第三百四十話 神剣組、動く(後編)
---三人称視点---
壬生村の筆頭郷士である八木源之丞の屋敷が、
壬生浪士組こと神剣組の屯所である。
その邸の庭の近くにある奥の間にて、
神剣組の幹部達が顔つき合わせいた。
「頭数は揃ったようだな」
局長の権藤勇は、そう言って奥の間に居る隊士達を見据えた。
副長の聖に、沖田、原口左之助。
観察の山崎に、島田や川島といった隊員までもが居た。
「ほんの数時間前に、
とある筋から情報を入手したが、
枡屋の主人・枡屋喜右衛門は、
長州系の中でも力を持つ古高俊次郎の化けた姿である。
という話を聞いた」
するとこの場に居る隊員も思わずどよめいた。
そんな中でも副長の聖は落ち着いていた。
「局長、その話は本当ですかね?」
「歳、紛れもない事実だ」
「局長、その歳という呼び方は止めてくれないか?
と何度も言ったよな?」
「そうだったな、では聖君、君ならどう動く?」
権藤の問いに聖はしばし考え込む。
ここで古高を捕縛、あるいは斬り捨てたら、
神剣組の名は上がるが、リスクも孕んでいる。
だがこういう好機は何度もあるものじゃない。
このまま京の見回り隊で終わるのか。
それは嫌だ、絶対に嫌である。
この気持ちは恐らく他の隊員も同じであろう。
だから聖は覚悟を決めて、自分の意見を権藤に伝えた。
「ここは古高の身柄を押さえるべきであろう。
これは神剣組にとっても大きな見せ場だ。
だから局長、アンタが現場を直接指揮するべきだ。
俺はここに残って留守を預かろう」
「分かった、そうしよう」
局長に同行する者は、沖田悟、ニャガクラ組長。
そして原口左之助、その他に二十数名の隊員が動いた。
枡屋に着いた頃には、とっくに日が暮れていた。
そこで局長――権藤は隊士を四つに分けて、
無明小路を包囲するように隊士を配置。
「――良し、行くぞっ! 全員、覚悟を決めろっ!」
局長の言葉に周囲の隊員が無言で頷く。
まず平の隊士に枡屋の戸を叩かせる。
やや間を置いて、戸が開かれた。
戸を開けたのは、二十半ばくらいの男の使用人。
そして近藤はその使用人に峰打ちを喰らわせて、
一人で枡屋の中へ飛び込んだ。
屋内の様子は薄暗かったが、
事前に情報を得ており、権藤は部屋の間取りを理解していた。
二階の階段を駆け上り、
襖を開けて、古高が寝ていた八畳の間に踏み込んだ。
古高は既に蒲団の上で眠りについていた。
そこで権藤は枕元に立ち、古高の名を呼んだ。
「――古高俊次郎!」
「……だ、誰だっ!?」
権藤の声で古高も目を覚ました。
そして眼前に立つ男を見るなり、背筋がゾクりとした。
「古高俊次郎、貴様はこの枡屋の主人に化けて、
浪人などを集めて、この京で謀反を企ててると聞き及んだ。
よってこの私が貴様の身柄を押さえるっ!」
「……アンタ、一体何者だ?」
古高は急な事態にも意外と落ち着いていた。
この男もまた修羅場をくぐり抜けてきた志士。
ここで動揺したら、相手の思うつぼだ。
そう思い古高は、真っ直ぐした視線で眼前の男を見据えた。
「私は神剣組の局長――権藤勇だ!」
「アンタが……いえ貴方が噂に名高い局長の権藤さんか!」
すると古高は暫しの間、沈思黙考して――
「良いでしょう、身支度をします。
私は潔白なので、逃げる必要などありません」
「……では身支度を早く済ませてください」
古高は寝間着から、紋服に着替えて、髪を整えた。
「ではついて来てください」
「はい」
このやり取りの間に、一階の廊下を捜索していた沖田と原口が
古高の同士の名を連ねた連判状を発見した。
権藤は古高を神剣組の屯所まで連行して、
屯所内の牢屋に入れた。
その後、隊士による古高への執拗な拷問が続いたが、
彼は頑として何も漏らさなかった。
翌々日の文久四年(聖歴1758年)10月7日。
古高は牢屋から引き出されて、刑死した。
だが既に古高の連判状によって、
反乱勢力の構成員の名は明らかになっていた。
神剣組、その支持母体である会津藩。
所司代、町奉行の探索及び捜索の結果、
三条界隈の旅館に多数の浪人が宿泊している事が判明。
その中でも旅館・池田屋がその集団の動きの中心となっていた。
尚、その池田屋には、薬屋に変装した監察の山崎が宿泊していた。
山崎の情報によると、その集団の大半が長州弁であったとの話。
また何人かは土佐弁を話しており、土佐の連中も混じっているようだ。
監察の山崎から――
「既にその一派は古高が囚われた事を知っている模様」
という報告があって、
局長の権藤と副長の聖はどう動くべきか、と話し合った。
「歳、どう動くべきだと思う?」
「何もしなければ何も起きん。
ここは襲撃を掛けて、斬り捨てるべきだろう」
「……だが相手もそれなりの人数だぞ?」
「ならばこちらもそれ相応の人数を出せば良い。
俺と局長の隊に分けて、長州、土佐の連中を仕留めよう」
「……殺るか?」
「殺るっ!」
聖の言葉に局長の権藤も覚悟を決めた。
権藤が率いるのは沖田、ニャガクラ、そして東堂平助、原口左之助等の十人ほど。
一方の聖は古参の井上健三郎。
そして三番隊の組長の斉藤一二三等の二十四人。
だが山縣はまだ負傷が癒えない状況だが、
この場には居合わせていた。
他の多くの隊士も激しい寒暖差で体調を崩しており、
これだけの人数しか集められなかった。
そして監察の山崎から――
場所は池田屋、日は10月8日の今夜。
という情報が届いたが、
ほぼ同じ頃に、町奉行所の密偵から――
「今夜、木屋町の料亭・丹虎」
という情報も届けられた。
料亭・丹虎は長州、土佐の者達が
よく使う料亭で、この可能性も否定出来なかった。
「歳、どうする?
一カ所に集中するか?」
「それは止めた方がいい。
ここは二手に分かれよう」
池田屋か、丹虎か。
二手に分かれる事となったが、
それによって人数が分散されて、
襲撃するにはやや不安が残ったが――
「ここで連中を斬れるか、どうかで
俺達、神剣組の命運も分かれるだろう。
だからここに居る皆で力を合わせよう」
副長の聖の言葉に、
周囲の者達が無言で頷いた。
こうして京を揺るがす事件が引き起こされようとしていた、
次回の更新は2025年6月25日(水)の予定です。
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