第三百五十三話 勝ち逃げ
---三人称視点---
間合いを詰めたリーファは、
左構えから渾身の左ストレートを打つ。
その直後、リーファの左拳が聖の鼻に命中。
「ぶほっ……」
呻き声と共に聖の鼻から赤い鮮血が周囲に飛び散った。
そこからリーファは、左ボディフックで聖の右脇腹を狙う。
これが決まれば、リーファの勝利が確定される。
筈であったが、次の瞬間、リーファの左拳に激痛が走る。
「う、う、うっ!!」
聖が刀を持った右腕を下げて、
咄嗟に刀の鍔でリーファの左拳を受け止めたのだ。
鈍い衝撃と共にリーファは苦悶の表情を浮かべた。
――左拳はもう使えない。
――でも両足はまだ使える。
リーファは激痛に耐えながら、
身体を捻って渾身のローリング・ソバットを繰り出した。
リーファは軽く舞うように、
綺麗な軌道で左足で聖の胸部を蹴り抜いた。
「ぐ、ぐはぁぁぁっ!!」
聖は声にならない声を上げて、
後方に十メーレル(約十メートル)ほど、吹っ飛んで、
背中から地面に倒れ込んだ。
左拳はやられたが、
とりあえずなんとか「戦乙女の舞」は成功した。
「お嬢様、今のうちに左手に回復魔法を!」
「……アストロス、了解したわ。
――ディバイン・ヒールッ!!」
リーファは咄嗟に短縮詠唱で、上級回復魔法を唱えた。
それによって眩い光がリーファの左拳に宿り、
傷ついた皮膚や骨を綺麗に治癒した。
その一方で聖も地面から半身を起こして、
左手を胸部に当てながら、上級回復魔法を唱える。
「――上級治癒魔法っ!」
次の瞬間、眩い光が聖の身体を包み込んで、
顔面と胸部に受けたダメージを瞬く間に治癒した。
「……ハア、ハア、見た目は御令嬢みたいだが、
これはとんでもないじゃじゃ馬だ。
女子が素手で男を殴り、
挙げ句の果ては、回し蹴りを繰り出すとは……」
そう言いながら、聖は立ち上がって、
左手で胸部を押さえつつ、再び右手の刀を構えた。
どうやら聖の闘争心に火をつけたようだ。
だがここで新手が現れた。
局長の権藤勇が十数名の隊士を引き連れて、
この場に現れて、その双眸で周囲を見渡した。
「歳、お前さん。 何してるんだい?」
「……局長、ちょいと色々あって、
この京に巣くう南蛮人とやり合ってました」
「はあ~、お前さんは状況を理解しているのか?
今夜は我等、神剣組の名を上げる
一世一代の大勝負なんだぞ?
相手はあくまで長州、土佐の者達だ。
それを得体のしれない西洋人とやり合って何の意味がある?」
権藤は呆れ気味にそう言うが、
聖はニヤリと笑って、返事する。
「……つい熱くなってしまってな。
でもコイツ等、相当腕が立つよ。
それにあの女を見てみなよ、西洋のとんでもない美女だよ」
「確かに凄い美人だ、だが今はそんな事はどうでもいい。
一部の長州、土佐の者達が逃げ出した。
追い打ちを掛けたいし、
この周辺に残っている志士に止め、あるいは捕縛したい」
「分かったよ、権藤さん。
アンタが局長だ、オレは副長、アンタの言葉に従うよ。
沖田、原口、悪いがこの喧嘩はここまでだ」
「……分かりました」「了解です」
「……悟、あの女中は見逃してやれ。
女子供を斬るのは、やはり性に合わん」
「……はい」
そして聖は再びリーファに視線を向けた。
言葉は通じないが、聖はあえて言いたい事を言う。
「今日の所はこれまでにしよう。
だが女、貴様の剣と戦い方は気に入った。
なので貴様の名を聞きたい。
ちなみにオレの名は聖歳三、ひ・じ・り・と・し・ぞ・う」
「名を名乗れと申してますよ」
と、バリュネ大尉が通訳する。
するとリーファは不本意だったが、
一応礼儀として名乗り上げる事にした。
「リーファ・フォルナイゼン」
「良く聞き取れんな。
リーファが名前なのか?」
「……そうですよ」
またまた通訳するバリュネ大尉。
すると聖はリーファを見据えて、ニヤリと笑う。
「今日は貴様の勝ち逃げを赦してやろう。
だが次に会った時はこうはいかんぞ。
でも貴様とはまた何処かで会える気がする。
良し、皆の者。
この場は一旦退くぞ、動ける者で長州、土佐の連中を追うぞ」
聖の言葉に周囲の隊士達も大人しく従った。
その後ろ姿を見て、リーファがバリュネ大尉に問うた。
「……あの男は何て言ってましたの?」
「今日は貴様の勝ち逃げを赦してやろう。
でも貴様とはまた何処かで会えそうな気がする。
……との事です」
この言葉を聞いて、リーファは両肩を竦めた。
正直、あの聖という男は嫌いだ。
なんかいやらしい目でこちらを見ていた。
あまり関わりたくないが、
今後の任務を考えたら、そうもいかないであろう。
「それじゃ今夜はお言葉に甘えて、
このまま勝ち逃げさせてもらいましょう。
皆、このまま退くわよ」
リーファの言葉に従い、
周囲の仲間は無言で頷いた。
そして再び木の上に飛び乗った。
「京の街が燃えてますね」
「アストロス、でもこれで終わりじゃないわ。
恐らくここからもっと激しく燃え盛るでしょう」
「我々はどう動くべきでしょうね」
と、シュバルツ元帥。
「上層部の意思を確認する必要がありますね」
「そうね、とりあえずこの場から去りましょう。
私達の見た目はこの京では目立つでしょうし」
その後、リーファ達は木の上や家屋の屋根などを
つたって、この場を後にした。
こうしてリーファ達と神剣組による最初の戦いは終わった。
次回の更新は2025年8月13日(水)の予定です。
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