第三百十六話 威迫利誘(後編)
-----主人公視点-----
「……」
王太子殿下の大胆な発言で、
場の空気がすっかり冷え込んでしまったわね。
でもここで迂闊な事は云えないわ。
だから私を含めた会議の参加者は、
王太子殿下の次の言葉を静かに待った。
「まあ「ジャパング」がそのような存在になるかは、
現時点では分からんが、
頃合いを見て我々は、
清王朝にも進出すべきかもな」
「……」
清王朝。
それは確か東洋一の大国の名前だった筈。
歴史的に見ても、
我がエレムダール大陸とも交易などを重ねて、
双方にとって長年に亘る友好の歴史と協力関係を
築いてきたけど、ここ数十年の間で、
清王朝もかなり衰退しているとの噂をよく耳にする。
「ジャパング」を籠絡させて、
更には清王朝への進出も狙う。
……。
将来的に見れば、それを実現させるか。
どうかでエレムダール大陸の各国の命運が大きく別れそうね。
「しかし清王朝には、
既にヴィオラール王国が進出しているでしょう。
それに加えて中央ユーレシアの大国リンドを
植民地帝国として、事実上の支配下においている。
そのヴィオラール王国の裏をかくのは至難の業と思いますな」
レーガー統領が淡々とそう述べた。
そう現時点でヴィオラール王国は、
世界各地に多くの植民地を所有している。
その植民地政策という分野においては、
我がアスカンテレス王国も彼の国に大きく遅れを取っている。
……。
つまり王太子殿下は、
東洋において「ジャパング」の内乱を利用しいて、
状況に応じて、「ジャパング」を橋頭堡として、
清王朝や他国への進出を目論んでいる。
と考えるべきでしょうが、果たしてそう上手く行くかしら?
「流石は各国の重鎮の方々だ。
物事を正確に把握して、状況を的確に分析出来ている。
まあ私の言う事は、ある種の理想論かもしれません。
だがこれからの時代は、
植民地政策がものを言うでしょう。
ですのでこうして他大陸へ進出する事自体は、
間違いだとは思いません」
「それは私も、エルフ族も同じ思いよ。
でも利権が絡めば、当然内輪揉めも起こる。
だから清王朝に関しては、
とりあえず蚊帳の外に置いておいて、
我々は「ジャパング」にどう進出するか。
を真剣に話し合うべきでしょう」
「私もグレイス王女殿下の意見に賛成です」
と、クーガー統領。
「はいピョン、ボクも賛成の賛成だピョン。
野心を抱くのも悪くないけど、
まずは目の前の事を確実にやらないとね!」
……。
やはりエルフ族も兎人も莫迦じゃない。
ラミネス王太子は、凡夫ではないが、
自分で思っている程、賢くはない。
少なくとも私はそう思って居る。
だからここで我々の方針をしっかり決めるべきね。
「そうですな、それではまずは「ジャパング」に専念しましょう。
我々は戦乙女殿と盟友を特使として、
ジャパングに派遣する事を正式に決定します。
リーファ嬢もそれで不服はないな?」
「はい、微力を尽します」
今更、拒否する事も出来ない。
やるからにはそれなりに頑張るけど、
必要以上に入れ込むのは危険ね。
私も王太子殿下の都合の良い道具にはなりたくないわ。
「まあでもそれだけだと不安よね。
ジャパングへ行くまでも随分長旅になるだろうし、
異国の言語に明るい者も同行させたいわね」
「ええ、グレイス王女殿下の仰る通りです。
……エストラーダ王国に良い人材は居ませんか?」
「ああっ……居るには居るわね。
丁度、我が国の大賢者が清王朝の長期遠征から、
帰国して半年になるわね。
確か彼女は数百年前に「ジャパング」に滞在してた筈。
そうよね、エルネス団長?」
「ええ、但し我が国の大賢者は、
気難しい、というか癖のある人物ですので、
王族の命令にも素直に従わない可能性があります」
「彼女? エストラーダ王国の大賢者は、
女性なんでしょうか?」
ラミネス王太子がそう確認を取る。
エルフ族の大賢者かあ。
私も噂に聞いた事はあるけど、
ここ数十年はエレムダール大陸から、
離れていたという話だわ。
話を聞く限り、
数百歳でしょうし、もしその大賢者が
私達と同行するとなると、
色々と神経を使いそうね……。
「ええ、女性よ。 でも四百歳、あるいはもっとかな?
兎に角、数百年生きた大魔導師よ。
正直、私達王族も彼女の扱いに困ってるけど、
ダメ元で彼女を頼ってみるわ。
但し彼女の給金や報酬は、
アスカンテレス王国が負担してもらえるかしら?」
「ええ、それ程の大魔導師なら、
投資する価値は充分にあります。
私が出来る範囲で色々と援助させて頂きます」
「そう、では王族から彼女に命令して、
王太子殿下と謁見する場を設けるわ」
「ありがとうございます。
ちなみにその大賢者の名前は?」
「ロザリー・アイベルトン。
それが彼女の名前よ」
と、グレイス王女。
「分かりました、この私が必ずそのロザリー女史を口説いてみせます」
「ええ、期待してますわ」
「ところでそのロザリー女史は、
どれぐらいの言語を使えるのでしょうか?」
と、レーガー統領。
「え~と、噂では三十カ国は使えるらしいわ。
ジャパングにもかなり長い間、滞在してたみたいだし、
多分、ジャパングの公用語も使えると思うわ」
「それは頼もしいですな。
異国遠征において言語の問題は重要ですしな」
「ええ、レーガー統領の仰る通りです。
とりあえず基本方針は決まりましたな。
ではリーファ嬢とその盟友よ。
改めて貴君等に「ジャパング」の長期遠征を命じる。
約数週間の準備期間を与えるから、
この地に心残りがないように身辺を整理しておくように」
「はいっ!」
さて、王太子殿下の言うように、
心残りがないように、身辺整理しておくか。
しかし数百歳の女性エルフの大賢者か。
どういう人物か分からないけど、
ジャパングの公用語を喋れるのは、頼もしいわね。
とりえあず最初は下手に出ておきましょう。
彼女との関係が拗れると色々と面倒でしょうからね。
……でも二、三年もの期間を
東洋の島国に遠征する事になるのか。
「ジャパング」がどんな国かは、
まだよく分からないけど、
今のうちにエレムダール大陸でやれる事はやっておこう。
とりあえず一週間くらいは、
アスカンテレス王国の郷土料理を毎日食べてもいいわね。
勿論、太りすぎないようには気をつけるわよ。
……兎に角、心残りがないようにして旅立つわ。
次回の更新は2025年4月2日(水)の予定です。
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