第三百二話 抜茅連茹(中編)
-----三人称視点---
「……」
ラミネス王太子の宣言には、
流石のシュバルツ元帥も心底驚いたようだ。
彼は眼を瞬かせながら、王太子に問う。
「……その言葉、本気なのか?」
「本気も本気さ、こんな場で冗句を言うほど私も野暮じゃない。
まずは君の妻子の安全と生活の保証。
それと君の親族、従者の安全の保証。
我々は第一条件として、
これだけのメリットを君に提供しよう」
「……キレ者という噂は本当のようだな。
良い感じに外堀を埋めていく交渉術は大したものだ」
「君に褒められると私も嬉しいよ。
それでシュバルツ元帥。
この条件に対して、君の返答が聞きたい」
「分かった、貴公等の言う通りにしよう」
予想に反して即決するシュバルツ元帥。
彼は生粋の帝国軍人だが、彼もまた人の子。
当然、自分の妻や子供が可愛い。
自分の身の保証は、
この眼前の金髪碧眼の美少女に委ねられるが、
その代わりに妻子、親族、従者の身の保証がされる。
この好条件をはねつけるほど、
彼は愚かではなく、
また帝国に対して狂信的な忠義を尽す程、
現実感を失ってなかった。
「意外に早く落ちたな。
だがシュバルツ元帥、君の判断は間違ってない。
帝国は滅んで、皇帝は国外逃亡。
帝政は終わり、再び王政に戻るのだ。
その中で自分の納得する選択肢を選ぶ。
それはそれで勇気が必要だ」
「フンッ、フーベルク。
貴様に褒められても嬉しくないな。
だが世渡り上手の貴様の生き方を
俺も少し見習うべきかもしれんな」
「嗚呼、その方が賢明だ」
「……ふんっ」
フーベルグに対しては、
相変わらず敵愾心むき出しだが、
これくらいで彼が怒らない。
という事をシュバルツ元帥も知っていた。
「それで俺は何をすれば良いのだ?」
「そこはアレだ、リーファ嬢」
「はい、王太子殿下。 私から彼に伝えます。
シュバルツ元帥、貴方には私に同行してもらいます。
基本的に貴方の仕事は、私の護衛と様々な補助。
とはいえ私も戦争が終わったので、
しばらくは静かに過ごすので、
貴方は私のアスカンテレスの王都の邸で、
私と私の仲間、従者と過ごす事になるでしょう」
「ふむ、悪くない話だ。
だがこんな事をして貴公にどんなメリットがある」
「元帥がそう思うのは無理ないわ。
正直、私個人のメリットは、あまりないかもしれない。
でも旧帝政時代の元帥を、
私及び王太子殿下の傘下に入れた。
という政治宣伝は、私にも王太子殿下にもメリットがあるわ。
まあ何というか箔が付く、というやつかしら?」
「要するに小娘の気まぐれという事か?」
「……そうかもしれませんわね」
「だがそれだけで俺をわざわざ自分の傘下に入れる動機としては、
やや弱いのでは? 俺の何をそこまで気に入ったのだ?」
「強いて言うなら、
私は貴方と一騎打ちにして、
貴方の誇り高い軍人魂に惹かれたのかもしれません。
だが理由はそれだけじゃないわ」
「……他の理由を聞こう」
シュバルツ元帥の言葉に、リーファも控えめに頷いた。
「貴方との一騎打ちの後に、
私はあのマリーダと再び一騎打ちしたわ。
そして私は勝ち、彼女は死んだ」
「そうか、マリーダ嬢は戦死されたか」
「……興味本位で聞きますけど、
元帥は彼女の事をどう思ってたのでしょうか?」
「う~ん、言葉にするのは難しいな。
だが俺は彼女の事は嫌いじゃなかった。
あそこまでの勝利の執念を見せた彼女に、
俺も帝国軍人として敬意を抱いたのは事実だ」
「ええ、かつての彼女は、非常につまらない人間でしたけど、
「漆黒の戦女」となった後は、
間違いなく私にとって、最強の敵でしたわ」
「そうか、そうだろうな。
彼女の君に対する執念は凄まじかった。
女の身で有りながら、
あそこまで勝利の執念を見せた事は、
正しいかどうか分からんが、
俺の彼女の生き方は嫌いじゃなかったな」
