第三百六十一話 滄桑之変(中編)
---三人称視点---
局長の権藤や東堂平助が江戸に向かい、
神剣組の壬生の屯所は、
三日ほど人が急に居なくなり、
がらんとしか感じになったが、
それも新規募集の張り紙を見てやって来た新入隊士によって、
緩和され、屯所内に直ぐに活気が戻った。
「ふむ、とりあえず人手不足問題は解消出来そうだな。
江戸からも新しい連中も来るだろうし、
部隊の再編が必要になりそうだな」
新入隊士を遠巻きに見ながら、副長の聖がそう言う。
すると聖の傍に立つ一番隊の組長――沖田悟が――
「それもそうですね、ところで江戸から来る人はどんな人物なんでしょうか?」
「平助の話だと、頭が切れて、剣の腕も立つ男らしい。
噂じゃ道場を開いているらしいから、
そいつが多くの門下生を引き連れて、
神剣組に合流する、という形になりそうだ」
「それは下手すると、隊が二派に分れませんか?」
「悟、お前もそう思うか?」
「ええ、現に清河や芹川さんの時にそうなったでしょ?」
「うむ、学のある奴ってのは、どうにも面倒だ」
聖は総長の山縣を思い浮かべて、そう言う。
「山縣さんは、相変わらずの腹痛ですか?」
山縣は池田屋の時は裏方に回り、
そして禁門の変の時は、腹痛を理由に出て来なかった。
最近でも体調不良という理由で業務を休んでいる。
「嗚呼。その癖、島原辺り出入りをしているらしいから、
相当、鬱憤を溜め込んでいるんだろう。
あの人をこれからどうするかも問題だな。
だが山縣さんは、試衛館時代からの仲間だ。
無理やり神剣組から、追い出す訳にもいかんし、
役職なしにする訳にもいかん」
「だったらいっそ閑職でも作ればいいのでは?」
沖田の言葉に聖が「ほう」と言って、目を細めた。
「それは名案だな」
「まあその閑職につける事自体が難しいんですがね。
でもあの人も居心地の悪さを感じながらも、
なんだかんだで神剣組に残ってますね」
「恐らく京に残れば、
いつかは名を挙げる機会が来る、とでも思っているのだろうさ」
かつては神剣組の頭脳的役割を期待されながらも、
山縣はその期待に応える事もなく、日陰に回っている。
聖としては、目の上のたんこぶが消える事を
有り難いと思う反面、少しばかりは山縣に対して、
残念と思う気持ちもあったのは事実だ。
「なかなか思うようにはいかんな」
「ええ、世の中そんなもんです」
「ふっ、悟にしては上手く言ったな」
「何ですか、その悟にしては、という言い方は!」
聖や沖田がそう思い悩む中、
気が付けば、十二月中旬に入り、権藤達が戻ってきた。
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権藤が連れてきた新たな人材。
その男の名は、伊郷甲子太郎と言った。
伊郷は色白の美丈夫で、学者肌のような男に見えた。
「どうも、初めまして!
貴方が一番隊の組長の沖田さんですか?」
「初めまして!
一応、一番隊の組長を務めている沖田悟です。
以後お見知りおきを!」
「私は局長の権藤さんにお仕えする為に、
わざわざ江戸から、この京へ来ました。
何分、若輩者ですが宜しくお願いします」
「……こちらこそ」
悪い男ではなさそうだな。
それが沖田が伊郷に対して、抱いた最初の印象だ。
だが副長の聖とは合いそうにないな。
見るからに知識人のこの男は、
聖が露骨に嫌うタイプの人間だ。
と、思いつつも、その言葉を胸にしまい込む沖田。
「伊郷さん、こちらに居ましたか」
そう言って寄ってきたのは、旅装を解いた東堂平助であった。
平助は伊郷を見事に勧誘した為、少しばかり上機嫌であった。
「東堂君、神剣組の鬼の一番隊の組長である沖田君には、
先に挨拶しておく必要があると思ったのでね」
「そうですね、普段はのほほんとしてますが、
剣を抜かせたら、悟は天才的ですからね」
「東堂さん、褒めても何も出ないですよ」
「ふふふ、では沖田君。 夜の宴会でまた会いましょう」
「……はい」
そう言って、伊郷は東堂と共に奥の部屋へ移動した。
「宴会か、権藤さんは喜びそうだけど、
聖さんはまたへそを曲げそうだな。
そのとばっちりは受けないようにしようっと」
そして夜の二十時過ぎに壬生の屯所内で宴会が開かれた。
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「さあ、伊郷先生、どんどんお飲みください」
権藤はそう言って、伊郷に酌をする。
「先生なんてとんでもない。
この神剣組の局長は権藤さんじゃないですか」
口ではそう言ってるが、
伊郷はまんざらでもない顔で応えていた。
「いやあ、実に愉快だ。
これで神剣組は更に強化されたであろう」
権藤は下戸だが、
この夜は無理して、杯についだ酒をドンドン飲んでいく。
権藤は神剣組の中心的存在だが、
元は江戸の田舎者、おだてや名声というものに非常に弱い。
伊郷という新しい装飾品を手に入れた事で、
自分、そして神剣組の格が上がる。
そんな俗物的な事を考えているのであろう。
これに対して、聖だけでなく、
原口や斎藤一二三が不機嫌顔を浮かべていた。
古参の隊士にとっては、楽しくない。
いやハッキリ言えば不愉快な宴会であった。
だから沖田は適当に料理に口をつけて、早々に退散した。
「沖田くん、少しいいかね?」
「はい?」
そう沖田を呼び止めたのは、山縣敬助であった。
「山縣さん、どうかされましたか?」
「いや伊郷さんも来たことだし、私の役目も終わり。
かな、と少し思ったまでさ」
「山縣さん、隊を抜けるつもりですか?」
「……丁度良い機会だと思っている」
「いえ、まだこれから隊がどうなるかも分からないし、
山縣さんのように教養のある人は、今後も必要となるでしょう。
ウチは腕が立つ人はいくらでもいますが、
教養や弁が立つ人は大して居ませんからね」
「それは今後、伊郷さんの役割となるでしょう」
「いえ伊郷さんと隊の関係がどうなるかも分からないですよ。
それに山縣さんは今や総長の身。
おいそれと辞めれる立場ではないですよ」
沖田がそう言うと、山縣がしばし沈思黙考する。
そしてやや苦笑を浮かべて――
「そうですな、今の発言は忘れて欲しい」
と、言って沖田の前から去って行く。
伊郷に加えて山縣の扱いにも困りそうだな。
だが隊が大きくなると、必然的にこういう問題が起きる。
でも自分は極力そう言う面倒とは無縁でいたい。
沖田はそう思いながら、
壬生の屯所を抜けて、夜の京の街へと繰り出した。
そして酒と女を存分に味わった。
次回の更新は2025年9月10日(水)の予定です。
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