第三百六十話 滄桑之変(前編)
---三人称視点---
「もう街が復興している。
京の住人の精神は、武士より逞しいかもしれん」
禁門の変が終わり、十月が嵐の如くに過ぎて、
迎えた十一月下旬。
復興しつつある京の街を見て、
神剣組の副長・聖歳三は思わず吐息を漏らした。
あれだけの騒動があったのに、
京の町民たちの逞しさに思わず感服する歳三。
だが神剣組もただ黙って時を過ごしていた訳ではない。
復興の最中に起こる小競り合いなどを止める為、日々見廻りに追われていた。
また長州の残党が何処かに潜んでいる、という可能性もあり、
彼等の仕事は減らなかった。
「それで平助は江戸に戻るのか?」
聖は合流した東堂平助と復興途中の町家を見ていたが、
そこで話題を変えた。 仕事が減らないのに、人手不足は解消されてない。
そこで、京の街では集まらない神剣組の隊士を、江戸で集めて来るという話になったのだ。
神剣組の活躍は、局長の権藤や聖が郷里に送っている手紙で伝わっている。
となれば、隊士になりたいという若者も少なからず居るであろう。
隊の給料も安定して入るようになったし、出来るだけ多くの若者を集めたいところだ。
「聖さん、千葉先生のやっている玄武館道場にも、俺は出入りしていて、
知り合いも結構居るから、方々で声を掛けて来ようと思ってます」
「うん、良い隊士をたくさん連れて来てくれ」
「任せてください」
すると聖は少しばかり渋面を浮かべた。
神剣組の知名度は上がってきたが、
如何せん人手不足だ。
とはいえその辺の浪人を無理矢理入れるという訳にもいかない。
過去にそれを実行したが、隊の規律が著しく乱れた。
また脱走者も多く、その都度、捕まえては制裁を加えていた。
だから誰でも良いから、隊士に加える。
という行為は権藤も聖も控えるようになっていた。
「しかし平助、一度江戸に帰ったら、
もう京に戻りたくなくなるんじゃないのか?」
聖はただ漠然とそう言ったが、
当の平助は、やや驚いたような表情を浮かべて――
「多少、そう思う事はありますよ。
池田屋やこの間の禁門の変でも、
この京を護る為、という大義の許に働きましたが、
でも俺の本当にやりたい事は、
警察官のような見回りや事件の捜査だったのか。
と、ふとした時に思う事はありますよ」
「そうか……」
平助の言葉に聖は短くそう答えた。
聖も平助の気持ちが分からなくもなかった。
突如、開国したジャパング。
そこから社会制度がドンドンと変わっていき、
大江戸幕府は絶対ではなくなり、
明日はどうなるか分からないという現状。
大きく変わる世の中に対して、どうやって生きて行くのか。
その答えを誰しもが模索しているかもしれない。
その結果として、京の街を焼き払うとう暴挙まで起こった。
だがそれは長州藩だけの問題ではない。
神剣組とて例外ではない。
京の治安を維持し、良き社会にしていこうと尽力してきた。
だが京の住人から嫌われ、気がつけば幕府の手下になっていた。
この矛盾に葛藤するのは当然な事とも言える。
「平助、俺も似たような事を思う事はあるよ。
この京の街にしても、今では俺達が最初に観た風景とは違う。
国中で騒動が起きて、どこもかしこも浮き足立っている。
あの薩摩がヴィオラールに負けたし、
ついこの間は長州も外国から攻撃を受けたとの噂だ。
正直言って、この先どうなるか、俺も皆目見当がつかんよ」
「聖さんもそう思ってたんですね。
それを聞いて少し気が楽になりました。
とりあえず頑張って、江戸の若い衆を引き抜いてきます」
「嗚呼、平助。 お前ならきっと上手くやれるさ」
「では俺はこれで失礼します」
「嗚呼、気をつけてな」
そして平助は江戸へ、聖は壬生の屯所へ向かった。
まずは水場で手と足を洗って、屯所の中庭へ向かった。
するとそこで局長の権藤とばったり出会った。
「おう、歳。 見回りご苦労さん」
「局長、お疲れ様です」
「まあちょっとここに座れや。
久しぶりに二人で話そうや」
「ハア……」
そう言って、権藤と聖は隣り合わせで縁側に座った。
「権藤さん、お茶でも飲みますか?」
「いやいらん、とりあえずお前と話したくてな。
しかしここのところは見回りばかりだな。
江戸から京に来て色々な事があったな。
京を護り、天皇を、将軍を護る。
だが実際はここに来た途端、清河が妙な企みをするわ。
隊に残ってみても、芹川さんと揉めるわ。
なかなか上手く行かなかったよな」
権藤の言葉に聖は「そうですな」と短く答えた。
「だがその一騒動の後は、
京の治安を護るという大義名分は果たせているが、
最近は色々と悩むよ。 長州の連中のやった事は赦せんが、
奴等もこの国の為に頑張っているんだがなあ。
それを幕府と相容れないから排除。
というのは個人的にも「なんだかなあ」とも思うよ」
聖や平助だけでなく、
局長の権藤も似たような悩みを抱えていたようだ。
案外、皆も思う事は同じかもしれない。
「権藤さん、俺も似たような事を考えてたよ」
「そうか、でもこの間の騒動では、
俺達が動いた事によって、天子と京の街を護れた。
そのこと自体は良いと思ってるよ」
そう言うと、権藤は縁側から立ち上がった。
「せっかく江戸に戻るし、なんか歳の好きな物でも
土産として買ってこようか?」
「そうだな、じゃあ江戸の何か美味い物を頼みます」
「うむ、色々買って来るよ」
こうして十二月五日、権藤が数名の隊士を引き連れて、
武家伝奏の坊城俊克の警護として、
江戸に向かった。 その前に東堂平助も出発しており、
壬生の屯所は急に人が足らない感じになった。
「平助の勧誘に期待するか。
そして部隊を再編成して、有事に備える」
だがこの後、平助が連れて来る人物が大きな問題を起こす事になる。
尤も聖にそんな事が分かる筈もなく、
彼は屯所内に残った隊士と共に剣の稽古に励むのであった。
次回の更新は2025年9月6日(土)の予定です。
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