第三百二十九話 新たな同行者
---三人称視点---
神剣組。
大仰な名前だ、だが響きは悪くない。
その名前を初めて聞いてリーファは内心そう思った。
「神剣組ですか、大仰な名前ですね」
「うむ、私もそう思いますよ。
ただ連中は只のごろつきではない。
各隊員は一流の剣の使い手と言っても過言はないです。
今の京では、良くも悪くも注目を浴びる剣客集団ですよ」
「しかし私達は土地勘もなく、
ロザリーさん以外は言葉も通じない状況。
この状況でまた違う地へ行くのは少々不安です」
リーファの言う事も一理あった。
だがバルジオ総領事もそれくらいの事は百も承知であった。
「分かってますよ、ですので我が国の軍事顧問団から、
腕利きの者を貴方達に同行させます。
バリュネくん、君の出番だよ」
バルジオ総領事がそう言うと、
窓の付近に立っていた黒い軍服姿の青年ヒューマンがこちらに歩み寄って来た。
身長はあまり高くない。
恐らく170セレチ(約170センチ)ちょっとであろう。
だがその艶やかな黒髪に、精悍な顔つき。
それと同時に知性も感じさせる瞳の持ち主だ。
黒い軍服姿で、腰には白金のサーベルを帯剣していた。
「彼は本国から派遣された軍事顧問団の一員だ。
名前はジェーラ・バリュネ。 年齢は二十八歳。
こう見えてかなりの剣の使い手。
更には魔法を得意とするレベル55の騎士だ。
また語学力にも優れ、この国の言語も得意とする」
「……ジェーラ・バリュネです。
皆様、宜しくお願いします。
アスカンテレス王国の陸軍士官学校、陸軍砲兵学校を
卒業して、軍人としての階級は大尉であります」
「バリュネ……大尉とお呼びしていいかしら?」
「はい、ご自由にお呼び下さい」
まだ二十八で大尉という階級に居るのだから、
見た目でなく、中身も優秀な軍人なんだろう。
これでリーファの同行者は、九人となり、
これからは十人で行動する事になりそうだ。
「今後の事は彼に色々聞いてください。
では早速ですが、滞在許可証と謁見許可書の発行手続きを行いますので、
今夜はこのホテルにお泊まり下さい。
明日に必要な書類を全て渡します。
また大江戸城に向かう馬車の用意もさせて頂きます」
「了解です、部屋の方は何階でしょうか?」
と、ロザリー。
「とりあえず二階の方に用意しておきました。
無論、男女別々の部屋ですが、問題ありますか?」
「ええ、それで問題ないです。
皆もそれで問題ないわよね?」
リーファの言葉に全員がこくりと頷いた。
そして二階に移動して、
女性陣はリーファ、ロザリー、エイシル。
ロミーナ、ミランダの五人。
男性陣はアストロス、ジェイン、シュバルツ元帥。
ラビンソン、バリュネ大尉という部屋割りになった。
この日は長旅で疲れていたので、
夕食後は全員シャワーを浴びて、
夜の二十二時にはベッドの上で眠りについた。
翌日の8月26日。
リーファ達は、一階の食堂で朝食を摂り、
準備を整えて、再び三階の総領事館へ向かった。
「皆様、おはようございます。
こちらの方に人数分の滞在許可証と謁見許可書を
用意しておきました、バリュネ大尉は何度か大江戸城へ
行ってるので、現地の事は彼に聞いてください」
「はい、バルジオ総領事。
色々とお世話になりました」
「いえいえ、これが私の仕事ですから。
ではまた会える日をお待ちしてます」
そしてリーファ達は、受け取った滞在許可証と謁見許可書を
それぞれ大事に保管して、ホテルを後にした。
ホテルの外では、
二頭立ての三台の馬車が横一列に並んでいた。
「料金の方は総領事が既に支払い済みですので、
三組に分かれて、お好きな場所にお乗りください」
と、バリュネ大尉。
「何から何までありがとうね」
と、ロザリー。
「いえいえ」
「んじゃ各自、適当に班分けして馬車に乗るよん」
ロザリーの言葉に従い、
一台目の馬車にロザリー、リーファ、ロミーナ、バリュネ大尉。
アストロス、ジェイン、ラビンソン。
そしてミランダが二台目の馬車に。
残った三台目の馬車にエイシルとシュバルツ元帥が乗り込んだ。
一台目と二台目の馬車にそれぞれ獣人を乗せて、
残った三台目の馬車にエイシルとシュバルツ元帥を乗せた感じだが、
お互いに会話らしい会話がなく、
エイシルは少し気まずそうにする中、
