖田も自分の等級を申告する。

 すると松本は「うむ」と頷いて――


「その等級なら可能かもしれません。

 お二方ふたがたも京の冒険者ギルドの場所はご存じですよね?」


「ええ……存じておりますが」


 京の冒険者ギルドは、伏見の近くにある。

 二階建ての洋館で日本人以上に外国籍の利用者が多い。

 

「実は冒険者ギルド内には、

 裏ギルドと呼ばれる場所があるのですよ。

 大体は正規のギルドの地下室にあります」


「そうなのですか、それで?」


 イマイチ質問の意味が理解出来ず、

 聖は怪訝な表情を浮かべた。


「その裏ギルドでは、海外産の貴重品などが売買及び取引きされるのですが、

 その中に労咳に効く特効薬があるとの噂を度々、耳にしてます」


「ほ、本当ですか!?」


「聖さん、声が大きすぎます」


「す、すみません、そのお話は本当なんですよね?」


「確約は出来ません。

 ですが西洋や東洋の医学は、この日ノ本(ひのもと)より、

 進んでいるのは事実なので、

 試してみる価値はあるでしょう」


「……悟、俺はこのすぐ後にも他の隊士を連れて、

 伏見の冒険者ギルドへ行ってみるよ」


「……僕の為に無理はしないでください」


「いや無理はさせてもらう。

 松本先生、何か事前に持っていく物はありますか?」


「そうですね、とりあえず冒険者の証は必須ですね。

 それと仮に特効薬が実在したとしても、

 入手の際には、かなりの大金が必要になるでしょう」


「金には糸目をつけませんよ。

 俺の持ち金全部を突っ込んでも構わないです」


「金額にすれば最低でも20両(約340万円)。

 いや30両(約510万円)は必要となるでしょう」


「さ、30両(約510万円)っ!?」


 あまりの大金に沖田が驚きの声を上げた。

 そして聖の方を見て、目配せした。

 だが聖は首を左右に振って――


「悟、金額は気にするな。

 権藤さんと掛け合っても金は用意する」


「でも……」


「お前の命にはそれだけの価値がある」


「聖さん……」


「お取り込み中、申しありませんが、

 必ず特効薬が入る保証は出来ませんよ。

 私もあくまで噂で聞いた話ですので」


「大丈夫です、いざとなれば清王国やリンド大陸へも行きますよ。

 悟は神剣組の一番隊の隊長。

 そして俺にとっては、実の弟のような存在。

 だから何としても特効薬は手に入れます」


「うむ、頑張ってください。

 とりあえず私は今日はこれで失礼します」


「松本先生、貴重な情報ありがとうございました」


「いえいえ、沖田くん、お大事に!」


 そう言って、松本はこの場から去った。

 そして部屋に残された聖と沖田は無言で見つめ合った。

 何秒か、無の時が流れた後に――


「悟、金なんか気にするなよ。

 金なんかでお前の命が買えれば俺は本望だ。

 いざとなれば借金してでも金は用意する」


「聖さん、ありがとう……」


 そう言う沖田は両目に涙を浮かべていた。

 聖の沖田に対する気持ち。

 そして自分が助かる可能性が出て、

 沖田も生に対する執着心が出てきた。


 それから聖はすぐに自分の部屋に戻り、

 有り金全部を用意、更に局長の権藤に掛け合い、

 事のあらましを伝えた。


「そうか、ならば俺も金を用意するよ。

 悟は俺にとっても弟同然の存在だ。

 ただこれは非常に大事な話だ。

 だからギルドへ連れて行く隊士は厳選するんだ」


「嗚呼、分かっているよ」


 こうして聖は権藤の許可も得て、

 即金で30両(約510万円)を用意する事に成功した。



次回の更新は2025年9月24日(水)の予定です。


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― 新着の感想 ―
 悟が労咳と判明しましたが、この世界は魔法や不思議が存在します。  ここで冒険者ギルドが出てきて驚きましたが、なるほどと思いました。  ではまた。
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