第三百五十六話 禁門の変(中編)
---三人称視点---
池田屋事件以降、リーファ達は暇をしていた。
特に事件らしい事件も起きず、
アスカンテレス王国の密偵から情報を聞かされたが、
特に重要と思われるものはなかった。
だが数日後に事態は急変した。
長州軍が束になって、この京に攻め込んで来たのだ。
挙げ句の果てには、御所の天子――天皇を誘拐する。
などといった情報がリーファ達の許にも届いた。
そして文久四年(聖歴1758年)10月19日の正午過ぎ。
いつものように寺田屋の二階の男子部屋に集まり、
リーファ達は、座布団に正座、あるいは胡座をかいて、
この一連の騒動について、真剣に語り合った。
「いつものように念の為にエレムダール大陸の共通言語で話そう」
ロザリーの提案に全員が首を縦に振った。
「バリュネ大尉、今回の件は長州藩が暴走して、
京に攻め入り、薩摩、会津、大垣、越前などの諸藩軍と
戦闘を開始した、と考えたら良いのでしょうか?」
「リーファさん、その通りですが、
今回の戦いは先日の池田屋とは違い、
大規模なものとなるでしょう」
と、バリュネ大尉。
「アイツら、神剣組はどう動くのだ?」
「シュバルツ元帥、彼等も一応は参戦するようですが、
彼等の隊士の数からして、大きな戦いには参加出来ないでしょう」
「ピョーン、この間の池田屋事変で、
神剣組は名を挙げた、との噂を最近よく聞くけど、
実際は違うのかな?」
「ラビンソン殿、ある程度は正しいです。
ですが幕府は神剣組を軍隊でなく、
警察組織として称えたとの話があります。
それに対して、局長の権藤や副長の聖が
強い不信感を抱いている、との噂もあります」
「それは彼等も不服でしょうね。
警察扱いという事は、
軍隊以下の扱いになりますよね。
噂じゃ与えられた地位も下士程度のものだったとか」
アストロスの言葉にバリュネ大尉が「ええ」と頷く。
「ですのでこの戦いにおいては、
神剣組の士気はそれ程高くないでしょう。
でも天子――天皇を護る。
という名目の為にも彼等も参戦せざるを得ないでしょう」
「その天皇という存在は、
この国ではそんなに大きな存在なの?
正直、アタシはイマイチその重要性が分からないだわさ」
「ボクもおんなじ様な感想です。
我々の大陸で考えたら、王様や皇帝。
のような存在と考えれば良いのでしょうか?」
ロミーナとエイシルの言う事も理解出来る。
だからバリュネ大尉は、
二人の質問に対して、丁寧に答えた。
「そうですね、エレムダール大陸で考えたら、
王様、いや皇帝のような存在、それがこの国の天子です。
ですがこの国においては天子は、
我々の大陸の王や皇帝以上の存在とも云えるでしょう」
「フウン、じゃあオイラ達も頃合いを見て参戦すれば、
大江戸幕府に大きな恩を売れるのじゃ?」
「いえ、ジェイン殿。 事はそのように簡単じゃありません」
「……どんな風に難しいの?」
「ジェイン殿、そして他の方々もよく聞いてください。
今回の戦いは、長州軍、そして諸藩軍も天子を奪う。
あるいは護る為の戦いです。
我々の大陸で考えたら、サーラ教皇をかけての戦い。
と考えてください、そのような戦いに我々が
参戦すると、色々と問題が拗れる可能性があります。
ですので私個人は、この戦いは様子見と行きたいところです」
バリュネ大尉の言葉にリーファ達もしばらく押し黙った。
サーラ教皇を巡る戦い。
そう考えれば、事の重大性がよく分かった。
確かにそんな重要な戦いに、
他大陸の勢力が絡めば、色々と問題が起きるであろう。
「確かにそれが良いかもしれませんね」
「嗚呼、俺も主と同じ意見だ。
これは下手に関われば、国際問題になりかねん」
「あーしも元帥と同じ意見だよ。
こりゃ参戦しても益がなさそう。
でもその反面、大きな恨みを買いそう。
と、旨みのない話になりそう」
と、ロザリー。
「ええ、私もそう思いますよ。
では皆様も今回は様子見する。
という事で宜しいでしょうか?」
バリュネ大尉の提案に皆が無言で頷いた。
こうしてリーファ達は、
この戦いに参戦する事無く、
外野から事の成り行きを見守る事となった。
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文久四年(聖歴1758年)10月20日の正午過ぎ。
神剣組は、かねて京の道具屋に命じて具足を用意させていた。
戦いの際には、助勤以上の者が着る。
という隊の決まりに則って、
局長の権藤や聖や各隊長達も具足を着用していた。
この際に助勤で出雲浪人の武澤観柳齋という男が
一同を指導して、具足の付け方などを丁寧に教えてくれた。
この武澤という男は、
事あるごとに権藤を褒め称えた。
見え見えの胡麻擂りであったが、
権藤も田舎の成り上がり者。
そのようなおだてに弱い部分が確かにあった。
聖は武澤が権藤に媚びうる様を横目に、
不機嫌になりながら、具足を着込んで、
陣羽織を羽織り、兜は後ろにはねあげた。
「ふむ、馬子にも衣装ですね」
「悟、それは褒め言葉じゃないぞ!」
「ええ、褒めてませんよ」
「……ふんっ」
沖田達、各組長、また助勤の者は、
具足を装着して、隊の制服羽織を羽織っていた。
「皆、準備は良いか?」
聖の言葉に周囲の者達が「はい」と返事する。
平隊士は、鎖帷子を着込んで、
その上から隊の制服羽織を羽織っていた。
鉢金をかぶった者。
あるいは鉢巻きをつけた者。
といったように個人によって、少し格好が違った。
だが聖は特に咎めるような真似はせず、
「うむ、良いだろう」と満足そうに頷いた。
「ではいざ出陣!」
「おう!」
天子――天皇が住む京の地を火の海にする訳にはいかない。
神剣組は局長の権藤が陣頭指揮を執り、
途中で会津藩と合流、そして先に戦っていた大垣藩兵を援護した。
「行くぞ、容赦なく斬れっ!」
「おう、切り捨て御免っ!」
あちこちで怒号が飛び交う中、
神剣組の各隊長、隊士達も刀で敵を斬り捨てていく。
すると長州軍が不利と見て撤退を開始。
その勢いのまま、諸藩軍と神剣組は斬り込むが、
その時「ドーン」と、京の街に大砲の音が鳴り響いた。
次回の更新は2025年8月23日(土)の予定です。
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