第三百三十話 大江戸城
大江戸城は、政庁で将軍の生活の場である本丸御殿を中心に複数の建物で構成されていた。
政治の舞台となるのは、数年前にに造営された本丸御殿である。
「表」では大江戸幕府の政治や儀式が行われ、
「中奥」は将軍の日常生活の場で政務も行う。
この他に将軍の夫人や子女などの生活の場である「大奥」が存在した。
リーファ達は、その大江戸城の御用部屋に案内された。
機密事項などを話す際に使用される部屋で、
最大級の機密事項ともなると、筆談することもあるという話だ。
と、リーファの左隣に立つバリュネ大尉が小声で教えてくれた。
「ではこれより極秘謁見を行います。
皆様方は既に武装解除された状態ですが、
老中や将軍に対しての暴力行為は御法度です。
その際にはしかるべき処置を取らせて頂きます」
「勿論、心得ています」
案内役の三十前後の男性ヒューマンにそう答えるバリュネ大尉。
そこで案内役の男がそっと襖を開けた。
するとそこには立派な装束をまとった十半ばの少年。
その近くに三十代くらいの中年男性が座っていた。
「私は将軍家の老中の水木忠精である。
こちらが将軍家十四代将軍の徳澤家茂様である」
「ははっ!」
老中・水木忠精がそう言うなり、
バリュネ大尉が大仰な仕草で頭を下げた。
戸惑いつつもリーファ達も同様に頭を下げた。
「余が十四代目将軍の徳澤家茂である。
貴公等はアスカンテレス王国の特使だな?
遠路はるばるご苦労であった」
「……ははっ」
再度、バリュネ大尉が頭を下げる。
習うようにリーファ達も再び頭を下げた。
「貴公等も知っているかもしれぬが、
今、この日ノ本は、動乱の最中にある。
貴公等のような諸外国、尊皇攘夷をうたう倒幕派。
だが今こそ国としての団結力が必要である。
貴国――アスカンテレス王国と我等、徳澤幕府は、
同盟関係にある、貴公等は将軍家、また幕府の為に動くつもりはあるか?」
老中・水木がリーファ達を一瞥して、そう言う。
するとバリュネ大尉がリーファとロザリーに目配せする。
ここは私に任せて、貴方達は程よく相槌を打つように。
という大尉の思惑を二人は察知した。
「無論でございます。
我がアスカンテレス王国は、
貴国――「日ノ本」との友好関係を望んでます。
その為に私、そしてここに居る九名が本国から派遣されました」
流暢な日本語でそう語るバリュネ大尉。
すると老中・水木が「うむ」と鷹揚に頷く。
「では貴公等には、特使として、
我が将軍家及び徳澤幕府の為に働いてもらう事にする。
貴公等には二つの特務を任せたいと思う」
「……二つの特務ですか?」
ロザリーの問いかけに、老中・水木は小さく頷いた、
「その一つは貴公等には、
この日ノ本、貴公等流に言えばジャパングの都である京へ行ってもらう。
そして貴公等に、監視してもらいたい連中と人物が居る」
「……成る程、それでその人物とは?」
「最初の監視対象は、
京の浪士隊である「神剣組」である」
「……」
これに関しては、バルジオ総領事の言ってた通りとなった。
しかし正直言えば、リーファ達だけでなく、
ロザリーにしても、「神剣組」なる組織の重要性が
イマイチ理解出来なかった。
とはいえここで拒否する訳にもいかず、
バリュネ大尉と共に「はい」と言って様子を見る事にした。
「神剣組は、幕府公認の京の浪士隊の位置づけだが、
ここ数年で隊員も大幅増加して、
部隊としても日に日に強化されている。
所謂、尊王攘夷派に対する良い防波堤となっているが、
連中のやり口はかなり過激で、
京の民に嫌われつつある。
また局長の権藤勇も頭は悪くなく、
剣の腕も立つがイマイチ何を考えている男か分からん。
とはいえ今の京において、彼等の存在は重要。
だが状況次第で何かしでかすかもしれぬ。
貴公等にはそんな彼等を監視して、
常に幕府の制御下に置けるように、動いてもらいたい」
「……そうですね。
神剣組は、京の街でもその名が轟きつつありますが、
些か過激な面が多く見受けられるので、
幕府公認の監視者は必要かもしれませんね」
と、バリュネ大尉。
「うむ、兎に角、局長の権藤。
そして副長の聖歳三の動きに注意して欲しい。
今は幕府に忠実だが、
政局の流れ次第では、思わぬ動きをするかもしれん。
奴等を京の番犬として働かせつつ、
謀反などを起こさぬように、手綱をしめて欲しい。
難しい任務と思うが、
異国人である貴公等には適任の任務だ」
「「はい」」
と、バリュネ大尉とロザリー。
リーファを含めて、ロザリーもこの特務の重要性が
現時点では、理解出来てなかったが、
バリュネ大尉はその意味を瞬時に理解した。
――要するに我々に連中を監視させて
――上手く行けば、京の番犬として神剣組を使い、
――倒幕派や尊王攘夷派を始末させる。
――失敗した時は……。
――最悪、我々に全責任を押しつけて
――蜥蜴の尻尾を切る可能性もあり得るな。
だがこれくらいのリスクは承知の上だ。
幕府を統べる将軍家に食い込みつつ、
軍事及び経済支援という形で、
幕府、そしてジャパングに食い込んで、
幕府の信頼と彼等の有する黄金を手にする。
というのはアスカンテレス王国だけでなく、
同盟国のエストラーダ王国やジェルミナ共和国も同じ考えだ。
まあそうそう上手くは行かないだろうが、
これはある種の好機とみるべきであろう。
バリュネ大尉は、短時間で頭の中で高速で算盤を弾き、
そういう結論に至った。
「……それがまず一つの特務。
そしてもう一つの特務も特定の人物に監視だ」
「……その監視の対象者は、
どのような人物でしょうか?」
大尉がそう問うと、
老中・水木は「ううむ」唸った。
そしてゆっくりと説明を始めた。
「これはとある一人の人物だが、
この男もなかなか曲者というか、
腹の底が見えぬのだ。
だがここ数年で尊王攘夷派の中でも
その名が徐々に浸透しつつある。
この人物の監視が二番目の特務だ」
「それでその人物の名は?」
バリュネ大尉は、双眸を細めて水木を見据える。
すると老中・水木が力強く答えた。
「坂本だ、坂本龍牙だっ!」
次回の更新は2025年5月21日(水)の予定です。
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