第三百十一話 王太子の甘言(前編)
-----主人公視点-----
「黄金の国ですか」
私はそう言って、興味なさげな表情を浮かべた。
まあ実際は少し興味あるけどね。
でも相手はラミネス王太子殿下。
彼の甘言に乗せられるつもりはないわ。
どうせ楽な任務じゃないでしょうしね。
「……あまり興味がないようだね?」
「いえ、正直あまり実感が沸かないのですよ。
東洋の国なんか行った事無いし、
急に黄金の国と言われても、あまりピンと来ませんわ」
「ふふふっ、どうやら警戒しているようだね。
まあ私は君のそういうところも買っているがね。
でも君が思っているような危険な任務ではないよ。
我がアスカンテレス王国は、
その東洋の島国――ジャパングの政府と反政府。
その両勢力に既に使者や特使を送り込んで、
表と裏からジャパングに干渉している」
まあこの辺の言葉に嘘はないでしょうね。
これはアスカンテレス王国に限った事じゃないわ。
他大陸の国に侵略、侵攻する際には、
外圧だけでなく、内部から操る、あるいは腐食させるのは、
植民地化の基本マニュアルだわ。
でも噂じゃジャパングは、
その外圧を受けつつも、
完全には屈さず独立性を保っている。
みたいな話を最近聞いた気がするわ。
「俺が聞いた話とは少し違うな。
その東洋の島国は、
確かに諸外国の干渉を受けているが、
傀儡政権を樹立するまでには、至っておらず、
国こそ小さいが、各勢力の頭目は、
決して莫迦ではなく、逆に各国の使者を
手玉に取っている、みたいな話を聞いたがな」
あ~、シュバルツ元帥。
いきなりそれを言っちゃうの?
まあ元帥的に牽制してるつもりだろうけど、
こういう風に言うと、
ラミネス王太子に発言権を与えちゃうわ。
「ほう、流石は元帝国元帥。
隷属化しても、頭の中身は錆び付いてないようだな」
「別に……、これぐらいの事なら、
誰でも知っているだろう。
まあアンタ――王太子殿下としては、
俺やリーファ殿を自分の手駒として、
その東洋の島国に送りたいのだろうが、
俺やリーファ殿にも都合というものがある」
……。
王太子相手にこの言い様。
やはり元帝国元帥の肩書きは伊達じゃないわね。
そうね。
ここは元帥を使って、拒否の姿勢を示すのも有りね。
「成る程、確かにその通りだ。
ならば都合がつけば、
君個人としての意見を聞かせて欲しい」
「俺はリーファ殿の、主の僕に過ぎぬ。
だから彼女の決めた事に従う」
「成る程、ある意味、理想的な僕だな。
では他の者の意見も聞かせて欲しい。
君は――アストロスくんだったな。
君はどうだ? ん?」
「私も元帥と同じ考えです。
お嬢様の決めた事に従います」
「そうか、ではそこのエルフ族の女性。
そう、名前は確かエイシルくんだったね」
「ボク――私の名前を覚えて頂けて光栄です」
「うむ、それで君の意見は?」
「え~と、あまりにも急な話なので、
困惑してますが、
正直、東洋の島国に遠征するのは、少し気が引けますね。
今は魔法、魔術ギルドでの活動が楽しいので……」
やんわりと断るエイシル。
そりゃそうよね。
こんな話、いきなり振られても困るわ。
王太子殿下も自分の考えを貫くのは、
悪い事じゃないと思うけど、
それを他者に強要するのは……ね。
「まあ君達がそう思うのも無理はない。
でもこの任務に参加すれば。
君達には大きなリターンがある。
そしてリーファ嬢、君の意見は?」
……。
ここが大事ね。
曖昧な言葉じゃ王太子殿下に付け入る隙を与える。
だからここは拒否の姿勢を強く示しましょう。
「正直、私もあまり乗り気じゃないです。
今は確かに自由気ままに暮らしてますが、
今でも時々、帝国との戦いの事を夢に観ます。
周りからすれば、呆けているように見えるかもしれませんが、
私個人、後二、三年はゆっくりしたい。
というのが本音でございますわ」
「そうか……」
「はい」
さて、王太子殿下はどう出るのか。
ここは辛抱強く彼の言葉を待ちましょう。
するとラミネス王太子は、にっと笑い――
「確かに急な話だったな。
君達が困惑するのも至極当然だ。
