第三百一話 抜茅連茹(前編)
-----三人称視点---
驚く周囲。
だが当の本人であるリーファは、
あくまで凜とした佇まいを振る舞っていた。
するとその真意を探るべく、
ラミネス王太子がやんわりとした口調でリーファに問うた。
「成る程、シュバルツ元帥か。
確かに彼は一騎当千の勇者だ。
だが彼は帝国と元皇帝に対する忠誠心も高そうだ。
我が身可愛さに、従う相手を変えるとも思えんな」
ラミネス王太子の言う事は妥当であった。
実際にこの後、リーファが彼を直に口説いても、
彼がリーファの提案に首を縦に振るとは限らない。
だがリーファもそんな事は百も承知だ。
その上で彼の助命を乞うた。
でも何の代償もなしに、
このような要求が通る訳もない。
だからリーファは、
周囲の者達が納得する理由をつらつらと述べた。
「確かにその可能性は高いです。
ですが帝国の重鎮だった彼を私が従えると、
アスカンテレス王国にもガースノイド新王朝にも、
「前体制の重鎮」を籠絡させたという政治宣伝にもなります」
「まあそれは一理あるな」
「……確かに」
ラミネス王太子とフーベルグもリーファの言葉に相槌を打つ。
「しかしキミがそこまでシュバルツ元帥に肩を入れるとはな。
キミは意外と年上好きなのかい?」
「まさか、私の好みは王太子殿下のような御方ですよ:
ラミネス王太子の軽口に、軽く口で返すリーファ。
するとラミネス王太子も僅かに表情をほころばせた。
「その台詞はもう少し早く聞きたかったな」
「それは残念でしたわ」
「それはさておき、貴公はどうやって彼を。
シュバルツ元帥を口説き落とすつもりなのだ?」
話を本筋に戻すフーベルク。
するとリーファは、ハキハキした口調で答えた。
「正直言って名案はありませんわ。
ただ誠意を持って、
双方の妥協点を見つける為の話し合いをするつもりです」
「成る程、妥協点か。
アスカンテレスの戦乙女は、
現実を見据えたリアリストのようで安心したよ。
ただ彼は古風な人間だ。
貴公がいかなる手段をもってしても 、
彼は首に縦に振らん可能性はあるぞ」
「その時はその時できっぱり彼を諦めます。
ですが出来る限りの努力はするつもりです」
「悪くない返事だ。
まあ新王朝としても、
帝政時代の重鎮が方針転換するのは、
歓迎すべき状況ではある。
良かろう、私の方からも彼を口説いてみよう」
「フーベルク閣下、ありがとうございます」
「……気にするでない」
「うむ、我々にも悪い話ではないな」
「ええ」「そうですね」
ラミネス王太子の言葉に、
周囲の各国の首脳陣も同調を示す。
「リーファ嬢、シュバルツ元帥の説得の際には、
私もその場に居合わせよう」
「同じく私も同席しましょう。
彼はまごうことなき勇者ですが、
彼もまた人の子、交渉次第では、
彼も今後の身の振り方を変える可能性は充分ある」
「うむ、フーベルク殿に同席してもらえば、
色々と心強い、リーファ嬢、これで良いかね?」
「ええ、それで構いませんわ」
「うむ、では会議が終わり次第、
私とリーファ嬢、フーベルク殿で地下牢へ向かおう。
こういう時は早く動きに限る」
「ええ」「はい」
こうしてリーファの要望は通り、
会議の終了後にリーファ、ラミネス王太子。
そしてフーベルクの三人で地下牢獄へ向かう事になった。
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帝城ガルネスの地下一階。
ジメジメとした嫌な空気と強い臭気が混じった広大な地下室があった。
地下室には帝国軍の兵士らしき男女が
鉄格子の牢獄に閉じ込められてた。
そんな中でリーファは、
ラミネス王太子とフーベルグと共に地下室を歩いた。
歩くこと、三分余り。
「ラミネス王太子、ここがシュバルツ元帥の牢獄です」
「うむ、そうか」
二人が言葉を交わす中、
リーファは目の前の牢獄に視線を向けた。
すると上下黒の衣服に身を包んだシュバルツ元帥の姿が見えた。
手には魔封効果が付与された鉄製の手錠が嵌められていた。
何日か投獄されていた為か、
少し衛生面に問題あったが、その目だけは死んでなかった。
「――アレクシス・シュバルツ元帥ですわね?」
リーファはシュバルツ元帥を見据えてそう言った。
「貴様は……アスカンテレスの戦乙女か?
