第三百二十五話 東洋の島国(前編)
---三人称視点---
大湾島は、清王朝本土の東方にある大きな島で、
本土とは別個な文化圏を形成していた。
先住民族はオールテシア語族で、本土の主流派である漢民族ではない。
清王朝の前王朝である明時代から、漢民族が大湾島へ移り住み、
漢文化が浸透していくが、内陸では先住民系の部族が暮らし、独自の文化を継承している。
清王朝時代の聖歴1683年からその支配下に入り、現在に至る。
東ユーレシア交易圏の中継地としても栄え、
明時代には、倭寇と呼ばれる海賊集団が活動し、
17世紀以降はエレムダール勢力も進出。
一時期エレムダール大陸のガースノイド王国が大湾南部を領有した。
だが聖歴1661年に明王朝の遺臣がガースノイドを追い出し、
大湾を支配、しかしその遺臣は、
清王朝の時の帝に倒され、
聖歴1683年から清朝に服属して、現在に至る。
気候は大湾のほぼ中央部に北回帰線が通っており、
北部は亜熱帯、南部は熱帯に属している。
そして今回リーファ達が寄港したのは、基隆港。
エレムダール大陸の各国――俗に言う西洋列強の東洋進出に伴って、
この大湾の北部にある港湾も次第に発展を遂げた。
この基隆は、周囲を山に囲まれた海の街だ。
深く入り込んだ天然の入り江を整備した基隆港は、
大湾において第二の規模を誇り、
軍事、漁業、貿易、物流において重要な役割を果たしている。
「思ってた以上に栄えた港町ですね」
感心した表情でそう言うリーファ。
「まあね、まあここ基隆だけでなく、
大湾島は、歴史的に見ても色々あったからね。
ここで観光しても良いんだけど、
あーし等が目指す「ジャパング」は、もうすぐ近くにあるからなあ。
ミンナ的にはどうなの? ここで二、三日ほど観光したい?」
周囲の空気を察して、ロザリーはそう提案した。
だが周囲の同行者もなかなか「はい」の言葉を言い出せない。
彼等もこれが観光旅行じゃない事を理解していた。
そこで空気を読むリーファ。
そして彼女は、無難な受け答えで応じた。
「そうですね、ここは少しでも早くジャパングに向かうべきですが、
今日一日くらいは、この街で過ごしても良いのでは?」
「流石リーファちゃん、無難な落としどころを弁えているわね。
良いでしょ、今日はこの基隆で過ごしましょう」
周囲の者も場の空気を読んで、
ロザリーとリーファの提案を素直に受け入れた。
とりあえずロザリーが次に乗る予定のジャンク船の船長と話をつけて、
ジャパングへの出港を一日だけ延ばしてもらった。
「アレが次に乗る船なの?」
「そうだよ、ジェインちゃん」
ジェインの言葉にそう返すロザリー。
すると自然とリーファ達の視線も近くに係留するジャンク船に向いた。
清朝の沿岸でよく見られる三本マスト。
角形の帆が印象的な木造船、それがジャンク船だ。
清国の商人は、このジャンク船で、
羅針盤を使用して、遠くのリンド洋まで航海や交易に出ている。
大きさはまちまちで、約300トル(約300トン)、
乗組員500から600という大型船から、
約約130トル(約130トン)、乗組員200から300人の中型とがあり、
今回リーファ達が乗るのは、中型のジャンク船であった。
「なかなか赴きのある船だが、
やはり魔導船と比べると、少し見劣りするな。
でもこれはジャパング政府を刺激しない為の処置なんだよな?」
「そうよ、そこのイカす竜人族のオジさん」
と、ロザリー。
するとシュバルツ元帥は、少しムッとした表情で――
「……俺の名はシュバルツ。 アレクシス・シュバルツだ」
「了解、じゃあシュバルツさんと呼ぶね」
「嗚呼、好きにしろ」
ロザリーに悪意がない事を知って、
シュバルツ元帥も僅かに口の端を持ち上げた。
「そしてさっきの答えは「イエス」だよ。
前も言ったと思うけど、
ジャパングは、アーメリアの魔導船の一団に、
強引な条約を結ばれて、神経質になってるのよ。
だからジャパング行きには、
この少し地味なジャンク船を選んだ、という感じよ」
「でもロザリーさんの判断は、妥当と思います。
入国の時点でジャパング政府を刺激するのは得策じゃない」
「あたしもアストロスくんと同じ意見だわさ」
アストロスとロミーナも賛成の意を示す。
「じゃあ野暮な話はここまで!
今日一日はたっぷりと観光を楽しみましょう!」
それから全員で市場を回った。
ジェインが最初にイカ焼きの串焼きを買うと、
リーファ、ロザリー、アストロス、シュバルツ元帥も
釣られるように、同じ物を買った。
「ハッ、ハッ、ハッ! 美味いだワン」
「ジェイン、犬ってイカ食べても大丈夫なの?」
「お姉ちゃん、焼いたら大丈夫だよ。
ほら、ロミーナちゃんとラビンソン卿もどうぞ!」
「ウサギはイカ食べられないのよ」
「そうだピョン、ジェインくん、わざとやってない?」
「ゴメン、ゴメン、悪意はないだワン」
このような会話を繰り返して、
リーファ達はイカ焼きの串焼きを片手に、
近くの露店にに歩み寄った。
「アァッ! この緑の犬の置物良いよね!」
「……オキャクサン、ソレハ翡翠ノ置物ダヨ」
露天商の中年ヒューマンが片言で話し掛けてきた。
「翡翠? 何ソレ?」
「ジェインちゃん、清国やこの大湾で採れる宝石の一種だよ」
と、ロザリー。
「ワオン、なら一個くらい欲しいね」
「あら、こちらにはウサギの置物があるわ」
「本当ピョン、なかなか良い出来だね」
「オキャクサン達、何処カラ来マシタ?」
「エレムダール大陸の大陸からだよ。
この辺りで言うところの西洋だよん」
「アイヤー、ソレハ珍シイオキャクサンネ。
コノ翡翠ニハ、魔除ケノ効果モアルヨ。
ドウ? 良カッタラ買ワナイ?」
「いくらなの?」
端的に聞くジェイン。
「……オオマケデ一個5000蓮ニシテオクヨ」
「蓮? この辺の通貨なの?」
「そうだよ、ジェインちゃん。
1蓮で大体1グラン(約一円)だよ。
でも今は両替している暇はないよ。
そこの露天商さん、この金貨一枚で
そこの犬とウサギの置物と交換でどう?」
「……イイデスヨ、ソレデ交換シマショウ」
「それじゃジェインちゃんにロミーナちゃん。
そしてラビンソンくんもお好きな物をどうぞ」
「ワン! ロザリーさん、ありがとう!」
「……あたしも有り難く頂くだわさ」
「……ボクもあえて厚意に甘えるよ」
そして獣人の三名は、
露天商から犬とウサギの翡翠の置物を受け取った。
リーファ達も翡翠絡みの品物を買う事を
一瞬考えたが、手荷物になるので結局止める事にした。
その後は市場や露店を回ったが、
場の空気を楽しむだけにしておいた。
そして夜十八時が過ぎたところで、
ロザリーが選んだ中級の宿に泊まって、
宿屋の食堂で大湾料理を味わってからは、
男女別に部屋を分けて、この日はぐっすりと休む事にした。
次回の更新は2025年5月3日(土)の予定です。
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