第三百七話 武陵桃源(中編)
-----三人称視点---
平穏で怠惰な日々。
それはある種の理想的な生き方とも言えたが、
それが毎日続くと、人間というモノは飽きる。
そしてそれはリーファにも当て嵌まった。
六月になると、リーファは盟友の三人を引き連れて、
レスラール迷宮に潜り、討伐依頼に励むようになった。
前衛にリーファとシュバルツ元帥。
中衛にジェイン、アストロスという陣形を組み、
迷宮内の魔物、魔獣を次々と倒して行った。
地下十層では過去に戦った「リザード・キング」と遭遇したが、
成長したリーファとシュバルツ元帥の敵ではなかった。
二人は抜群のタイミングで連係攻撃を仕掛けて、
五分もかけずに「リザード・キング」を倒した。
これにはアストロスとジェインも驚いていたが、
リーファとシュバルツ元帥は、
さも当然というような表情をしていた。
そして更に地下へ進み、
最深部である地下二十五階に到達した。
だが流石のリーファも油断しきっていた。
というよりかは、緊張感が欠けた状態で、
超危険区域にを踏み込んだ事を後悔する事となった。
「グルガァァァ……オオオンッ!」
「どうやら少し私は平和ボケし過ぎてたようね。
皆、ごめんなさい。 ここからは本気を出しましょう」
「嗚呼」「はい」「ウン」
リーファの声に彼女の盟友達も大きく頷いた。
するとリーファも表情を引き締めて、
眼前に立ち塞がる双頭の龍を見据えてた。
只のドラゴンではない。
ドラゴンの上位種とも呼ぶべき双頭の龍。
通称――ツインヘッド・ドラゴン。
名前の通り二つの頭を持つドラゴン。
体長は6メーレル(約6メートル)に及ぶ巨体。
漆黒の肌と鱗を持ち、
長い首の先にある二つの頭。
それが別々に動いており、
両眼を見開いて、こちらを観察していた。
「お嬢様、とりあえず分析しましょう」
「そうね、ランディ、分析をお願い!」
「了解した。 ――分析開始っ!」
そう言葉を交わすなり、
リーファの守護聖獣ランディの両眼が光り出して、
その身体も白く輝きだした。
「弱点属性は分からないな。
とりあえずアストロスくんとジェインも戦闘態勢を維持しつつ、
相手の行動をよく見て、臨機応変に動くんだ!」
と、シュバルツ元帥。
「はい」「ウン!」
「アストロスくん、属性破壊を!」
「元帥、了解です! ――属性破壊」
元帥に急かされて、
アストロスは咄嗟に「属性破壊」を放つ。
アストロスの左手の平から、
魔力の波動が解き放たれた。
5秒後、その魔力の波動が双頭の龍に命中した。
「リーファ殿は今のうちに「能力覚醒」をっ!!」
「元帥、分かったわ。 ――能力覚醒っ!」
的確に指示を出す元帥。
リーファもその指示に従い「能力覚醒」を発動。
これによってリーファの能力値が倍化された。
「リーファ殿、分析完了だ。
標的の能力値とレベルは高いが、
あの聖龍ほどではない。 だがけして油断はしないように!」
ランディの分析が無事に完了。
そしてリーファとランディの意識が共有化されて、
ツインヘッド・ドラゴンの能力値の数値が露わになった。
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名前:ツインヘッド・ドラゴン
種族:魔物♂
ランク&レベル:SSランク、68
能力値
力 :3934/10000
耐久力 :5557/10000
器用さ :1750/10000
敏捷 :3855/10000
知力 :1879/10000
魔力 :4755/10000
攻撃魔力:2778/10000
回復魔力:2355/10000
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「うわっ……確かに凄い能力値ね。
聖龍ほどじゃないけど、かなり強いわ」
「迷宮の最深部だからな。
こういう敵も当然出るさ」
と、シュバルツ元帥。
「お嬢様、どうしますか?
全員で戦いますか?」
「アストロス、とりあえず私と元帥が戦ってみるわ。
貴方達は中衛で支援及び回復をお願い!」
「はい」「はいだワン」
「ランディ、行くわよ! 『ソウル・リンク』ッ!!」
「了解だ、リンク・スタートォッ!!」
そしてリーファとランディの魔力が見事に混ざり合い、
リーファの能力値と魔力が急激に跳ね上がった。
「グルガァオオオンッ!」
ツインヘッド・ドラゴンが吠えて、
地面をドシンドシンと踏みならして近づいて来た。
そして左側の頭がその巨大な口を開いて咆哮を上げた。
「ふんっ! ――風の障壁」
絶妙なタイミングで障壁を張るシュバルツ元帥。
左側の頭から放たれた咆哮が
風の障壁によって、綺麗に防がれた。
「ガオオオラアァァァッ!」
今度は双頭の龍の右側の頭が動いた。
その長い首をもたげて、こちらに視線を向けた。
すると凶悪な牙を生やした口を大きく開いて、
周辺に所かまわず火炎ブレスをまき散らした。
「くっ……ライト・ウォールッ!!!」
今度はリーファが光属性の対魔結界を張った。
魔力が強化されていたので、
この火炎ブレスを完全に防ぐ事が出来た。
「お嬢様、元帥。 この狭い迷宮内で、
火炎属性魔法やスキルの使用は控えましょう。
油断していると、すぐに一酸化炭素中毒になります」
「アストロス、了解よ」
迷宮攻略における定石通りに動くリーファ達。
また二度の攻撃を防がれた双頭の龍は、
やや戸惑ったように、身体の動きが止まった。
その間隙を突くように、
中衛のジェインが右手に持ったミスリル製の手斧を投擲した。
「――ハイパー・トマホークッ!!!」
「ギャァアァァ……ガアアアァァッ!?」
ジェインの手斧が見事に左側の頭の眉間に命中。
すると双頭の龍は狂ったように悲鳴を上げた。
「――リバース」
ジェインがそう叫ぶと、
眉間に刺さった手斧がジェインの手元にたぐり寄せられた。
「隙有りっ! ――神速殺っ!!」
相手にとってはピンチだが、
こちらにとっては絶好のチャンス。
そしてそれをむざむざ見逃すリーファではない。
リーファは前へ数歩歩いてから、
腰を落として、得意の独創的技を繰り出した。
リーファの聖剣の切っ先が双頭の龍の左側の頭部の喉元を綺麗に切り裂いた。
首を切断するには至らなかったが、
神経や血管を裂くには充分な一撃であった。
「ギャァアァァ……ギャルガアアアァァッ!?」
再度、吠える眼前の双頭の龍。
これによって周囲の仲間も有利な状況に、
リラックスした表情を浮かべた。
「お姉ちゃん、チャンスだワン」
「元帥、先に私が仕掛けるから、
元帥は上手い具合に攻撃を合わせて!」
「了解したっ!」
長らく休養状態であった戦乙女だが、
ここに来てようやく本来の姿を取り戻した。
こうなればリーファは強い。
その双眸を細めて、眼前の双頭の龍を見据えて――
「――龍と言えど、所詮は魔物。
この戦乙女の敵ではないわっ!」
そう叫ぶ彼女の表情は、とても生き生きとしていた。
次回の更新は2025年3月1日(土)の予定です。
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