第三百三十三話 京の街(前編)
---三人称視点---
「なかなか風情がある街並ですね」
リーファは京の街を歩きながら、そう言った。
ロザリーやバリュネ大尉を除いた同行者も
この美しい街並に眼を輝かせていた。
だが思いの他、殺気立ってるわね。
ロザリーは内心でそう思いながら、周囲に視線を向けた。
彼女が以前、京に訪れたのは、百年以上前くらいであった。
あの時も浮浪者やごろつきじみた連中は、
一定数居たが、今の京はそういう輩の姿がよく目についた。
腰に刀を差した武士、あるいは浪人連中の姿も珍しくない。
それに何というか街の至る所から、
殺気立った雰囲気が醸し出されている。
よく見ると街の住人が遠目で
こちらをチラチラ見ている事にも気付いた。
この時代の京の街は、
佐幕派も倒幕派も入り乱れ、
常に何処かで争いが起き、時には死人も出ていた。
「成る程、確かにあーしが来た時とは、
事情が些か違うようだね」
「はい、いつ大きな爆薬が爆発してもおかしくない。
これが今の京の街の現状です」
バリュネ大尉が淡々とした口調でそう言う。
「でもその治安を悪くなった京の街を護る為に、
例の浪士隊――『神剣組』は、発足したのですよね?」
エイシルの言葉にバリュネ大尉が「ええ」と頷く。
「しかし治安維持の為とはいえ、
些か度を過ぎた行動や蛮行が多いようです。
例えば街の町民の姿を見てください」
バリュネ大尉に言われて、
リーファ達も周囲の一般の町民に視線を送る。
団子茶屋や大衆食堂の呼び込みの男女。
平民と思われる街の通行人。
その多くの物が笑顔を浮かべているが、
よく見るとその笑顔が何処かぎこちなかった。
「……なんか作り笑顔っぽいピョン」
「ラビンソン卿、その例えは正しいです。
剣や腕に覚えがある者はまだ良いが、
彼等のような一般人には、
いつ何が起こるか分からない。
というこの状況は、内心不安でしょうがないのでしょう」
「まあ何処の時代も割を食うのは平民だからね~」
「ロザリー女史の言う通りピョン。
でも意外と異邦人の姿も多いね。
色んな人種をごった煮にしたのが、
今のこの街の本当の姿なのかもね」
「うん、兎さんの言う通りだね」
「ピョン! だから兎さん呼ばわりは――」
暢気な会話を交わしている矢先に、
周囲から大きな怒声が聞こえてきた。
「――今の徳澤幕府に何が出来る?
時代はまさに転換期を迎えているのだ。
それが分からぬなら、我等、勤王志士が教えてくれよう」
「ふんっ! 諸外国の特使や武官に惑わされよって!
何が尊王攘夷だぁっ! 幕府あっての日ノ本っ!
貴様等のような連中に好きにさせてたまるかっ!」
「良かろう、ならば剣を抜けっ!」
「上等だぁっ!!」
争っていたのは佐幕派と倒幕派――勤王志士であった。
飯屋で些細な事で口論を始めて、
気が付けば、お互いに刀を抜いた。
という今の京では珍しくない光景だ。
佐幕派の志士は五人。
勤王志士は四人であり、
お互いに刀を抜いて、言葉で威嚇しあっていた。
周囲には野次馬が集まり、自然と人だかりができる。
だが大半の者は「またか」といった表情をしていた。
お互いに思想の違いはあれど、
夕方から公衆の面前で剣を抜いて、口汚く罵り合う。
という行為は、冷静に見て美しい行為ではない。
リーファ達も遠目からみて、
事の成り行きを見守った。
リーファ個人としては、このような争いは嫌いだ。
周囲の迷惑を顧みず、
ただ感情にまかせて暴言を吐いて、剣を振るう。
このジャパングだけでなく、
西洋――エレムダール大陸の各国でも
このような行為は、人々から蔑まれる。
こんな事が頻繁に起こるのか。
想像以上にこの国は荒れているようね。
でも国の内情を知るには、
こういった日々の争いをこの目で見る必要もある。
リーファはそう心に刻み、志士達の争いをジッと傍観する。
大なり小なり、
他の同行者も似たような事を感じていた。
ラビンソンですら、呆れた表情をしていた。
その矢先――
「両者、待たれよっ!」
そう言って、浅葱色のだんだら模様の羽織に、
濃紺の袴姿の十五人以上の集団が争う志士達に近づいた。
長く伸ばした黒髪を一つに括り上げ、
腰に二本の刀を差していた二十前後の青年が先頭に立ち、
荒ぶる志士達の仲裁に入った。
「何だ、小僧っ!!!
我等は勤王志士だぞ。
貴様のような小僧など、この刀の錆に――」
「お、おい! よせっ!!」
荒ぶる志士を近くの志士が止める。
「五月蠅いぞ、こんな小僧などに……」
「よせというのだぁっ!
この男――神剣組の一番隊の組長だぞっ!?」
「な、何っ! 神剣組だとっ!?」
一番隊の組長と聞いて、
荒ぶる志士は両眼を瞬かせた。
整った顔だがやや童顔。
だがよく見ると身体中に無駄な贅肉はなく、
その眼にも強い光が宿っていた。
「――神剣組の一番隊の組長!?
では彼が噂に名高い沖田悟なのか?」
「泣く子も黙る神剣組の一番隊の組長か。
こりゃ少し面白くなってきたで」
「あら、噂通り良い男やね」
周囲の野次馬がざわめく中、
リーファ達もその男――沖田悟に視線を釘付けする。
見た感じ腰が低い青年に見えるが、
全身から緩やかだが、濃い闘気を漂わせている。
どうやら只者ではなさそうだ。
周囲に張り詰めたような緊張感が漂う中、
その若年の美男子――沖田悟は、
微笑を浮かべながら、淡々と言葉を紡ぐ。
「私の声は聞こえたようですね。
ではご両人、どうか剣をお収めくださいませ。
花の都の京で血生臭い刃傷沙汰は、
この沖田悟の目が黒いうちは赦しませんよ」
そういう沖田は笑顔だが目が笑ってなかった。
その緩さかな重圧感に志士達だけでなく、
周囲の野次馬達も思わず言葉を呑み込んだ。
次回の更新は2025年5月31日(土)の予定です。
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