それに今日はリーファ嬢の誕生日。
そのような場で話す内容じゃなかったな。
今日のところはこれで引き上げよう」
どうやら王太子殿下も諦めてくれ――
「だが日を改めて、
ここに居る六人を我がアスラ宮殿に招待したいと思う。
各自、私用もあるだろうから、
君達は一週間後の6月23日にアスラ宮殿に来てくれたまえ」
……。
こちらの都合を考えずに、
勝手に話を進める辺りは王族の特権ね。
でも王族に招待されて、
断れば、後々面倒な事になりかねない。
仕方ない、この招待は素直に受けましょう」
「……とりあえず私は、ご招待をお受けしますわ。
アストロスとジェイン、元帥もそれでいいわね?」
「はい」「ウン」「嗚呼」
「相変わらず決断が早い。
私は君のそういうところも好きだよ」
「……ありがとうございます」
「では今日はこれで失礼する。
皆でリーファ嬢の誕生日を祝ってあげたまえ」
そう言って、王太子殿下は、
背を向けてこの庭のテラスを後にした。
しばらくは皆、黙っていたが、
王太子殿下が完全にこの場から居なくなると――
「やれやれ、強引な御仁’ごじん)だ」
「ウン、オイラも元帥と同じ意見だワン」
「う~、ボク。 出来れば行きたくないです」
「アタシも同じ気持ちだわさ。
でも断ると角が立つし……。
リーファさんは、このお話受けるつもりなの?」
私はロミーナの問いに一瞬考え込んだ。
個人的には、拒否したい気持ちが強いけど、
今の現状にやや飽きているのも事実。
でも東洋の島国か~。
そんな遠くの国で任務する。
というのは少々気が引けるわ。
「う~ん、私もあまり乗り気じゃないわ。
でも相手は王太子殿下だからね。
この一週間の間に色々と根回ししそう」
「充分にあり得ますね」
と、アストロス。
「とりあえず皆、また一週間後に会いましょう。
今日は私の誕生日ですから、
嫌なことは忘れて、楽しみましょう」
「そうですね」
「そうだわさ」
エイシルとロミーナも小さく頷く。
だが興を削がれたのも事実。
その後、夕方くらいまで、
誕生日パーティーを続けたけど、
エイシルやロミーナは浮かない顔のままだったわ。
「お嬢様、そろそろお開きにしましょう」
「アストロス、そうね。 そうしましょう」
「リーファ殿、少し良いかな?」
「元帥、何かしら?」
「俺個人は、王太子殿下の誘いに乗っても良いと思う。
ここの生活は、何不自由ないものだが、
元軍人の俺からすれば、少々退屈だ。
だから気分展開も兼ねて、
遠い異国へ行く、というのも悪くないと思っている。
だがその考えをリーファ殿に押しつける気はない」
「そうね、私もよく考えて結論を出すわ。
とりあえず今日はもう休みましょう。
明日以降に貴方達の服も整えるわ」
「うむ、分かった」
こうして私の19回目の誕生日は、
王太子殿下の登場によって、
水を差された感じとなったけど、
一応は問題なく誕生日会を無事終えた。
そして翌日の6月17日に、
王都の商業区のリブリース商会の高級仕立屋で、
アストロス、ジェイン、元帥の服を新調したわ。
私もドレスを新調しようと思ったけど、
今回は戦乙女らしく、
半袖の黒いインナースーツの上から、
白銀の軽鎧。
背中には白い外套という格好で会議に出席する事にした。
それから数日が過ぎた6月23日。
私達は二台の馬車にそれぞれ乗って、
午前11時過ぎにアスラ王宮に到着。
アストロスは白いベストに黒のスラックス。
その上から黒いコートを羽織るという格好。
ジェインは半袖の黒いインナースーツ。
その上に黄緑色のコートとズボンを着るという格好。
シュバルツ元帥は、黒いインナースーツの上に、
これまた黒の礼服と黒のスラックスという姿。
まあ一応、皆、様になってるわね。
でもここからは油断出来ない状況が続くわ。
「じゃあ皆行くわよ。
くれぐれも無礼がないように!」
「はい」「ウン」「嗚呼」
そして私達は、横一列に並び王宮の立派な正門を潜った。
次回の更新は2025年3月15日(土)の予定です。
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