三台の馬車はこのジャパングの政治の中枢部である大江戸へ向かって走り出した。
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ジャパングの政治の中枢部である大江戸。
それはリーファ達が予想していた以上に栄えた街並であった。
建物の建築様式にも独自性があり、
街を行き交う者達にも活気があった。
客を呼び込む商人や店の看板娘。
彼等は基本的に着物という独自の衣類、衣服を身にまとっていたが、
遙か遠方から来たリーファ達からすれば、
まるで遠い遠い世界にやって来たような気分になった。
だが時々に険しい表情をしている者の姿もよく見えた。
袴姿に腰に日本刀という独自性の高い刀を
帯剣している男達――この国ではそういう連中を武士。
あるいは浪人と呼んでいた。
「街に独特の活気がありつつも、
一部では妙に殺気だった者もいますね」
リーファは思ったままの感想を述べた。
「ええ、この国は今や群雄割拠の時代に突入しています。
パリー提督の魔導船の来航後、
大江戸幕府は、アーメリア共和国と不平等条約を泣く泣く締結。
それを知った西洋列強は、乗り遅れるなと言わんばかりに、
次々と不平等条約の締結をジャパングに迫りました。
今の大江戸幕府を統べるのは、
征夷大将軍の徳澤将軍家ですが、
彼等にはもうこの国を統べる力はありません。
それは西洋列強だけでなく、
幕府に対する不満や不信により、
農民や町民は暴動や反乱を起こし、
侍と呼ばれる人種は、
倒幕や尊皇攘夷という思想を掲げ、
大江戸幕府の転覆を狙っている状況です」
黒い馬車のリーファの右隣の席でバリュネ大尉がそう告げた。
だが急にこう言われても、
リーファとしては、あまりにも漠然とした話しか聞こえなかった。
それを保管すべく、ロザリーが話の要点をまとめた。
「……ジャパングの近くの大国の清王朝も
アヘン戦争と呼ばれる戦争で、
ヴィオラール王国に敗北して、
今はヴィオラールに好き放題されているのよ。
大国の清国を落とした事で、
ヴィオラールを初めとした西洋列強が清国。
そしてこのジャパングにも食い込んでいる、という話なのよ。
でもそれを快く思わない集団が団結して、
尊皇攘夷という思想を掲げて、
徳澤幕府の転覆を狙っている。
という動きがこの国の各地で起きてるわけさ」
「……成る程」
ロザリーの単純明快だが、
理論騒整然とした説明で、
同席していたリーファとロミーナも大まかな話を理解した。
「あたし等はこれからその徳澤幕府の親玉。
何とか将軍と謁見するのよね?」
「そうですよ、ロミーナさん。
我々が謁見するのは、第十四代目将軍と老中です。
我がアスカンテレス王国の基本方針は、
徳澤幕府を支援する事です」
「落ち目の将軍様かあ~。
ちゃんと話が通じる相手なら良いけどねえ~」
ロミーナは歯に衣着せぬ言動だったが、
ロザリーとバリュネ大尉は、
表情をしかめる事もなく、ロミーナの問いに答えた。
「バリュネ大尉。 実際、今の将軍はどういう人物なの?」
「……今は第十四代目将軍の徳澤家茂という人物が
将軍の座に就いてますが、
頭も悪くなく、政務にも秀でた人物です。
ですが……」
「ですが、何?」
と、ロザリー。
するとバリュネ大尉は、淡々とこう述べた。
「ですがこの混乱期の治世を統治する器では、
ないかもしれません。
それと少々病弱ですね。
だけど形式的には、彼は幕府の頂点に立つ人物。
ですのでアナタ方も最低限の礼儀は弁えてください」
「勿論ですわ」「そうだね」「はいだわさ」
そしてリーファ達を乗せた馬車は、
休む事無く走り続けて、
午後の十五時に大江戸幕府の政庁および徳澤将軍家の居城。
所謂、大江戸城の近くまで辿り着いた。
「ここからが本番だよ。
基本的にあーしとバリュネ大尉が話すから、
他の皆は適当に相槌を打ってて!」
ロザリーの提案に全員が素直に従った。
そしてリーファ達は馬車から降りて、
前方にそびえ立つ城――大江戸城の前にして、
全員で横一列に並んで、その場に立ち尽くした。
次回の更新は2025年5月17日(土)の予定です。
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