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第三百三十四話 京の街(後編)



---三人称視点---


 さっきまでは威勢が良かった倒幕派の志士も

 急に鳴りを潜めて、沖田悟おきた さとるの視線に目を泳がせていた。

 すると佐幕派の志士が一気に活気だった。


「どうしたぁ! 勤王志士きんのうしし旦那方だんながた

 泣く子も黙る「神剣組しんけんぐみ」を前にしたら、

 急に大人しくなったじゃねえか!」


「ふふふ、「神剣組しんけんぐみ」は幕府御用達の浪士隊。

 貴様等の不倶戴天の敵ではないか!

 その 腰に差してある刀は飾りか?

 刀を抜け、刀をっ!」


「アナタ方もお静かになさい」


「えっ?」


 沖田悟おきた さとるは静かな声でそう言った。

 相変わらず物腰と言動も丁寧だが、

 何とも言えない迫力が全身から醸し出されていた。


「私は――神剣組しんけんぐみは無益な争いを好みません。

 ご両者にも色々と言い分があるでしょうが、

 京の街のど真ん中で争うのは無粋というものでしょう。

 恐らく酒が少し回っているのでしょう。

 ですので酔いを覚まして、お引き上げなさい」


「「……」」


 沖田の重圧感に佐幕派、倒幕派の志士も押し黙る。

 どうやら彼等も生存本能的に危機を感じ取り、

 自らの保身に走ろうとしていた。

 

 すると「神剣組しんけんぐみ」のとても小柄な隊士が

 ゆっくりと前へ出て、高説を垂れた。


 そのとても小柄な隊士は、百セレチ(約百センチ)にも満たない身体だ。

 それも当然と言えば当然である。

 何故ならその小柄な隊士は、ヒューマンでも亜人でもなかった。


 その人物、否、猫物びょうぶつ猫族ニャーマンであった。

 但し只の猫族ニャーマンではない。

 品種はオオヤマネコ、つまり山猫であった。


「まあ、まあ沖田くん。 彼等にも自尊心というモノがあるニャ。

 あまり大衆の面前で虐めるものじゃニャいよ」


「……ニャガクラ組長」


 沖田がその猫族ニャーマンをニャガクラ組長と呼んだ。

 すると周囲の野次馬が再び騒ぎ始めた。


「ニャガクラ組長?

 ではあの大きな猫が噂の二番隊の組長なのか?」


「名前はニャガクラ・ニャンパチだったな。

 ふさげた名前と思っていたが、まさか喋る猫とは……」


「馬鹿、あれは西洋の外来種の猫で、

 向こうでは猫族ニャーマンと呼ばれているんや」


「……猫族ニャーマン、ふざけた名前やな」


 口々に好き放題言う野次馬達。

 そんな彼等をニャガクラ組長が一睨みする。


「い、いえ……何でもありまへん」


「ふむ、見た目が猫だけど、

 その心は武士ものふふ、それが拙者――ニャガクラ・ニャンパチさ」


 猫族ニャーマンが京の街で、男の生き様を語る。

 端から見れば、なかなかシュールな光景だが

 当人達は居たって真面目であった。


「まあそこの倒幕派、そして佐幕派の方々も

 酒に飲まれてはならぬよ。

 男の生き様は口で語るじゃニャい。

 行動で、背中で語るものさ」


「……ざけるな」


 ニャガクラ組長の前方に立つ勤王志士きんのうししの一人が

 顔を真っ赤にして、わなわなと全身を震わせていた。


「ニャ? ニャんか言ったかい?」


「ふざけるなァッ! クソ猫野郎ねこやろうっ!

 オレも勤王志士きんのうししの端くれだ。

 猫如きに舐められてたまるかっ!!!」


 大きな声で叫ぶ丁髷ちょんまげ勤王志士きんのうしし

 するとニャガクラ組長もスッと表情を消した。


「それは本気で言ってるのか?」


「当たり前だァッ!

 こうなりゃ神剣組だろうが、構いやしねえっ!」


「お、おい、矢作やさく、それぐらいにしておけ!」


「五月蠅い、こうなったらオレも覚悟を決めたぜ」


 仲間に止められても、

 矢作やさくと呼ばれた勤王志士きんのうししは、

 腰に差した刀を右手で素早く抜刀した。


 だがニャガクラ組長は、表情一つ変える事なく、

 同じように腰に差した獣人用の小太刀の柄に手を添えて、

 鋭い視線で眼前の矢作を睨みつけた。


「くたばれ、猫畜生ねこちくしょうっ!!」


 矢作はそう叫んで、

 渾身の下段斬りを繰り出すが、

 ニャガクラ組長は、左に横っ飛びで回避した。


「――甘いニャ! これが我が剣だァッ!!!」


 逆にニャガクラ組長が高速の薙ぎ払いを繰り出した。

 この時点で矢作を斬り捨てる事は、

 彼にとっては容易であったが、

 この場においては慈悲の心を見せた。


 高速の薙ぎ払いによって、

 矢作の袴の紐は綺麗に切られて、

 彼が着ていた袴が地面にずり落ちて、

 その下に着けた白いふんどしが露わになった。


「うおっ! 何という剣の速さだァッ!!」


「というか見ろよ! ふんどし姿だぞっ!」


「あはははっ! みっともねえなっ!」


「いやーん」


 周囲でざわめく野次馬。

 だが当のニャガクラ組長は、至って落ち着いていた。


「またつまらない物を斬ったニャン」


「うわァッ……クソ、クソ、クソォッ!」


 矢作は白いふんどし姿で、

 猛烈に悔しがるが、もう戦意を失っていた。


「や、矢作っ! もう止めておけっ!」


「……畜生、畜生っ!」


「悪い事は言わん。 もう退くが良い。 

 それともまだ我が剣を喰らうか?」


 ニャガクラ組長が一歩前へ出て、低い声でそう言う。

 すると矢作は刀を鞘に収めて、

 切れた袴の紐を両手で持って、その場から一目散に逃げ出した。


 野次馬達はその姿を見て、

 嘲り笑うがリーファは、

 ニャガクラ組長と沖田悟おきた さとるに視線を釘付けにしていた。


「――とてつもない速い剣技けんぎね」


「ええ、彼は色々あった上に、

 このジャパングに流れ着いた猫族ニャーマンです。

 見ての通り剣の腕は超一流。

 あそこに立つ沖田悟おきた さとるも超一流の剣客けんきゃくです」


 リーファとて、一流の剣士。

 それ故に一度見ただけで、

 ニャガクラ組長の実力を読み取った。

 そしてリーファは表情を引き締めて、言葉を紡いだ。


「彼等が神剣組か。

 これは色々と波乱が起きそうね」

 


次回の更新は2025年6月4日(水)の予定です。


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― 新着の感想 ―
 神剣組は人間ばかりではないようですね。外国から来た猫族も入隊しているから。  史実とファンタジーが入り混じってて面白いですね。ではまた。
更新お疲れ様です。 ニャガクラ・ニャンパチ!? まさか猫になっているとは... 予想外でびっくりしました。 もしかしたら、斎藤一は狼......ではなく、犬になってるかもしれない。 それでも、実力…
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