「でも彼女はもう死んだわ。
それも数百年もの間、煉獄に囚われる身。
私は今でも彼女の事が好きでないけど、
こんな最後を迎えたマリーダの事を不憫に思うわ。
だからね、シュバルツ元帥。
貴方も何時までも帝国に義理立てなんかせず、
自分の人生を歩むべきよ。
人間、死んでしまったら終わりだもん」
「……そうかもしれんな」
シュバルツ元帥は、そう言って小さく吐息をついた。
「分かった、俺も覚悟を決めよう。
どうせ一度は死んだ身。
今更、仰ぐ旗を変えても、
罵倒を浴びせられても、失うものはない」
「そうか、シュバルツ元帥。
君も覚悟を決めたようだな。
だが私も新王朝の重鎮となる男。
君の善意だけを信じる事は出来ぬ。
だから君にはリーファ殿と契約魔法で、
奴隷紋をその身に刻んでもらいたい」
と、フーベルグ。
「奴隷紋か……それも仕方あるまい」
「でも私、契約魔法の類いは使えません」
「ならばアスカンテレス王国軍の魔導師に、
君とシュバルツ元帥の間に、
契約魔法で奴隷紋を結んでもらおう。
表面上は君の奴隷だが、
広い眼で見れば、アスカンテレス王国の捕虜だからな。
シュバルツ元帥もそれで問題ないな?」
ラミネス王太子の言葉に「嗚呼」と頷くシュバルツ元帥。
「良し、ならば善は急げだ。
彼を牢獄から解放した後に、
他の魔導師を介して、
リーファ嬢と契約を結んでもらおう」
こうしてシュバルツ元帥は、
牢獄から出されて、一時間ほどで身を清めた。
それからリーファ達は、
帝城二階の客室に移動して、
アスカンテレス王国の上級魔導師を介して、
リーファと契約魔法を結び、
シュバルツ元帥のその胸に奴隷紋が刻まれた。
「これで私と貴方は主従関係が結ばれたわ。
細かい事は言いたくないけど、
私やその仲間、またアスカンテレス王国にとって、
不利益のある行動を取らないようにして頂くわ」
「嗚呼、俺も男だ。
ここまで来て悪あがきはしないさ」
「では早速だけど、
私の仲間に貴方を引き合わせるわ。
それと貴方の給金は、
私が責任を持って、支払わせてもらいます」
「そうか、ちなみに月額どのくらいなのだ?」
「そうね、月給80万ローム(約八十万)ってとこね。
冒険者依頼などを共に達成したら、
その分の報酬も貴方に支払うわ」
「……悪くない条件だ」
「ええ、じゃあこれからよろしくね。
アレクシス・シュバルツさん!」
「嗚呼、宜しくな。 我が主」
「うむ、これで一段落ついたな」
「そうですな」
と、ラミネス王太子とフーベルグ。
「お伝えします!
ナバール・ボルティネスがヴィオラール王国の法の保護下に、
入るべく、ヴィオラール巡洋艦「レベルフォン」に乗り込み、
ヴィオラール王国の港町プリーマに向かった模様です」
帝城二階の客室に一人の青年ヒューマンの伝令兵が現れた。
「そうか、分かった。 報告ご苦労」
「ナバールはヴィオラール王国に亡命するつもりでしょうか?」
リーファの言葉に、ラミネス王太子が「ふっ」と笑う。
「いやそんな事は不可能だ。
我々とヴィオラール王国の間では、もう話がついている。
これで奴は名実ともに終わりだ」
「ええ、恐らく奴は再び流刑となるでしょう。
但し今度は前以上に環境の悪い絶海の孤島へ送られるでしょう。
これでガースノイドも新たな時代を迎えられる」
フーベルグは満足げな表情でそう告げた。
そして迎えた聖歴1757年11月1日。
ナバール・ボルティネスは、
ヴィオラール王国の支配下に下ったが、
ヴィオラール王国は、
ナバールを絶海の孤島アーク・ヘレナ島へ流刑した。
こうしてナバール・ボルティネスは、
歴史の表舞台から、完全に消え去る事となった。
次回の更新は2025年2月8日(土)の予定です。
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