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第三百五十一話 壬生の狼(中編)



---三人称視点---



 見慣れぬ構えに少し警戒心を高めるリーファ。

 神剣組しんけんぐみの副長・聖歳三ひじり としぞうは、

 隊の中でも古参の幹部かつ天蓮理心流てんれんりしんりゅうの使い手だ。


 天蓮理心流てんれんりしんりゅうは相打ち覚悟の剣術でもある。

 相手に対してわざと隙を造り、

 そこに相手を引き込むという剣術だ。


 天蓮理心流てんれんりしんりゅうの平晴眼の構えは、

 身体をやや半身にして、剣先を相手の左眼に迎えて構える。


 剣先は相手の正中線から外れているので、

 相手は間合いの中に入りやすく攻撃もしやすくなる。

 しかし相手がどんな構えで攻撃してきても、

 後の先で相手を倒す、それが相打ちの構えなのだ。


 ――能力値ステータス的にはこっちが断然優位。

 ――だがこの連中は予想外の構えや剣術を使うわ。


 ――そして今の相手は、その連中の中でも親玉に近い存在。

 ――ここでこの男を叩き潰せば、

 ――私も株も上がり、仲間の士気も上がるでしょう。


 ――だが攻めやすそうで、攻めにくい。

 ――隙がありそうで、隙はないわ。


 リーファはそう思いながら、聖の出方を伺う。

 対する聖は非常に落ち着いていた。


 かつては局長の権藤や一番隊の組長の沖田と共に汗を流し、

 剣を振る毎日を送っていたが、

 神剣組しんけんぐみが組織として、

 肥大していくと、隊における聖の位置づけは、

 剣士より軍師ぐんし的な役割が増えた。


 聖もその事には不満はなかった。

 元々、ムラっけのある性格で、

 竹刀や防具を使用した試合はあまり得意としなかった。


 彼の剣はどちらかといえば、実戦向きだ。

 それも血で血を洗うような戦い。

 今まさに行われているこの一騎打ちでこそ、

 彼は闘志を燃やし、相手を斬り捨てる。


 だが彼も――聖も一騎打ちの実戦はかなり久しぶりだ。

 おまけに分析結果でリーファのとても高い数値を目の当たりにした。


 だからこの場においては、

 聖も少し――いやかなり慎重な動きでリーファの様子を見た。


「良い構えね」


 リーファはそう云って、聖剣を大きく上段に構えた。

 その目はまるで獲物を狙う女豹めひょうのようだ、


「――イーグル・ストライクッ!」


「――諸手突きっ!」


 聖は全身の力を使って、

 下から突くような渾身の突きを繰り出した。


 その突きは非常に鋭かったが、

 リーファも咄嗟にヘッドスリップして、

 何とか回避するが、彼女の髪が何本か宙に舞った。


 その見事な金色こんじきの髪が飛散する姿を見ながら、

 聖はやや口の端を持ち上げた。


「綺麗な髪だ。 こんな髪は日本人にほんじんとは無縁だ。

 よく見ると気品のある顔立ちだ。

 もしかして外国の貴族か、何かなのか?」


 聖という男は凄腕の剣客けんきゃくでもあったが、

 それと同時に無類の女好きであった。


 彼の好みは美醜より、女性の分際ぶんざい

 身分を何よりも大事にしていた。


 少々変わった趣味だが、

 元は大江戸の外れの田舎出身者。

 それ故に高貴な身分の女性に恋い焦がれたのかもしれない。


 その粘ついた視線を感じて、

 リーファは嫌そうな顔をして、

 右手に持った聖剣の切っ先を二度、三度振った。


「その嫌そうな顔もまた良い。

 良いだろう、その顔をもっと歪めてくれよう」


 聖はそう云って、剣先を下に向けて、身体側に沿わせる。

 相手の攻撃を受け成して、

 反撃を狙う構え――山陰やまかげの構えだ。


「これは先程、見せた構えね。

 狙いは恐らく返し技ね」


 リーファはそう独りごちながら、

 両手で聖剣の柄を握りながら、同じように下段に構えた。


「……」


「……」


 お互いに無言で睨み合う中、

 まずは聖が摺り足で前に数歩進んだ。

 

 それと同時に下に向けた剣先をリーファの右足に

 狙いを定めて、剣を振るうが、

 リーファも似たような構えから下段斬りを放つ。


 刀と聖剣が衝突して、

 やや力負けしたリーファは僅かに後ろに下がった。

 その間隙を突くように、聖が動いた。


天蓮理心流てんれんりしんりゅう――龍尾剣りゅうびけん


「くっ……ダブル・ストライクッ!」


 龍尾剣りゅうびけんは、先程、沖田が使ったように、

 神剣組しんけんぐみの幹部のみで共有する独創的技オリジナル・スキルだ。


 苦し紛れに二連突きを放ってきたリーファの聖剣の切っ先を

 絶妙のタイミングで刀のつばで受け止めた。

 そして摺り上げて上段から相手の胴を斬る。

 という先程の沖田と同じように技を繰り出した。


「ぐ、ぐ、ぐはあああァァァッァアァァ!」


 流れるような返し技が決まり、

 リーファの胴体から赤い血が周囲に飛び散った。

 だがリーファもここで耐えた。


 後ろに数歩下がって、

 胴体の傷口に左手を当てて――


「――ディバイン・ヒールッ!」


 傷口に直接、左手を当てた事により、

 上級回復魔法の効果が高まり、

 切り裂かれたリーファの胴体の傷を直ぐに癒やした。


 だが切り裂かれた黒のレオタードから、

 リーファの白い肌が僅かだが見えていた。


 このバレエ用のレオタードは非常に動きやすいが、

 防御力という観点からすれば、

 少々、心許こころもとないわね、と内心で呟くリーファ。


「ほう、綺麗な白い肌ではないか」


 何を云っているかは分からないが、

 粘ついた聖の視線を受け止めて、

 リーファは心底嫌そうに眉根を寄せた。


 ――嫌らしい目つきね。

 ――何か凄く嫌な気分になるわ。


 ――でも剣士としては超一流。

 ――これは覚悟を決めなくちゃね。


 そう胸の中で呟いて、

 リーファは両手で聖剣の柄を強く握りしめた。


次回の更新は2025年8月6日(水)の予定です。


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― 新着の感想 ―
 リーファと聖の戦いは続きますね。  分際って地位を意味するのか。今では蔑称になっているし、時代によって意味が違いますからね。  魔法は共通してますが、文化の違いが明確なのが面白いです。ではまた。
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