……いやよく見ると……」
シュバルツ元帥は、そう言って、
前方に立つラミネス王太子とフーベルグの顔を交互に見た。
「……どういうつもりだ?」
低い声でそう問うシュバルツ元帥。
「前置きは置いておくわ。
シュバルツ元帥、単刀直入に云うわ。
私――リーファ・フォルナイゼンは、
貴公――アレクシス・シュバルツの身柄の保証人となり、
貴方を私の配下として迎えたいと思います」
「ハアァ?」
不快感を隠さず、
シュバルツ元帥は、声をやや荒げた。
だが彼がこういう反応をするのは織り込み済みだ。
「貴方のお気持ちはよく分かるわ。
急にこんな事を言われても、
意味不明ですし、不快でしょう。
ですが私は貴方のその力と人柄に惚れ込んで、
こうして私の配下――仲間になる事を望んでおります」
「……どうやら冗談の類いではないようだな?
ならばハッキリ云おう。
私を――俺を戦後の政治的道具に利用するつもりなら、
俺はここで舌を噛んで死んでも構わん」
「それも貴公の自由だ。
だが今更皇帝――ナバールに義理立てする必要もなかろう?」
と、フーベルグ。
「……フーベルク、この風見鶏があぁっ!
今度は新王朝に寄生するつもりか?」
「何とでも言うが良い。
私も敗者の戯言を聞く度量は持ち合わせている」
「……俺は根っからの武人だ。
だから恥というものも弁えている。
戦いに敗れた時点で俺の人生は終わった。
そこから自分の魂を売り渡してまで、
生き延びようとは思わん……」
「ご立派な考えですわ。
やはり貴方は私の見立てた通りの人物。
でも新たな人生を歩む。
というのも一つの生き方でしょう」
「うん、よく抜かすな。
他の連中は知らぬが、
俺は命惜しさに助命を請うような真似はせん!」
「まあ確かにその方が楽ですわね」
「……何? 何が楽だというのだ?」
リーファの誘いにシュバルツ元帥が乗ってきた。
ここが勝負所ね。
リーファはそう思いながら、新たな言葉を紡ぐ。
「だって楽でしょう? 新時代を迎える前に、
古い体制に固執して自死する。
それは一見立派な行為に見えるけど、
実際は現実から眼を反らせた逃避行動よ」
「逃避行動だと! き、貴様……。
俺を……帝国軍人を愚弄するつもりか!」
「そのつもりはないけど、
もう帝国軍も帝国も皇帝も存在しないのよ?
そんなモノに義理立てして、自死を選ぶ。
頭の固い軍人が選ぶ最後ね。
まあ貴方がどうしてもそうしたいなら、
私もこれ以上は無理強いしないわ。
でも過去を捨てて、新たな人生を歩む。
というのも人の生き方の一つと思うわ」
「……物は言いようだな?」
「フンッ、シュバルツ元帥。
君は悪い意味で帝国軍人を凝縮したような人間だな。
だが君にも君の立場があるだろう。
だから私は君に対して取り引きを持ちかけたい」
「……貴様は確か連合軍の総司令官だな。
確かアスカンテレス王国の王太子……」
「嗚呼、いかにも私が王太子のラミネス・フォア・アスカンテレス。
私も面倒な前置きは嫌いだ。
だから君に対して、有意義な条件を提示したいと思う。
君がそこのリーファ嬢の傘下に下るなら、
この帝都、いや王都に残った君の妻子の身の安全を保証しよう」
「な、何だとっ!?」
ここに来てシュバルツ元帥が初めて動揺の色を見せた。
使い古された手口だが、
やはり彼も自分の妻子の事は気になるようだ。
「シュバルツ元帥、悪い話ではなかろう?
とりあえず私の話を聞いてみるだけ、
聞いてみないか? 君にとっても損のない話だ」
「……良かろう、話だけでも聞いてやろう」
僅かだが、歩み寄りの姿勢を見せ始めたシュバルツ元帥。
するとラミネス王太子は、
口の端を僅かに持ち上げて、次のように宣言した。
「私――ラミネス・フォア・アスカンテレスの名誉にかけて、
君の妻子及び周囲の人間の身の保証をする事をこの場で誓う!」
次回の更新は2025年2月5日(水)の予定です。
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