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第三百三十六話 夕餉の一時


---三人称視点---



 リーファ達が一階の食堂に辿り着くと、

 長い黒檀の机にいくつかの座布団が置かれており、

 その机の上にたくさんのお膳が置かれていた。


「皆さん、お好きな席にお座りください」


 女将おかみに言われて、

 リーファ達はとりあえず好きな席に座る。

 

「皆さん、ジャパングでは食事を摂る前に、

 「いただきます」と合掌するので、

 両手を合せて、私の言葉を復唱してください。

 ――いただきますっ!」


「――いただきますっ!」


 バリュネ大尉に言われて、リーファ達も合掌する。

 リーファはお腹が空いていたので、

 とりあえず味噌汁の御碗の蓋を空ける。

 香りの良い出汁が鼻腔をつく。


 試しに味噌汁を一口啜ってみたが、これが絶妙な味だ。

 ご飯を早々と喉にかけこませて、

 二口、三口と味噌汁を啜る。


 そこからきんぴら牛蒡、冷奴、南瓜の煮物、がんもどきと

 次々と箸をつける。 このような和食はジャパングに来て以来、

 ある程度食べ慣れていたが、ここの食事は特に美味しかった。


 次々と箸が進み、リーファのご飯が空になったので、

 仲居のおりょうに二杯目のご飯をよそってもらう。

 一方、他の面々はゆっくりと箸をつけて、料理を細々と口に運んでいた。

 

