第三百四十四話 池田屋事変(後編)
---三人称視点---
「うおおおっ! 死ねえっ!!!」
吉田鴇麿が手にした長槍で
一番隊の組長の沖田悟を狙い打つが、
沖田は身軽な動きで、その突きを回避。
「遅いですねっ! ――二の太刀っ!」
沖田はここで初級の刀術スキルを放つ。
二の字を書くように薙ぎ払いを繰り出す刀術スキルだが、
単純な技なので、いかなる局面でも使い易い。
「ぎ、ぎゃあああぁぁぁっ!」
沖田の二の太刀が決まり、
吉田の首筋と腹部に綺麗な刀傷が刻まれた。
敵側の尊王攘夷志士も勇敢に戦ったが、
相手は神剣組、更には数の上でも、
武器の面でも不利は拭えなかった。
「――この幕府の狗共がっ!」
「狗は狗でも只の狗ではない。
我等は猟犬、故に大人しく狩られよっ!」
「チッ……田舎者の成り上がり集団がっ!
貴様等のような連中がこの国の発展を止めているのだ」
「――諸手突きっ!」
局長の権藤が神速の速さで、
渾身の突きを繰り出して、眼前の志士の喉元に命中。
「ぐ、ぐはぁぁぁっ!」
会心の一撃が決まり、
喉元を突き刺された志士は、無様に廊下に転げた。
局長の権藤はその姿を冷めた眼で見て、独りごちた。
「貴様等の思想は所詮、建前だ。
この幕末の動乱に生じて名を上げたいだけだろう。
それを悪いとは云わぬ。
だが神剣組の目が黒いうちは、
この京での蛮行は赦さぬっ!」
「局長、大丈夫かっ!」
副長の聖が階段を駈け上がって、二階まで上がって来た。
「歳か、状況はどうだ?」
「基本的に我等が有利だが、平助が斬られて重傷だ。
全員を斬り倒すのは少々厳しいな。
何とか相手の戦意を削ぎたいところだ」
「歳、悟とニャンパチくん。
それと原口を連れて、池田屋の裏口に出よ。
逃げる志士を確実に始末、あるいは捕縛せよっ!」
「局長、了解した」
副長の聖は局長の命令に従い、
一、二番隊の組長と十番隊の組長の原口を引き連れて、
池田屋の裏口に出た。
夜も二十二時を過ぎていたので、
池田屋の周辺にも殆ど人影はなかった。
「これはもう我等の勝利は確定ですね」
「悟、油断するんじゃない」
「聖さん、油断ではありません。
私は事実を述べたまでです」
「沖田クン、それでも注意は払うべきニャ。
敵を逃がすと少々面倒になりそうニャ。
また余計な目撃者も始末した方が良い」
と、ニャガクラ組長。
「……あそこに池田屋の若い女中が居ますな」
十番隊の原口が両手に持った長槍で前方を指すと、
その先には身体を震わせた若い女中が立っていた。
「アレは只の女中だろう。
わざわざ口封じする必要もなかろう」
「聖さんの言う事も一理ある。
だが我々は既にこの場における勝者となった。
この先に考えるべきは、今後の神剣組の行く末。
故にここで見物人に変な証言をされたら困る」
そう言う沖田の双眸がすうっと細められた。
いつものようなつかみどころのない陽気な様子はなく、
沖田は冷徹な処刑人のような雰囲気を漂わせて、
数歩前に歩み出て、若い女中に迫った。
「悟っ! 我等は剣客集団だ。
男は斬っても、女を斬る剣は持ち合わせてない」
「私も基本的には聖さんと同じ考えですよ。
でも今日の討ち入りは、只の討ち入りではない。
我々、神剣組の未来が変わる戦いだ。
そして私はその為なら鬼にも修羅にもなるっ!」
沖田は覚悟を決めて、更に前へ進む。
と思った矢先に近くの家屋の木の上から、
沖田に向かって、炎雷が放たれた。
「――フレイムボルトッ!」
凜とした女性の声が聞こえるなり、
沖田の足下に炎雷が着弾した。
だが沖田も咄嗟に後ろに飛んで炎雷を回避した。
「……何者だっ!」
「悟、上だっ! 木の上に数名の人影が見えるぞっ!」
聖がそう叫ぶと、沖田達が木の上へ視線を向ける。
するとそこには仮装したリーファ達の姿が見えた。
沖田の視線に気付いたリーファ達は、
木から飛び降りて、両足から地面に着地。
そしてバリュネ大尉が数歩前へ出て日本語で語りかけた。
「あの女性はあくまで池田屋の使用人に過ぎません。
ですからわざわざ貴方達が手を下す必要はないでしょう」
「うおっ……驚いた~。
聖さん、この男性、日本語を喋ってますよ」
「嗚呼、恐らく南蛮人の特使であろう」
「言葉が通じるなら、
彼女に手を出すのは止めて頂けますか?」
「……」
バリュネ大尉の言葉に、
沖田や聖を初めとした隊士達は暫し黙り込んだ。
それから間もなくして沖田が微笑を浮かべた。
「良いでしょう、彼女に手をかけるのは止めます。
その代わりに――」
沖田はそう言って、刀を鞘から抜いた。
「代わりに貴方達に相手を務めてもらいますよ。
このような現場に顔を出すという事は、
いざとなったら貴方達も戦うつもりだったのでしょう」
「……私はあなた方と争う気はありません」
「それは貴方の理屈だ。
私やここに居る隊士は、神剣組の剣客。
横からしゃしゃり出てきた連中を
何もせずに帰す程、呆けてませんよ」
「……」
『バリュネ大尉、相手は何と言ってるのですか?』
と、リーファ。
『剣を抜け、と云ってます。
ここは隙を見て逃げますか?』
『それは難しいでしょう。
そして私も逃げるのは性に合いません。
ここは一度、剣を交えてみましょう。
そうすれば神剣組の事も少しは分かるでしょう』
バリュネ大尉としては、
無益な争いはしたくなかったが、
そうも云ってはいられない状況のようだ。
だから彼も覚悟を決めて、周囲の仲間に声を掛けた。
『仕方有りません、ここは手合わせしましょう。
リーファさん、アストロスさん、シュバルツ元帥。
あなた達も剣を抜いてください』
バリュネ大尉がそう言うと、
リーファ達もそれぞれ右手に武器を持った。
その姿を見て、沖田は再び微笑を浮かべた。
「それで良いのですよ、
さあ、聖さん、ニャガクラ組長、原口さん。
我々も剣を抜きましょう」
沖田がそう言うと、
他の隊士達も小太刀や太刀、長槍を構えた。
どうやら神剣組もやる気のようだ。
こうなればリーファ達も退けない。
そして各自、武器を構えながら摺り足で間合いを詰めた。
こうして血で血を洗う戦いが始まろうとしていた。
次回の更新は2025年7月9日(水)の予定です。
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