第三百五十八話 怒涛の消防
---三人称視点---
ロザリーの天候操作魔法によって、
燃え盛る炎の大多数が消火された。
だがまだ完全に炎が消えた訳じゃない。
そこで自ら名乗り出たのが黒のレッキスの雄兎人。
大魔導師のラッピー・ラビンソンだ。
ラビンソンは、身につけた青いケープマントを翻して、
自信満々な声で叫んだ。
「天知る、地知る、兎も知る。
京の大惨事を救うべく現れた小さな天才大魔導師。
それがボク様――ラッピー・ラビンソンである」
「ちょっとラビンソン卿。
前置きはいいから、早く消火して頂戴」
「リーファくん、こういうのは雰囲気が大事なのよ。
ふ・ん・い・きがね!」
「ウザ……」
「ん? リーファくん、何か言ったかね?」
「いえ……」
「まあ良いだピョン、ではボクの力をとくとお見せしましょう!」
「……」
相変わらずのウザさにリーファだけでなく、
他の仲間も閉口していたが、
当の本人は満足そうであった。
だが彼はウザいだけではない。
その魔法の実力は、間違いなく超一級品であった。
「我は汝、汝は我。 母なる大地ハイルローガンよ!
我は大地に祈りを捧げる。 母なる大地よ、我が願いを叶えたまえ!」
ラビンソンが呪文を唱えると、
その周囲に尋常でない魔力が生じた。
ラビンソンの周囲の大気が激しく振動していたが、
当の本人は余裕の表情で、呪文を更に唱えた。
「そして天の覇者、氷帝よ! 我が身を氷帝に捧ぐ!
偉大なる氷帝よ。 我に力を与えたまえ!」
ラビンソンはそう言って、両腕を頭上に掲げた。
座標地点は、京の街の中心部。
速度は最大、威力は低め、但し範囲は最大限。
そして両腕を頭上に突き上げながら、
ラビンソンは大声で叫んだ。
「――絶対零度ッ!!」
すると京の中心街の大気が激しく揺れた。
そして瞬間的にその周辺の気温が一気に低下した。
雨粒が一瞬で凍りつき、
燃え盛っていた炎もあっという間に消火された。
放っておけば、間違いなく大惨事になったであろう大火事が
たった一匹の獣人のたった一回の魔法で全て消火された。
これには味方であるリーファ達も驚いた。
「凄い、凄いとは思っていたけど、
まさかたった数十秒でこんな芸当をするなんて!」
「リーファちゃんと同じ意見だわ。
正直、うさぎさんの事を侮っていたわ」
「ただのウザキャラじゃなかったのね」
同じ兎人のロミーナも驚きを隠せなかった。
その声を聞いたラビンソンは、
ドヤ顔で右手でサムズアップした。
(((やっぱりウザい)))
三人とも同じ事を思ったが、
今回は彼の功績に眼を瞑り、心で思うだけにした。
「ウーン、大体は消火できたようだね。
残りは水属性魔法を放水するだけで、
何とかなりそうピョン」
「そうね、何とかなりそうね。
あっ、神剣組の人達がこっちに向かってるわ」
気が付けば、局長の権藤と副長の聖。
そして一番隊の組長の沖田がこちらに歩み寄って来た。
それに対して、リーファ達は、
思わず身構えたが、神剣組の三人は、
リーファ達に向かって、大きく頭を下げた。
「えっ?」
「君達の働きによって、
京の大火事は未然に防がれた。
君達が、京の危機を救ってくれた。
神剣組の局長、そして京を愛する者として、
礼を言わせてもらう、本当にありがとう!」
局長の権藤は、ふと柔らかく目を細め、深く礼をした。
予想外の行動にリーファ達も戸惑っていたが、
バリュネ大尉が一歩前へ出て――
「頭をお上げ下さい。
我々も今では京の住人です。
その街のために尽力を尽したまでですよ」
「……君達がどのような意図を持って、
この京に滞在しているかは分からんが、
今夜の出来事に関しては、深く感謝するよ。
出来れば今後も友好な関係でいたいものだ」
と、権藤。
「ええ、私もそう願います」
「俺も礼を言っておくよ。
だが今後の出方次第では、
また争う事になるかもしれんが、
そうならないように願いたいものだ」
ぶっきらぼうにそう言う聖。
「まだ完全に火事が鎮火した訳じゃないですよ。
権藤さん、聖さん、消火の続き。
それと住民の誘導と敵に対する追い込み。
とやる事は山ほど残っています」
「悟、そうだな。
では歳、俺達も持ち場に戻ろう」
「嗚呼……」
そう言って権藤達は踵を返して去って行った。
その後ろ姿を見て、リーファが呟いた。
「神剣組か、そんなに悪い人達にも見えないわね」
「確かに、でも状況次第では、また争う事にもある。
それがあーし達に与えられた役割よ」
「とりあえず我々も消火を手伝いませんか?」
バリュネ大尉の提案に全員が無言で頷いた。
こうして長州によって発生した火事は、
リーファ達の活躍によって鎮火された。
損害として戸数五千五百が燃えたが、
もし鎮火が遅れていれば、
その数倍以上の被害が出ていたであろう。
しかし、その鎮火のの間も権藤を先頭に神剣組は逃げた長州勢を追った結果、
二十一日には首謀者の一人である真木和泉ら十数名を天王山に追い込むことに成功。
その真木達は八方塞がりとなり、最後には集団自決した。
「今回は武運に恵まれなかったな。
だが京の街を未然に防ぐ事は出来た。
それで良しとしておこう」
局長の権藤がそう言った。
天子を奪えず敗走する長州軍。
そして特に見せ場のなかった神剣組。
どうやら今回は武運に恵まれなかったようだ。
神剣組は二十四日に壬生へ帰営。
こうして禁門の変は、
長州軍の敗北という形で終幕を迎えた。
次回の更新は2025年8月30日(土)の予定です。
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