「どうです? この寺田屋の夕餉ゆうげは?」


 女将のお登勢とせがニコニコしながら聞いてきた。

 それに対してバリュネ大尉が笑顔を浮かべて――


「ええ、とても美味しいです」


 と返事を返すと、女将は「それは良かったです」と微笑を浮かべた。

 リーファ個人はこの夕食を楽しんで居たが、

 ジェイン、ロミーナ、ラビンソンの三獣人は、

 その小さな身体では、少し食事量が多いようで、

 ゆっくりと食事をしながら、ご飯やおかずを堪能していた。


 その時、食堂の襖がすうっと開いた。

 それと同時に175セレチ(約175センチ)くらいのザンバラ頭の侍風の男が

 仲居のおりょうに向かって――


「おりょうさん、俺の分の食事はあるかね?」


「あっ、坂本さん! はい、ありますよ」


 坂本という名を聞いて、

 リーファ達は一瞬ピクリと眉を動かした。


 坂本と呼ばれた侍風の三十前後の男は、

 のしのしと歩いて、空いている座布団の上に腰を下ろす。

 上着は黒紋付き羽織、下は灰色の袴姿だ。


 眼は鋭く細い筋骨逞しい、肌はやや黒い。

 美男子とは言えないが、特別不細工でもない。

 ただ全身から何とも言えない重圧感を醸し出していた。


「はい、坂本さん。 今夜の夕餉ゆうげですよ~」


「うむ、今日は精進料理か。 悪くないな」


 料理を乗せたお膳を受け取り、

 坂本と呼ばれた男は両手を合せて「頂きます」と合掌した。


 それから右手に箸、左手に茶碗を持ちながら、

 素早い手つきでお膳の料理に手をつけていく。


 料理を食べる速度はかなり早くて、

 三分もしない内にお膳の大半の料理を平らげた。

 すると湯飲みに入った緑茶を二口ほど飲んで、

 周囲に居るリーファ達に視線を向けた。


「おりょうさん、この人たち誰なんですか?」


「西洋から派遣された特使の方々ですよ」


「……西洋の特使?」


 そう言うと、坂本の両眼に鋭い眼光が宿った。

 そしてリーファ、ロザリー、バリュネ大尉を交互に見た。


「西洋の特使の方々ですか。

 しかし何故このきょう、それもこの寺田屋に泊まるのか」


 坂本は射貫くような視線でリーファ達を見据える。

 するとバリュネ大尉が笑顔を浮かべて、坂本に話掛けた。


「坂本……殿ですね。 私はアスカンテレス王国の軍事顧問団の一員。

 ジェーラ・バリュネという者です。

 このきょうには徳澤幕府とくざわばくふの特使として、

 滞在する事となりました。 この寺田屋にもしばらく泊る予定です」


「……これは驚いた。 日本語にほんごが出来るのか」


「ええ、こう見えて日本語は得意です」


 そう言って、微笑を浮かべるバリュネ大尉。

 だが坂本は「ふん」と鼻を鳴らして、そっぽを向いた。


「誰もそんな事は聞いちゃおらん……」


「……」


南蛮人なんばんじんに頼るようでは、

 徳澤幕府とくざわばくふも長くはないな。

 まあ幕府だけでなく、この京には様々な南蛮人が

 居付き始めてるが、ここはあくまで日本人の、日本のみやこだ。

 あまりチョロチョロして問題は起こして欲しくないね」


「……勿論、その辺はわきまえております」


 笑顔を絶やさないバリュネ大尉。


「だから俺は別にアンタに話し掛けてなどおらん」


「……すみません」


「まあ、まあ、坂本さん。

 そう目くじらを立てず、夕餉を楽しんでください」


女将おかみさん、ここの食事は相変わらず美味いです。

 それに俺は目くじらなど立ててない。

 だが俺がよく泊る寺田屋に南蛮人の特使が現れた。

 その事が気がかりなだけですよ」


 そう言って、坂本はジロジロとリーファ達を凝視する。

 鋭い眼光に加えて、猜疑心に満ちた視線。

 何というか野生の獣のような鋭さが滲む、武骨な男だ。


「まあ良い、アンタ等がどういうつもりかしれんが、

 このきょう、否、日ノ本(ひのもと)は我等、日本人にほんじんの国だ。

 アンタ等、南蛮人が何か企てようが、

 今の日本人は只の無力な集団ではない。

 十年後にはアンタ等、南蛮人相手にも互角に戦える。

 そのような国にする為に、俺は日夜奔走している」


「……」


「まああまり日本人を舐めないで欲しい。

 アンタ等は口や武器を出して、

 背後から我々を操るつもりだろうが、

 アンタ達が俺達を利用してるのではない。

 俺達がアンタ達を利用しているのだ」


「……」


 バリュネ大尉はあえて沈黙を作り、視線を落とす。

 すると坂本は「フン」と鼻を鳴らした。


「興が削がれた。 まあ良い。

 おりょうさん、全部食べたからお膳を下げてくれ」


「あらっ……もうお食べになりましたの?」


「嗚呼、相変わらず美味かったよ」


「うふふ、おおきに」


「じゃあ俺は二階の自分の部屋に戻るよ」


 そう言って坂本は立ち上がり、

 視線をリーファ達に向けて――


「紹介が遅れましたな。

 自分の名前は坂本龍牙さかもと りょうがです。

 土佐の脱藩志士ですが、

 今は手広く商売しております。

 貴殿等の目的は分かりませんが、

 出来れば揉めたくないものですな。 ではっ!」


 そう言って、坂本龍牙さかもと りょうがは食堂から去った。

 残されたリーファ達は、再び食事に手をつけるが、

 重たい空気が漂い、食欲の方も失せたので、

 しばらくすると全員が箸を置いて、

 二階の自室へ戻って行った。


次回の更新は2025年6月11日(水)の予定です。


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― 新着の感想 ―
 坂本龍牙は外国人に対していい感情は持っていないが、理知的な会話を務めようとしてますね。  なんとなく坂本は自分のせいでリーファたちが巻き込まれることを懸念してそうだ。坂本も神剣組に目をつけられてます…
更新お疲れ様です。 坂本、思っていたのと違ってファーストインプレッションは悪いですね。 このままいい方に上がっていくのか、それとも敵として嫌なやつの立場を確立していくのか。竜馬がゆくを読んで坂本龍馬…
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