第三百三十八話 将軍の上洛(後編)
---三人称視点---
バリュネ大尉は、上洛以降の出来事を将軍・家茂と老中・水木に伝えた。
すると家茂と水木は「ううむ」と唸った。
「御報告したように、
現時点では神剣組と坂本も怪しい動きを
見せてはおりません。 また個人的には、
神剣組は、幕府に対して忠実に見えますが……」
このバリュネ大尉の言葉に、
老中・水木忠精は首を左右に振って否定した。
「いやその考えは少々甘いかもしれん。
貴君等との謁見の間に、我々も神剣組の身辺を洗ったが、
どうやら連中は、昨年に大掛かりな内部粛清を行い、
隊内の邪魔な連中を始末したらしい」
「……その話、本当でしょうか?」
「うむ、事実だ。 神剣組は浪士隊結成時には、
今の幹部である局長の権藤、副長の聖は、
隊内で力を持っておらず、清河という男が力を持っていた。
だがその清河が尊王攘夷をうたい始めたので、
権藤と聖は、別の有力者である芹川鴨という男と手を組んで、
清河とその一派を隊内から追い出したのだ」
これ自体は珍しい話ではない。
出来たての軍事組織なのでは、よくある話だ。
しかしバリュネ大尉は、黙って水木の言葉に耳を傾けた。
「だがしばらくする内に、
権藤派閥と芹川派閥は争うようになり、
昨年に芹川鴨が謎の病死を遂げた。
我々が詳しく調べた際に分かった事だが、
芹川とその一派は、権藤派閥に粛正された可能性が極めて高い。
要するに権藤派は、自らの利権を守る為に、
同士を斬り捨てたのだ。 ならば状況次第で、
幕府に反旗を翻す、という話も充分に有り得る」
「……そうですか」
これが事実ならば、水木が神剣組を警戒するのも分かる。
バリュネ大尉達もこの一ヶ月余りの間に、神剣組の周辺を洗ったが、
今の彼等のやっていることは市中の見回りばかり。
そしてこの度、将軍家茂の護衛にあたったが、
その際に幹部の隊士が負傷したとの事。
今回の将軍の上洛にあたって、
幕府とこの国を統べる帝。
――天皇が政治を行う場所――朝廷と歩調を合わす事を期待されたが、
眼前の将軍家茂と老中・水木は、
攘夷に対して特に何も云わず、開国に傾いている状態であった。
――この状態はあまり良くないな。
バリュネ大尉はそう思うが、
表面上は落ち着いた様子で、
家茂と水木の次の言葉を待った。
「だが現時点では、神剣組に不審な点はない。
よって現時点で彼等を罰する必要はなかろう。
ただやはり今後はどうなるか、分からん。
故に貴君等は引き続き、神剣組を監視せよっ!」
水木の言葉にバリュネ大尉は深く平伏して「ははっ」と応じた。
それに習うように、リーファとロザリーも平伏する。
すると老中・水木が「うむ」と鷹揚に頷いた。
そこでバリュネ大尉が一石を投じた。
「一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「何だ? 申してみよ」
「……徳澤幕府は攘夷に関して、どうお思いですか?」
「……家茂様もワシも考えんわけではない。
だがこの日ノ本と西洋の異国とでは武力が違いすぎる。
攘夷した際に、その報復を受ける危険性も高い。
あの大国の清国がヴィオラール王国とのアヘン戦争に負けて、
膨大な賠償金を追わせられ、領土の一部を奪われ、
多くの国民がアヘンに毒されておる。
ワシとしては、何が何でもそういった事態は避けたい。
だからワシ、そして家茂様も安易に攘夷という選択肢を選べぬ。
だが現実問題として、幕府は弱体化して、
倒幕派は日に日に力を増している。
ここで幕府と倒幕派が戦えば、
260年に及ぶ大江戸幕府の滅亡もあり得る。
そうなれば西洋列強につけ込まれるのは目に見えている。
そうなる前に佐幕派と倒幕派で話し合いを行い、
お互いにとって、良い落としどころを探す。
という可能性も模索すべきかもしれん」
「成る程……」
――この老中も何も考えてない訳ではなさそうだ。
――だがこの動乱の世において及び腰だ。
――こういう保守派が将軍の傍に居るのは、
――吉と出るか、凶と出るか。
――だが我々の立場では、まずは傍観すべきであろう。
「だからくれぐれも貴君等も早まらないようにな。
神剣組に関しては、しばし様子見に徹せよ」
「はいっ! 坂本龍牙に関しては如何なさいますか?」
「彼奴に関しては、細心の注意を払え。
最近の彼奴の動きは少々怪しい。
くれぐれも目を離さないようにな」
「ははっ!」
再び平伏するバリュネ大尉。
それに習うようにリーファとロザリーも再び平伏する。
「貴君等には期待してるぞっ!
朕と幕府、そして日ノ本の為に精進せよ」
将軍家茂のこの言葉で、今回の謁見は終わった。
将軍の上洛も特に問題は起こらず、
このまま平穏な日々が続くと思っていたが、
後日、京を震撼させる事件が起こった。
俗に言う池田屋事変である。
次回の更新は2025年6月18日(水)の予定です。
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